第7話『記憶を持つ王子と、交錯する策謀』
“また君に会えたんだね”。
その言葉は、私の胸の奥で、何度も何度も反響していた。
あれは偶然ではない。ルシアンもまた、すべてを“知っている”。
けれど、彼が私の名を呼んだ声に、あの日のような怒りも、疑いもなかった。
そのことが、かえって私の中に、厄介な迷いを生み落としていた。
――あの人は、どこまで思い出しているの?
私が処刑されたあの日のこと。リリーがどんな嘘を並べたのか。そして今の彼は何を思っているのか。
過去の清算が、すぐそこにあると知っているのに、私はいまだに踏み込めずにいた。
***
「……アメリア、あなた、変わったわね」
その夜、母がそう言った。
「前は、もっと……そうね、何かを恐れているようだった。でも、いまは強くなった。目に光があるわ」
私は思わず視線を逸らす。
嬉しい言葉だった。けれど、私はまだ、母に真実を告げることはできない。
「そうかしら?」
前世、あなたはリリーの毒によって体調を崩し、私を信じきれなくなった。
でも、今回は違う。
私はその一歩手前で、あなたの身に迫るすべての“罠”を、払いのけてみせる。
***
翌日、王宮から届けられた招待状には、王子殿下主催の茶会への誘いが記されていた。
「……ルシアン」
もう、彼の名前を口にすることにさえ、私は戸惑わなくなっていた。
この茶会は、明らかに“私宛て”のもの。
形式上は上流令嬢全体へのお誘いだが、リストに名があるのは私と、リリー、そして数人の同年代の貴族令嬢だけだった。
しかも、招待状の差出人は、ルシアン本人。
***
王宮の庭園に設けられた、繊細なレースのテントの下。
金の装飾が施されたティーセットと、香り高い紅茶、焼きたてのパイ。そこに集まる令嬢たちは皆、言葉の裏に本音を忍ばせながら微笑を交わしていた。
私の視線の先には、ルシアンがいた。
彼もまた、いつものように完璧な笑顔を貼りつけながら、目だけはひとつも笑っていなかった。
「アメリア嬢。先日の舞踏会では、実に見事な立ち振る舞いでしたね」
「お褒めに預かり光栄です、殿下。けれどそれほどのことではありません」
「いえ、あの場にいた者は誰もが貴女を中心に見ていました。……貴女を、知らないものでも」
遠回しではあるが、はっきりと、記憶を示唆する言葉だった。
そしてその言葉に引っかかったのは、私だけではなかった。
リリーが、わずかに眉をひそめるのが見えた。
「殿下、それはどういう意味でしょう?お姉さまはいつだって完璧ですわ」
「そうですね。……“昔の印象”を忘れてしまうほどに完璧だった」
応じるルシアンの口調は、まるで皮肉にも聞こえた。
私を守っているのか、それとも――試しているのか。
けれど私は、もう戸惑わなかった。
「記憶とは、曖昧なものですわ。殿下のように、たとえ鮮明に覚えていても……それが真実かどうかは、別ですもの」
「確かに。では、貴女の“真実”とは?」
私は微笑んだ。
「それをお知りになりたいのなら、どうぞ私の側で、長く観察なさってくださいませ。嘘も真実も、じきに見えてきますわ」
ルシアンの唇が、わずかに弧を描いた。
「……では、長くそばにいられるよう努めましょう」
この人は、私と同じ場所に立っている。
“二度目の人生”の、その中心で。
***
帰り際、私は紅茶のカップに残されたルシアンの指跡をじっと見つめていた。
私には目的がある。
でも、彼はどうだろうか?
たとえ“やり直し”ができたとしても、未来を知るものがいては、私の計画は狂ってしまう。
不安を胸の奥に沈め、私は王宮の門を後にした。