表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/37

第10話 《裁判の勝利》



レイラ(28歳)──死まで、あと29日。


歌原彩(15歳・高1)──春。






---




0 プロローグ:夜明けの法廷前




(まだ人影のない裁判所前。夜と朝の境目。


空気は冷たく、石畳に光が滲む。


黒いスーツの裾を風が揺らし、レイラはひとり立っていた。)




レイラ(心の声)


《今日で終わる。


 でも、それは──始まりでもある。》




(背後から遠くカメラのシャッター音。


 一瞬、顔を上げたレイラの瞳に、薄明かりが射す。)






---




1 ナレーション(レイラ)




> ──あの日の私は、まだ知らなかった。


この勝利が、終わりの始まりになることを。








三年に及ぶ裁判の果て、ようやく妹を守る“勝利”を掴んだ。


光が差したはずのその瞬間、静かに迫っていたのは──私自身の終焉だった。




あの夜、両親と決別してから三年。


親権をめぐる争いは、終わりのない迷路だった。




週に一度の面会。


運動会の片隅、授業参観の教室。


どんなに遠くても、光が届く場所にだけ私は立った。




海外の舞台を断ち、国内に留まった理由はひとつ。


──妹と過ごす一日を、未来に残すため。




その小さな積み重ねが、今日、判決を変えた。






---




2 家庭裁判所・法廷




裁判官


「──主文。未成年者・歌原彩の親権者を、姉・歌原レイラに変更する。」




(木槌の音。空気が震える。


両親の怒声が響く。記者のペン先が一斉に動く。)




彩(小声)


「……お姉ちゃん……」




(レイラは小さく頷き、指先で妹の手を包む。)


静かな息の中に、三年分の重みが溶けていった。






---




3 裁判所前・石段




(昼光が強くなる。フラッシュが連続して弾ける。)




記者


「ご両親を訴えてまで勝ち取った親権、今のお気持ちは?」




(レイラ、まっすぐにレンズを見つめる。)




レイラ


「判決は当然です。私は妹の未来を守るためにここに立っています。」




──国内に留まる決断をしたあの日。


ノルディは言った。「家族のために留まるのも、美の選択だ」と。


その言葉が、今も心の奥で灯り続けている。






---




4 裁判所前・両親との対峙




(人混みを抜けた踊り場。


昼の光がガラス壁に反射し、影が三つ並ぶ。)





「金は山ほど稼いでただろう! あんな小銭で恩を着せる気か!」





「そのうえ彩まで奪うなんて……酷い娘!」




(レイラ、沈黙。ひと呼吸ののち、淡く笑う。)




レイラ


「私が初めて自分の稼ぎでコスメを買った日──“勝手に金を使うな”と殴った。


 その時から、私はあなたたちの娘でいる努力をやめた。」




(父の目が揺れる。)




レイラ


「私への暴力は耐えられた。でも彩に手を上げた瞬間、あなたたちはもう親ではなくなった。」




母(声を震わせ)


「……それでも、親は親よ!」




(レイラ、静かに首を振る。光が髪を滑り落ちる。)




レイラ


「もし少しでも愛してくれていたなら、私はいくらでも差し出した。


 お金も、名誉も、未来さえも。──こんな結末は望んでいなかった。」





「世間から“虐待した親”と見られて、そんな目で生きていけるか!」




レイラ


「怖いのは世間じゃない。


 ──自分たちが“親ではなかった”と気づかされること。」




(長い沈黙。風が通り抜ける。)




レイラ


「最低限の生活費は送ります。一応は生みの親だから。


 でも、ここで終わりです。」




(彩の肩を抱き、踊り場を離れる。


背中に春の光。影が二つ、ゆっくりと伸びていく。)






---




5 彩の視点




(歩道の桜が舞う。陽の光が姉の髪を透かす。)




姉の背中は、眩しかった。


追いつけないほどまっすぐで、でもどこか儚い。




「追いつきたい」「隣に並びたい」


──そう思った瞬間、涙はもう出なかった。




春の風の中で、私はただ、


“この人の隣を歩く”という願いだけを握りしめていた。






---




6 SNSの反応




《速報》トレンド1位「#歌原レイラ」




「妹のためにここまでやりきったのすごい」


「守るって、言葉じゃなく行動で示す人」


「こんな姉がいたら一生の誇りだ」


「国内に拠点を移して妹に寄り添いながら、


 世界トップの地位を維持してるの、普通に化け物レベル」


「“家族を守るために戦ったモデル”って、現実にいるんだ……」






---




7 ナレーション(レイラ)




三年をかけて得たものは、たった一枚の紙かもしれない。


けれどその一枚は、彩を守る盾となり、


私にとって──最高の栄光となった。




私はこの日、法的に“親”となった。


同時に、“面会を制限する権利”を手にした。




守るとは、時に切り捨てること。


愛とは、時に断ち切ること。




(視線の先、春の陽光が滲む。


彩がこちらを振り向き、ほんの一瞬、笑う。)




レイラ(心の声)


《あの日、ようやく“守る権利”を得た。


 でも──その権利は、同時に“切り捨てる覚悟”でもあった。》




(二人の影が重なり、光に溶けていく。)




(風に舞う桜の花びら。石畳にひとひら落ち、静かに消える。)


──この勝利が、同時に別れでもあることを。




――第11話へつづく。





あとがき


三年越しの裁判は、レイラにとって“姉としての勝利”でした。

たった一枚の判決文が、妹を守る盾となり、彼女の誇りそのものになったのです。


しかし同時に、レイラの命運は静かに削られていきます。

光を掴んだ瞬間から、終焉へのカウントダウンが始まっていた。


それを知らない彩は、ただ眩しい背中を見上げ、「追いつきたい」と願いました。

レイラの勝利は、彩の物語の始まりでもあったのです。


――次回、第11話へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ