第10話 《裁判の勝利》
レイラ(28歳)──死まで、あと29日。
歌原彩(15歳・高1)──春。
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0 プロローグ:夜明けの法廷前
(まだ人影のない裁判所前。夜と朝の境目。
空気は冷たく、石畳に光が滲む。
黒いスーツの裾を風が揺らし、レイラはひとり立っていた。)
レイラ(心の声)
《今日で終わる。
でも、それは──始まりでもある。》
(背後から遠くカメラのシャッター音。
一瞬、顔を上げたレイラの瞳に、薄明かりが射す。)
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1 ナレーション(レイラ)
> ──あの日の私は、まだ知らなかった。
この勝利が、終わりの始まりになることを。
三年に及ぶ裁判の果て、ようやく妹を守る“勝利”を掴んだ。
光が差したはずのその瞬間、静かに迫っていたのは──私自身の終焉だった。
あの夜、両親と決別してから三年。
親権をめぐる争いは、終わりのない迷路だった。
週に一度の面会。
運動会の片隅、授業参観の教室。
どんなに遠くても、光が届く場所にだけ私は立った。
海外の舞台を断ち、国内に留まった理由はひとつ。
──妹と過ごす一日を、未来に残すため。
その小さな積み重ねが、今日、判決を変えた。
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2 家庭裁判所・法廷
裁判官
「──主文。未成年者・歌原彩の親権者を、姉・歌原レイラに変更する。」
(木槌の音。空気が震える。
両親の怒声が響く。記者のペン先が一斉に動く。)
彩(小声)
「……お姉ちゃん……」
(レイラは小さく頷き、指先で妹の手を包む。)
静かな息の中に、三年分の重みが溶けていった。
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3 裁判所前・石段
(昼光が強くなる。フラッシュが連続して弾ける。)
記者
「ご両親を訴えてまで勝ち取った親権、今のお気持ちは?」
(レイラ、まっすぐにレンズを見つめる。)
レイラ
「判決は当然です。私は妹の未来を守るためにここに立っています。」
──国内に留まる決断をしたあの日。
ノルディは言った。「家族のために留まるのも、美の選択だ」と。
その言葉が、今も心の奥で灯り続けている。
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4 裁判所前・両親との対峙
(人混みを抜けた踊り場。
昼の光がガラス壁に反射し、影が三つ並ぶ。)
父
「金は山ほど稼いでただろう! あんな小銭で恩を着せる気か!」
母
「そのうえ彩まで奪うなんて……酷い娘!」
(レイラ、沈黙。ひと呼吸ののち、淡く笑う。)
レイラ
「私が初めて自分の稼ぎでコスメを買った日──“勝手に金を使うな”と殴った。
その時から、私はあなたたちの娘でいる努力をやめた。」
(父の目が揺れる。)
レイラ
「私への暴力は耐えられた。でも彩に手を上げた瞬間、あなたたちはもう親ではなくなった。」
母(声を震わせ)
「……それでも、親は親よ!」
(レイラ、静かに首を振る。光が髪を滑り落ちる。)
レイラ
「もし少しでも愛してくれていたなら、私はいくらでも差し出した。
お金も、名誉も、未来さえも。──こんな結末は望んでいなかった。」
父
「世間から“虐待した親”と見られて、そんな目で生きていけるか!」
レイラ
「怖いのは世間じゃない。
──自分たちが“親ではなかった”と気づかされること。」
(長い沈黙。風が通り抜ける。)
レイラ
「最低限の生活費は送ります。一応は生みの親だから。
でも、ここで終わりです。」
(彩の肩を抱き、踊り場を離れる。
背中に春の光。影が二つ、ゆっくりと伸びていく。)
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5 彩の視点
(歩道の桜が舞う。陽の光が姉の髪を透かす。)
姉の背中は、眩しかった。
追いつけないほどまっすぐで、でもどこか儚い。
「追いつきたい」「隣に並びたい」
──そう思った瞬間、涙はもう出なかった。
春の風の中で、私はただ、
“この人の隣を歩く”という願いだけを握りしめていた。
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6 SNSの反応
《速報》トレンド1位「#歌原レイラ」
「妹のためにここまでやりきったのすごい」
「守るって、言葉じゃなく行動で示す人」
「こんな姉がいたら一生の誇りだ」
「国内に拠点を移して妹に寄り添いながら、
世界トップの地位を維持してるの、普通に化け物レベル」
「“家族を守るために戦ったモデル”って、現実にいるんだ……」
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7 ナレーション(レイラ)
三年をかけて得たものは、たった一枚の紙かもしれない。
けれどその一枚は、彩を守る盾となり、
私にとって──最高の栄光となった。
私はこの日、法的に“親”となった。
同時に、“面会を制限する権利”を手にした。
守るとは、時に切り捨てること。
愛とは、時に断ち切ること。
(視線の先、春の陽光が滲む。
彩がこちらを振り向き、ほんの一瞬、笑う。)
レイラ(心の声)
《あの日、ようやく“守る権利”を得た。
でも──その権利は、同時に“切り捨てる覚悟”でもあった。》
(二人の影が重なり、光に溶けていく。)
(風に舞う桜の花びら。石畳にひとひら落ち、静かに消える。)
──この勝利が、同時に別れでもあることを。
――第11話へつづく。
あとがき
三年越しの裁判は、レイラにとって“姉としての勝利”でした。
たった一枚の判決文が、妹を守る盾となり、彼女の誇りそのものになったのです。
しかし同時に、レイラの命運は静かに削られていきます。
光を掴んだ瞬間から、終焉へのカウントダウンが始まっていた。
それを知らない彩は、ただ眩しい背中を見上げ、「追いつきたい」と願いました。
レイラの勝利は、彩の物語の始まりでもあったのです。
――次回、第11話へ。




