トイレットペーパー地獄 ~~もうマキマキできないよぉ~~
今日は、巷でまことしやかに囁かれている『噂』について話そうと思います。
トイレットペーパーを作ってる事で有名な『あの』会社についての黒い噂です。ここでは仮に、その会社をA社としましょう。
噂です。あくまで噂です。
皆様のご家庭のトイレにも備え付けられ、どれだけ乱暴に引っ張られても毅然とした態度でクルクル回り、我々にお尻を拭く紙を提供してくれる事でお馴染みのトイレットペーパーが、いかにしてA社によって生産されているかについての、根拠の無い都市伝説なのです。
本題に入る前に、まず最初にお話ししなければならない事実はA社が『真心』を第一に考えているという点です。真心。そう真心です。
同じ商品でも『お客様に喜んでもらいたい』という思いが込められているかで使いやすさに大きな違いが出ると考えています。クオリティが段違いだと思っています。
創業者のE・Sさん曰く『利益優先、金儲けのために作られた商品はお客様の慧眼に見抜かれるんだ。見向きされなくなるんだ。それだけじゃないぞ。その商品だけじゃない。同じ会社が作ってるってもんで、他の商品まで買ってもらえなくなっちまうんだ。だから……真心なんだ……真心……真心……』だそうです。
A社の歴史は100年と長いですが、今でも創業者の理念を捨てず真心重視で経営をしているそうです。例えば衣服。社内で販売している靴下やネクタイには『真心』と目立つように刺繍が施されています。他にも社員全員に配られる100ページの手帳。そこには全てのページの右上に大きく『真心』と書かれています。ちなみに手帳のページ数は会社の創業年数とぴったり一致しています。なので来年は101ページの手帳が配られ、再来年は102ページとなります。歴史の重みを感じろ、という意図があるそうです。真心に忠誠を誓えるかが出世に大きく響くので額に真心の刺青を入れた者までいます。入社して以来真心に囲まれすぎた定年間際の社員は『孫』と間違えて『いやぁ、この間真心生まれてさぁ』と言ってしまうほどです。(補足ですが、このような時は相手の言い間違いを指摘してはいけません。『真心!』と大きな声を出し拍手するのが社内の伝統なのです。)
ここまでが事実となります。創業者の言葉も、A社が真心を大事にしている事も、手帳の配布、そして手帳に刻まれた『真心』の文字、関係者であれば頷くことでしょう。
そして、ここからが本題の『噂』になるのですが──なんとA社は、真心への傾倒から、全てのトイレットペーパーを『手巻き』で生産しているそうです。
山奥、熊も蛇も寄り付かない、人里離れた荒地。そこにA社の工場があり、従業員たちは数十メートルにもなる紙をクルクル、巻物のように芯に巻き付け、我々が良く知るトイレットペーパーが出来ているというのです。
そんな馬鹿な、信じられない、と思うでしょう。コスパが悪い。効率よく生産するには機械の方がいい。確かにその通りです。ですがそこには真心が無いのです。機械ではA社の納得いくトイレットペーパーは作れないのです。
工場内の労働環境は劣悪だそうです。トイレットペーパーの細かなカスが舞っています。微生物で豊富な海に潜った魚の気分だそうです。夏場は汗のせいで顔にカスがびっしり張り付いて仮面のようになるそうです。顔に付くだけならまだマシです。取ればいいですから。
問題はこれが目や肺に入って呼吸が苦しくなったり咳が止まらなくなるのです。病気になっても体を壊しても会社は一切お金を出してくれません。ある時従業員の一人が上に掛け合ったそうですが『契約書に書いているように、貴方は一国一城の主なんです。貴方が自分の判断で、自分の裁量で、マキマキしたんだ。知りませんよ。何があっても自分の責任ですよ』と言われたそうです。
問題はこれだけじゃありません。空調設備が無いのです。マンホールも溶けるかと思うほどの猛暑でも、血が凍るほどの極寒でも、工場内に温度調節は無く、従業員たちは極端な温度の中で一所懸命マキマキしているそうです。文句を言ったらクビです。『暑いとか寒いとか、そんなことを考える前にお客様のことを考えろ』と怒られます。
夏場、密閉された工場は当然とても暑いわけで、汗が滝のように出るのですが、その汗が一滴でも紙についたら殴られます。氷河期の様な冬、かじかんだ指先でマキマキが上手くいかず、ガタガタに巻いてしまうと蹴られます。
私語は一切許されません。朝6時から10時間、立ちっぱなし、ずっと黙ってマキマキするのです。
従業員たちに救いはあるのでしょうか? せめて給料さえ良ければ……とお思いでしょうが、彼らが給料として受け取るのは月に5万円と梱包材(いわゆるプチプチと呼ばれる物)3枚だけだそうです。
仕事が終わり、彼らはバスに乗り込むのですが、給料日には皆ある行動を揃ってすると言います。黙ってプチプチを取り出し、何も言わず、疲れた顔で車内でプチプチ潰すのです。マキマキで指先は疲れていますから、あまり力は入れず、グゥゥっとネットリ押し潰すそうです。静かなバスの中でプツゥ……プツゥ……プツゥ……と虚しい音が響くのだそうです。
とても悲しいお話です。我々が乱暴に扱っているトイレットペーパーはこのような悲惨な労働環境で作られているのかもしれません。もちろんここで話した事は証拠が無いです。ですが噂を否定する証拠も無いのです。火のない所に煙は立たぬと言いますし、もしかしたら本当かもしれません。
この国のどこか、人知れず鳴っているかもしれません、助けを求めるように、プチプチを潰す音が……
プツゥ……プツゥ……と……