表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

第13話 《香水のバトン》



歌原レイラ(28)──死まで、あと20日。


彩(15・高1)──春。






---




0 プロローグ




──三日間、熱に伏せていた。


勝訴の安堵と同時に、身体は容赦なく悲鳴を上げた。


姉であり続けるにも、プロであり続けるにも、体力が要る。




もし私に何かあれば、彩はまたひとりになる。


その想像だけで胸が締めつけられた。




だから決めた。


“備え”をしておこうと。




私の不在が、あの子の未来を閉ざさないように。


──マンションを。そして彩名義の資産を残す。




それは弱さからの選択だった。


けれど結果的に、その備えこそが、彩を支える手になる。


この時の私は、まだ知らなかった。






---




1 高級マンション・ロビー




(黒いサングラス、ロングコート。静かな足音)




受付


「ようこそ、歌原様。こちらが鍵と登記書類でございます」




(金色のタグ──“1207”の刻印。レイラは一礼し、受け取る)




エレベーターホール。


虹彩スキャナーの淡い赤が、瞳を覗き込む。




ナレーション(レイラ)


彩の高校から徒歩30分。


都心の一等地、セキュリティ万全の高級マンション。




玄関には暗証番号に加え、虹彩アイリス認証。


瞳そのものが鍵になる。




──高校入学祝いであり、後見人としての最初の贈り物。




ここだけは、誰にも奪わせない。


彩の“居場所”として。






---




2 銀行・個室ブース




(薄明かりの中、スーツ姿のレイラ。香りがわずかに漂う)




銀行員


「“歌原 彩”様名義の新規口座、贈与契約に基づき開設いたします」




(印刷機から通帳が現れる──¥500,000,000)




銀行員


「通帳と印鑑は当行で保管し、彩様もしくは指定弁護士の請求時のみ交付いたします。贈与税の申告も含め、法的には問題ございません」




(レイラは静かに署名を入れる)




ナレーション(レイラ)


形式に守らせれば、誰にも奪われない。


彩が自分の手で未来を選ぶ日まで──これは確かな“保障”になる。






---




3 マンション1207号室・深夜




(新築のバスルーム。静けさの中で脚立を立てる音)




レイラは点検口を開け、ポーチを滑り込ませた。


中には口紅、チーク、小さな鏡、そして香水。


“スター”ではなく、“姉”としての断片。




さらに奥には、贈与契約の写しと口座番号のメモ。


通帳はない──けれど、“五億に繋がる地図”としての証。




レイラ(心の声)


セキュリティで守れるのは外の脅威まで。


心の隙間や記憶の匂いまでは閉ざせない。




(香水を通帳控えの上に吹きかける──シュッ、シュッ)




レイラ(小さく)


「香りは記憶を運ぶ。


この場所に立てば、私がいつも傍にいると分かるように」




(ふっと微笑む)




……もっとも、彩の鈍さじゃ、しばらく気づかないかも。


鼻をひくひくさせて天井を見上げる姿が、目に浮かぶ。




──宝探しみたいに、見つけられるかな。




(月光が差し込み、香りだけが漂っている)






---




4 窓辺




(脚立を片づけ、夜景を見下ろすレイラ)




レイラ(心の声)


彩はまだ自覚していない。


けれど歩き方ひとつ、仕草ひとつに、モデルとしての資質が滲んでいる。




骨格のライン、所作の無駄のなさ。


それは天性の“光”に加え、日々の努力が染み込んだ結果だ。




だからこそ、舞台に立てば光をまとう。




彩なら、私の贈り物などなくても成功できる。


素材そのものが美だから。




でも──未来は残酷だ。


芸能界も、モデル業界も、甘さより牙のほうが多い。




どれほど強い子でも、たったひとりでは戦えない時が来る。




だから私は“備え”を置いていく。


宝石より確かな場所と、祈りの香りを。




もしもの時、この“証”が彩を支えになれば──


それだけでいい。




(夜空を見上げ、静かに目を閉じる)




どうか未来が真っ直ぐに拓けますように。


胸を張って歩けますように。




そしていつか、


この贈り物すら不要だったと笑ってくれたなら──


それこそが、私の希望。




(指先に残る香水の匂いを確かめる)




──セキュリティは未来を守り、香水は心を繋ぐ。


その両方を彩に託した、“香水のバトン”。




ナレーション


そして、その準備を終えた夜も──


死まで、あと20日。 


 




第14話へ続く。





あとがき




レイラが“備え”を選んだのは、弱さではなく責任から。


守りたい人がいるという一点だけで、彼女は生き続けようとする。




そして──


後の彩の強さは、まぎれもなくこの夜に宿ったレイラの影響である。


姉の祈りが、妹の意志へと受け継がれていく。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ