健康体、解剖されかける
ユウトは、王立医学研究所に連れてこられていた。背後には、緊張した面持ちで歩くエルフの研究員、ノイがいる。彼女は、この奇跡のような存在であるユウトを、なんとしてでも調べたかったのだ。
「まさか、こんなにも早くお前が来るとは思わなかったわ」
ノイは無表情で言ったが、その目には興奮と好奇心があふれている。彼女の口元に浮かぶ微笑みを見て、ユウトは嫌な予感がした。
「え、ちょっと待って、ここって、もしかして……」
ユウトは不安げに周りを見回す。広い部屋には、金属製の器具や不気味な道具が並んでいた。壁には無数の瓶が並び、血液や薬品が収められている。それらの光景を目にした瞬間、ユウトは心の中で恐怖を感じた。
「ここは王立医学研究所だよ。お前の体を、詳しく調べさせてもらうわ」
ノイは冷静に答えると、すぐに手元の資料を確認しながら指示を出した。
「まずは基本的な検査から。身体測定を始めるわよ」
ユウトは心の中で「やばい」と呟いた。何も言わずに従うしかない自分に、少しずつ焦りが募ってくる。
「まさか、解剖されるわけじゃないよね?」
ユウトが不安げに呟くと、ノイはその言葉にちょっとした笑みを浮かべて返した。
「解剖するわけじゃないわよ。ただ、データを集めて、体の仕組みを理解したいだけ」
「ただって……」
ユウトはそれを聞いて、ますます気が重くなった。だが、もはや後戻りはできない。ノイに導かれるまま、ユウトは検査用のテーブルに座った。
「まずは、身長体重の測定から。立って」
指示通りに立ったユウトの背に、ノイはあらかじめ準備していた測定器をかざした。
「ふむ、身長は……ちょうど178cmね。特に異常はなさそう」
ノイはメモを取りながら、さらっと言った。その後、体重も測られたが、ユウトが思っていたよりも軽く、50キロ台だった。明らかに普通ではないその数値に、ノイは眉をひそめていた。
「これも、健康体の影響かしら?」
次に、ノイは血液検査を始めた。ユウトの腕に針を刺し、血を採取するが、その間、ユウトには全く痛みを感じない。
「まったく……」
ノイはため息をつきながら、採取した血液を分析装置にセットした。
「やっぱり、正常な人間の血液とは全然違う。これ、普通なら重篤な病気になりそうな成分が含まれているのに、本人はまったく平気なんて……」
ユウトは、目の前に並べられた複数の血液分析結果を見て、驚きと不安が入り混じった感情を抱く。
「それ、どういうこと?」
「例えば、この値……通常なら致命的な状態を引き起こすようなものが、あなたの体内には普通に存在している。でも、あなたは一切体調を崩さない。それが、おかしいのよ」
ノイは興奮したように言いながらも、その目には解明したいという強い欲望が光っていた。
「なるほど。だから、僕は死なないのか。けど、それって……もしかして……」
ユウトの言葉が途切れた。その時、ノイは無言で背後の棚から小さな瓶を取り出し、それをユウトの目の前に差し出した。
「これ、毒薬よ」
瓶の中には、青い液体が入っている。それは見るからに危険そうで、ユウトは思わず体を硬直させた。
「ちょっと待って、そんなものをどうするつもりだ?」
ユウトが声を荒げると、ノイは冷静に答える。
「心配しないで。これを少しあなたに注入して、あなたの体がどう反応するかを見たいのよ。まさか、全く影響を受けないなんてことはないでしょうから」
「それ、怖いよ!」
ユウトは内心で叫びながらも、体を動かすことができない。ノイは無表情で、静かにその青い液体を注射器に吸い上げ、ユウトの腕に針を刺した。
「さぁ、どうなるかな?」
その瞬間、ユウトの体に何も異変が起きなかった。普通ならば、激しい痛みや吐き気を伴うはずの毒が、ユウトにはまったく影響を与えなかった。
「何も起きない?」
ノイは驚愕し、何度もユウトの脈を確認した。
「おかしい……この薬は、死に至ることだってあるはずなのに」
その後、ノイはユウトに続けてさまざまな検査を行ったが、どれも異常なし。血液検査、心拍数、体温、さらには消化器系の機能すらも、すべて完璧に正常だった。
「どうしてこんなことが……」
ノイは悩み、少し肩を落とした。それでも、ユウトは自分の体を信じられないでいた。完全健康体だとは思っていたが、こんなにも異常なレベルで健康だとは予想していなかった。
「……ごめん、君には思いっきり実験台にされた感じだよな」
ユウトは照れ笑いを浮かべながら、ノイに謝った。ノイはその言葉に、一瞬驚き、そして少し笑みを浮かべた。
「いや、いいのよ。あなたの体がこれほどまでに異常だなんて、私も初めて知ったわ」
ノイは改めてユウトを見つめながら、深いため息をついた。
「でも、あなたの体には、まだ解明しきれていない何かがある。その謎を解かない限り、私たちの研究は終わらないわ」
ユウトは、その言葉を胸に刻みながら、次に起こることを考え始めるのだった。