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第三話【新たな生活、空の一日】

 ――グリフォン飛行船団のフラグシップである「グリフォン号」の船内。

 船員は交代制で飛行船の操縦や管理を行う。

 飛行を開始してから早一日が経過した。 薄暗い空はゆっくりと明るい空へと変わっていく。 完全に太陽が空を照らし始める時間。


「すーっ……むにゃ」


 ラインハルトはぐっすりと眠っていた。 するとそこへフローレスが部屋に入ってくる。 ノックはしたのだが反応も無いため仕方なく勝手に入ったのだ。 

 寝顔が気になって顔を覗かせる。 あまりにも気持ちよさそうに寝ていたからか、フローレスは思わずクスリと笑ってしまう。

 

「んー……? フローれふ……?」

「おはようございます、ラインハルト様」

 

 ニコリと笑いながら返事をする。 先日よりもだいぶ打ち解けてるようだ。

 理由は先日ラインハルトが、自分と話す時ぐらい楽にしても良いと言われた事を実践した結果であった。

 好きな人の笑顔を寝起きに見てしまったラインハルトは、朝から非常に気分がよくなっていた。

 ベッドから起き上がる。 洗面台に向かって顔を洗っていく。

 寝ぼけていた顔から元気な顔に切り替わった。

 そしてフローレスに服を渡されながら着替えを始める。

 時刻は午前八時ちょうど。 続々と船員が行動を開始していく。

 ラインハルトの予定も午前十時から始まるので、着替えた後に用意された朝食をいただく。


 朝食はトーストに目玉焼き、そしてソーセージにサラダである。

 はっきり言って豪華であるのだが、これは船員も共通の食事メニューなので誰も文句は言う必要がない。

 

「このソーセージも団長が言ってたヒッポグリフ島の畜産品なの?」

「はい。 拠点であるヒッポグリフ島には畜産品生産の為に豚・牛・鶏・羊等を育てています」

「中規模とはいえ結構大きい島なんだねぇ」


 そう言いながらソーセージをかじる。 元々ゲルマング王国で日常的な肉がソーセージであった。 なのでラインハルトにとって馴染みのある肉なので食べやすいのだ。 

 

「やっぱりソーセージは美味しいなぁ」

「ラインハルト様はゲルマング王国の出身でしたね」

「うん、ハイベルグっていう地域に住んでたんだ。 ビールの生産がゲルマング王国で最も多いんだ」

 

 そこからゆっくりと、ラインハルトは故郷や家の事を話し始めた。

 ラインハルトの家は、ビールの生産を主に活動している貴族であった。

 しかしブリテー王国との間に勃発した「十年戦争」によって、ラインハルトの両親や親族は全て徴兵されていった。

 戦争が泥沼化していた時のラインハルトは十二歳。

 少年兵として徴兵される予定だったが、当時の陸軍大臣がゲールバッハ家と非常に親しかった事もあり、秀才で且つ優しい心を持ったラインハルトの徴兵を撤回させたのだ。

 

 しかしその直後、ラインハルトの父「フリードリヒ」は敵砲兵の攻撃で戦死。

 母「エーリカ」は連隊長として突撃した後、《《名誉の戦死を遂げた》》。

 それから立て続けに親族も戦死や病死、さらには暗殺されていった。

 こうして富豪の貴族であったゲールバッハ家は、わずか数年であっという間にラインハルトしか残っていなかったのである。


 「……ただ一人残った僕は相続の全てを受け取って、ハイベルグを出て一人旅を始めた」 

「…………」


 そんな話を聞いてしまったフローレスは、なんと言葉をかければ良いか分からずに、顔を下に向けて黙ってしまった。 それを察したラインハルトは暗すぎたか、と密に反省した。

 

「フローレス、顔を上げて」


 言われた通りにフローレスは顔を上げる。


「確かに僕の家族は皆死んじゃったし、帰る家なんてもうない」


 ラインハルトはフローレスの顔をまっすぐ見つめた。

 これまで自身の顔をまっすぐに見つめられる事がなかったフローレスは、流石に頬を赤らめている。

 そんな事を気にせずに、ラインハルトは口を開いた。


「――でもね、僕は貴族としての誇りを忘れない。 誇りというのは、種族の誰もが絶対に忘れちゃいけない大切な事なんだ」

「誇り……」


 ……フローレスはこの時に理解した。 ラインハルトという男が、どれほどまでに強い心を持っているのかを。

 いくら家族がいなくても。 どれほど寂しい思いをしても。

 自分が生きる理由のために。 世界が自分を必要なのかを知るために。

 自ら命を絶つ事は考えた、しかしそれは簡単で残酷な事なのかを理解していた。

 

 ――この男は(ラインハルト)、誰よりも強く生きていたのだ。


「……申し訳ございません。 私が落ち込んでしまって」

「ははは、気にすることはないよ。 こんな話を聞いたら誰だってそう思うさ」


 笑いながら返す。 フローレスは気持ちを切り替え、ラインハルトへ顔を向けた。


「ラインハルト様、本日行う予定の事は覚えていますね?」

「うん。 見張り員としての訓練でしょ?」


 ラインハルトに任される役目は「見張り員」であった。

 元々彼は視力が非常に良く、報告もまめに行う程の勤勉さも兼ね備えていた。

 見張り員不足だった事も相まって、レオナルドがラインハルトの能力に興味を持つ。 結果的にある程度の訓練の後にグリフォン号の見張り員にするという事になったのだ。


「ええそうです。 私も応援しております」

「応援してくれるんだ。 だったら更に頑張らなくちゃなぁ」

 

 妙にやる気に満ちているラインハルトを見て、フローレスは微笑む。

 その時、扉をノックする音が聞こえた。


『私だ、団長のベリスだ』

「扉を開けても構いませんよ?」

『おお、ならば失礼して』


 扉が開いて、ベリスが部屋に入ってくる。

 二人は「おはようございます」と挨拶をする。

 

「おはよう二人とも。 訓練の前に調子を聞いておこうと思ってな」

「はい。 体力も元気も万全です!」

「結構。 その調子なら訓練も無事に成功するだろう」


 安心したようにベリスは言う。


「おーいラインハルト!! 調子はどうだー?」

「ぐぼぁあ!?」


 レオナルドに後ろから勢いよく吹き飛ばされる。

 ベリスは吹き飛んで壁にぶつかる。

 

「お? なんだいたのか団長! いるならいるって言えよなー?」

「さ、流石獣人族の威力……私でなければ気を失っていた」

「あ、あはは……」


 

 ――時刻は午前十時半。 ラインハルトは訓練の真っ最中である。

 訓練内容はレオナルドが高速で動き、船上の中央から見える範囲で何処にいるのかを確認して、ベリスに報告するというものであった。

 多少厳しかったかとベリスは考えたが、そんなのは杞憂であった。


「副団長、ブリッジの窓越しに確認!」

「え? バレないと思ったんだが……」

 

 レオナルドはちょっとした意地悪でブリッジの中に入ったのだが、ラインハルトはその動きが見えていた。 彼は後に「何か一瞬、影が見えたので怪しんだ」と述べている。 

 続いて今度は巨大プロペラを動かすためのエンジンの上に移動していた。

 しかし――。


「副団長、巨大プロペラエンジンの上に確認!」

「ええ!?」


 すぐにバレてしまった。 流石のレオナルドも驚かざる負えない。

 あまりにも素早く的確に報告するラインハルトに、ベリスも口を大きく開けたままになっている。

 実はフローレスもレオナルドの動きが見えていたのだが、ドラゴンと人間とでは能力の差がありすぎる。

 なのにも関わらず、人間であるラインハルトは桁外れの能力を船団に見せつけたのである。

 

 その後も次々と的確に報告を行うラインハルト。

 最後の場所も一瞬で的確に報告した際、ベリス含め船上にいた船員全てから拍手喝采が起こった。 フローレスも非常に嬉しそうに拍手をしている。

 訓練以降レオナルドは、人間でありながら獣人族並みの視力を持ったラインハルトを非常に気に入ったのであった。


 ――時間が過ぎて午後四時。 ラインハルトは部屋に戻っていた。

 明日からグリフォン号の見張り員として努力するのだ。

 ラインハルトは些か緊張していた。 遂に憧れのグリフォン飛行船団の一員になったのだ。 こんなにも嬉しいことは中々なかった。

 

「明日から忙しくなるぞー……!」

「ラインハルト様、紅茶をどうぞ」


 フローレスは紅茶を淹れテーブルに置いた。

 お礼を言って紅茶を飲む。 彼女の淹れた紅茶は美味しく、心を落ち着かせた。


「ほぅー……落ち着く」

「ラインハルト様は紅茶も嗜むのですね」

「美味しいからね。 もしかしたら紅茶が一番好きかもなぁ」


 フローレスは「なるほど」と聞こえないくらいの小声で呟く。

 どうやらラインハルトの好みを覚えようとしているようだ。


「それにしても、午後四時になると飛行船も静かになるね」

「船員の交代が終わったのでしょう。 この船団は半日交代制ですから」


 二人は窓から午後四時の焼けた空を眺める。 

 普段は騒がしい船員達も、この時間は静かに過ごしていたいらしい。

 他の飛行船も静かな時間が続いていく――。

 

 

 ――尚そんな静かな時間はあっという間に終わった。

 時刻は午後八時半。 グリフォン飛行船団は他の船団とは違う要素がある。

 《《それは各船に風呂がある事であった》》。

 

「凄いなぁ……噂には聞いてたけど、まさか飛行船に風呂の設備があるなんて」


 船員共有の風呂の湯に浸かりながらラインハルトは言う。

 隣で浸かっている船員が「俺も最初そう思った」と笑っていた。


『ふぅ……』

「……ん?」

『今日も色々あったなぁ……』


 隣にある女性用の風呂から聞いたことのある声が聞こえる。

 耳に声が認識した途端、ラインハルトは硬直した。

 間違いなく、ほぼ確定で彼女だとラインハルトは思った。

 ……そう、隣の風呂に浸かっているのはフローレス、《《それもオフの状態なのだ》》。


「あばばばば」

「お、おい大丈夫か?」

 

 頭がショートしている最中、更に隣から声という名の追撃がやってくる。

 違う女の子の声が聞こえる。 声の主はラインハルトを部屋まで案内していた元気なメイドであった。

 

『フローレスってば、昨日も同じ事言ってたね~? もしかして……ラインハルト様の事~?』

『えっ!? い、いや……そういうわけじゃぁ』

『あー私から目を逸らしてる。 フローレスってば分かりやすーい』

『うぅー……。 シャルロットのいじわる……』


 聞いたことのないフローレスの口調を聞いて、ラインハルトはドキドキしている。

 隣で聞いていた船員は全てを察して「やれやれ」とニヤニヤしていた。

 その時、男側の風呂にベリスが入ってくる。

 

「む? 君も入っていたのか。 まだ入団して日は浅いが、すっかり順応していて安心したよ」

「あ、団長。 お疲れ様です」

「っは! お疲れ様です団長!」


 正気を取り戻したラインハルトは、すぐにベリスに挨拶をする。

 ベリスも二人の隣に浸かっていく。

 

「……そういえばラインハルト、何故君は顔を赤くしているのだ? そんなに長く浸かっていたのか?」

「あっ……ええっと、そのー」


 言いづらそうにしていた時、再び隣から声が聞こえた。

 今度は違うメイドが話しているようだ。


『実際ラインハルト様って美形な顔してたよね。 美少年って感じかな?』

『プラーシャもそう思うでしょー! 今のところ一番会ってるのフローレスじゃん、ずっと一緒にいてどう思ったの!』

『えっと、うん。 ……かっこよかった』

『きゃー! やっぱりそう思ってんじゃん!』


 ――この会話は全て、男側の風呂に聞こえていた。

 ひっそりとラインハルトの隣にいる船員は満面の笑顔で肩にポンと手を置いた。

 ベリスは「近いうち男だけで飲もう」と満足そうに言った。

 

「――――」


 ……かっこよかった。 好きな相手がオフの状態で言った自分に対しての言葉。

 そんなラインハルトは、まるで弓矢で心臓を討たれたように固まっていた。


 

 

 ――ラインハルト達が風呂から上がった直後のこと。

 女性側の風呂にレオナルドが入ってきた。


「なんの話をしてんだ?」

「副団長、実はですねー……」

「ふむふむ。 ……なあお前ら、そんなに賑やかに話してたら隣に全部聞こえるんじゃねえのか?」

「だとしても、流石にラインハルト様がタイミングよく入ってませんよ絶対」

 

 楽観的に話すシャルロットとプラーシャ、確かになとレオナルドも笑う。

 しかしその時、後から入ってきた女性船員が不思議そうに話す。


「皆さーん。 たった今ラインハルトさんが風呂で硬直してしまい団長達が運んでいるのですがー……あれ? どうかしましたか?」


 女性船員の言葉が、風呂にいた者全てを凍り付かせた。

 そんな中、フローレスは熱い風呂の湯に、真っ赤になった顔を沈めていたのだった――。

 

 

 

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