第1話『天使の仮面を被った妹』
春の陽が、カーテン越しに差し込んでいた。
鳥の声。風に揺れるレースの影。
目を開けて最初に見えた天井の模様。
窓際のラベンダーの鉢植え。
指先に残る、あのネックレスの感触。
どれも、忘れようとしても忘れられない“十年前の記憶”そのままだった。
処刑台にいたはずの自分が、今は少女の姿でベッドにいる。
昨日までの絶望が嘘のような、柔らかいシーツの上。
けれど胸の奥では、怒りと悲しみが冷たく渦巻いていた。
(私を裏切った妹、リリー。あの子がこの家で無垢を演じていた、ちょうどこの時期)
前世。アメリアは妹の“天使の微笑み”を信じ、すべてを委ねてしまった。
それが過ちだったと気づいたのは、すべてを失ってからだ。
今回は違う。
「お姉様、起きていますか?」
扉の向こうから、聞き覚えのある声がした。
耳に残る甘やかな音色。丁寧な呼びかけ。
声を聞いただけで、あの処刑台の光景がフラッシュバックする。
王宮の法廷で震える声で「お姉様が、母様に毒を……」と訴えた、裏切りの瞬間。
(……来たわね、リリー)
アメリアはゆっくりと体を起こし、冷静に答えた。
「ええ、どうぞ入って」
扉が開かれ、リリーが現れる。
光を背にして立つその姿は、まさに絵画のようだった。
黄金の髪、透き通る碧眼、小さな唇。無垢な少女の象徴。
「よかった。今朝は体調、どうですか?」
アメリアは一瞬だけ息を飲んだ。
目の前のリリーは、前世の“敵”と同じ顔をしている。
けれどまだ、この時代の彼女は“無実の仮面”をしっかりと被っていた。
「少し……変な夢を見ただけよ」
「夢?」
「ええ。……すべてを失って、誰にも信じてもらえない夢。
——でも、もう忘れたわ。朝からあなたの顔が見られて安心した」
リリーの表情が、わずかに揺れた。
アメリアは知っている。リリーは“壊れかけた姉”を見ると、いつも安堵するのだ。
自分が優位に立っていると確信できるから。
「お姉様、またひとりで思い詰めて……心配です」
そう言って涙ぐんだふりをするのも、彼女の得意技だった。
アメリアはわざと手を伸ばし、リリーの手をそっと握った。
「大丈夫よ。……あなたがいてくれるから」
演技は、完璧だった。
相手が嘘をつくなら、自分もそれ以上の“仮面”を被ってみせる。
——これが、“悪女”として生きる第一歩。
「では先に朝食に行ってますね」
「ええ」