第6話『揺れる瞳、再会は静かに』
春の舞踏会から数日が過ぎた。
リリーが仕掛けた罠を無傷で切り抜けたことがこうを転じたのか、社交界の中で私は静かな波紋を呼んでいた。
「アメリア・ローズウッド嬢は変わった」
「今までの“お人形の姉”ではない」
そんな噂が、貴族たちの間で交わされていると、耳にした。
それは計画通り。
私は“演じる悪女”として、冷静に振る舞い、狙ったとおりの印象を植えつけていく。仮面の下の素顔を隠したまま。
けれど、そんな私の前に――“本来の道筋を知る”者が現れる日が、ついに来た。
***
王都で開かれる慈善市に、ローズウッド家の代表として出席した日のこと。
刺繍と陶器、香水に馬車部品までが並ぶ賑やかな広場の中、私は母とともに、貴族席へ向かっていた。
ふと、場の空気が変わったのを感じる。
ざわめきが起こる。人々が道を開ける。
その中心に、銀の鎧をまとった騎士を従えて歩く一人の青年がいた。
「……あれは」
私は息を飲む。
彼は、高貴な美貌を持ち、鋭く、それでいて優しさを帯びた青い瞳を持っていた。
リリーが“自らの騎士”として誑かし、私を処刑へと導いた――その張本人。
ルシアン=クラウス・アーデルハイト。
王国の第一王子であり、未来の国王。
そして、私の“死の最期”を見送った男。
***
「王子殿下がこちらにいらっしゃいます」
声に導かれて、私は軽くドレスの裾を持ち上げた。
「初めまして、王子殿下。アメリア・ローズウッドと申します」
前世の記憶が喉元までこみ上げたが、私はそれを押し殺した。いまはまだ、その時ではない。
だが、ルシアンは一歩、私に近づいた。
そして、ふいに――囁くように言った。
「また、君に会えたんだね」
その言葉に、心臓が跳ねた。
“また”。
この瞬間、私は確信した。
この人もまた――回帰者だ。
***
母が周囲の貴族たちと談笑する中、私とルシアンは短い距離を保ったまま、目を合わせていた。
「ずいぶんと変わったね。アメリア嬢」
「なんのことでしょうか?」
「私の知るアメリア嬢よりもずっと……強い目をしている」
――。
つまり、前の時間軸の私のことだろうか。
かつての私は、彼にとってどんな存在だったのだろう。
リリーに仕組まれた情報に踊らされて、私を罪人に仕立て上げたあなたは、今どんな顔で私を見ているの?
「殿下こそ、歳の割にずいぶんと落ち着かれたご様子ですが?」
「……そうか?」
どちらも“本音”を言わずに、仮面の会話を続ける。
だけど、互いの視線だけは、嘘をつけなかった。
***
帰りの馬車の中。
私は窓の外を眺めながら、ネックレスに触れた。
「……リュミエール。あの人のことも、“選んだ”の?」
『それは、そなたが確かめるべきことだ』
「もし彼も回帰しているとしたら、一体なにを企んでるの?敵には感じなかったけど」
『敵でなければ、共に歩むのか?』
「わからない……でも、いまはまだ、信じない。簡単には」
信じれば、また裏切られる。
そう教えてくれたのは、あの処刑台だった。
だから私は、今度こそ自分の目で見て、自分の心で選ぶ。