第45話『王宮からの招待』
春の初め、王都に静かな風が吹いた。
それは“過去の誤り”に、ようやく陽が差したという知らせだった。
――アメリア・ローズウッドの名誉は、正式に回復された。
王政局より「正妃候補としての再招待状」が彼女のもとに届けられた。
それは、形式上の謝罪でもあり、
王太子ルシアンの“意思”が、ようやく王政に通ったことを意味していた。
***
「……私に戻るのね。正妃候補としての立場が」
侍女の手からその文書を受け取ったとき、私は不思議な静けさを感じていた。
望んでいた未来のはずだった。
かつて一度も与えられず、処刑という最悪の形で拒まれた“正統の証”。
けれど今――
私は、ただそれを“紙切れ”として眺めていた。
「お嬢様。返答は……?」
「少し待って。私は“正妃になる”つもりはないの」
***
ルシアンはその夜、私のもとを訪れた。
「君になら、なんでも用意する。
王宮の中に居場所を――玉座の隣に、君の席を」
私は首を横に振った。
「私は、“玉座の隣”に立つだけじゃ満足できないの」
「……どういう意味だ?」
「私はこの国で、“正しさが潰されない世界”を残したい」
ルシアンの目が見開かれる。
「だから私は、ただの妃にはならない。“立場”をくれるのなら、“力”も分けて欲しい」
「……君は、政治に踏み込むつもりか」
「ええ。女性の意見が軽んじられる世界を変えるために。
力のない声が処刑されない未来を作るために」
それは、かつてすべてを奪われた私が、“本当に取り戻したかったもの”。
名誉でも、地位でもなく――
“声を失わずに生きられる社会”そのものだった。
ルシアンは、静かにうなずいた。
「……わかった。
君がその席に立つのなら、俺は君の名を、国の公文書に刻もう」
「条件があるの」
「条件?」
「“私を愛している”からではなく、“信じているから”迎えて」
ルシアンは、一瞬だけ息を呑み――そして笑った。
「当然だ。……君はもう、愛だけで抱きしめられる女じゃない」
***
数日後。
王宮にて、“第二の婚約式典”が開かれた。
それは“失われた未来のやり直し”ではなかった。
“新しく築かれる政治的な同盟”だった。
私は花嫁としてではなく、王太子の“対等な同志”として、王宮へ足を踏み入れた。