第二話【プロペラを回せ! 出航開始!】
――人々が十分に満足して、帰路についていた夕刻の時。
島中にガス灯が照らされる。 今島に残っているのは管理職員かグリフォン飛行船団のみであった。
その頃、船員達がぞろぞろと騒がしく集まっていた。
何を隠そう、ラインハルトの入団祝いである。
「新たなメンバーであるラインハルトに、乾杯!!」
『乾杯ー!!』
ベリスの合図でパーティーが始まる。
船員達はガハハと笑う。 楽しそうに腕相撲をしている者もいた。
「ラインハルト、お前は酒は飲めるかー?」
酒で酔いながら一人の船員がラインハルトに声をかける。
「えーっと、僕はそこまで酒は得意じゃ」
「今日くらい良いだろー! なんなら度数低い酒もあるぜぇ」
「あー低い度数であれば飲めますね。 じゃあいただきます」
よしきた、と嬉しそうに船員は酒を注ぐ。
注ぎ終えると船員は、ラインハルトにコップを渡した。
ラインハルトは礼を言う。 そしてぐいっと酒を飲んだ。
「ぷはー! これ結構美味しいですね!」
船員は驚愕する。 実は悪ふざけでラインハルトに飲ませた酒は、度数が普通よりも比較的高かったのだ。
更に美味しそうな表情で飲んでいたからか、船員はテンションが上がっていく。
「いーぞ! 気に入ったぜお前!」
ガハハと高笑いしている船員はベリスに呼ばれて、その場を後にする。
ベリスは、楽しそうに船員達と踊っていた。
「さぁ諸君、もっと並んで片足を上げるんだ!」
『団長ー! これ以上は足がつっちゃいますよぉー!』
『俺なんて酔っぱらってるんすよぉ!』
「私だって酔っぱらっている! だから私も踊るのだ!」
船員達はひいひい言いながら、ベリスと楽しそうに踊り続ける。
ニコニコしながら見ているラインハルトに、一人の少女が話しかける。
少女の髪は赤色のツインテールで、対照的な緑色の目が特徴的であった。
静かそうな少女の服装は、俗にいうメイド服である。
「本当にこの船団のファンなのですね、ラインハルト様は」
「君は……?」
「申し遅れました。 私は船団でメイド長をしております、フローレスと申します」
フローレスはスカートの裾を持ち上げてお辞儀をする。
その美しい姿にラインハルトはドキッとしてしまうが、気づかれないように無理やり表情を抑えた。
「え、えっと。 君は容姿的にファイアー・ドレイク族なの?」
ラインハルトはバレないようにと話題を変える。
フローレスは「よくわかりましたね」と驚く。
そもそもファイアー・ドレイク族はゲルマング王国の民と友好関係にある竜族なのだから分かって当然であった。
「だけど名前はブリテー系なんだね?」
「実は生まれた場所はブリテー王国でして、なので名前はブリテー系なのです」
「へぇー。 そういえば身長とかは僕と似てるけど……竜族だから長く生きれるんじゃないの?」
「それが……私は人間とファイアー・ドレイク族のハーフなのです。 ですので生きていられる年齢も人間と大差ありません」
なるほど、とラインハルトは納得した。
ラインハルトは年齢は十四歳で、実はフローレスも年齢は十五歳なので本当に大差がないのだ。
「挨拶もしたし、フローレスも飲まない?」
「いえ、私はメイドですので何か手伝わなければ……」
申し訳なさそうにフローレスは返す。
するとラインハルトはもう一つのコップに飲み物を注ぐ。
注いだコップをフローレスへと手渡した。
「えっ。 あ、あの……?」
「じゃあ僕と一緒に飲むのが、メイドとして今からやる仕事。 それでどうかな?」
ラインハルトの返しにフローレスは驚く。
少しでも船団の皆と距離を縮めておきたい。 それがラインハルトの考えであった。
フローレスはクスリと笑う。 積極的な人だと興味を持った。
「かしこまりました。 では本日は一緒に飲ませてもらいます」
二人が楽しそうに会話して飲んでいる様子を、ベリス含め船員達はニコニコと温かい表情で眺めていた。
「仲良くなるのは良いことだ……」
『俺もあんな青春がある筈だったんだよ』
『フローレスちゃんが楽しそうなのは俺達も幸せだなぁ』
『うぷ……! ちょ待って吐きそうぅっぷぅ!』
「――いや、なんで踊りながら眺めてんだよ。 気味悪いだろうが」
眼福を眺める時間を遮ったのは、副団長のレオナルド・ヴィンツィノスであった。
ベリス達はじぃーっとレオナルドを見つめた。
「な、なんだよ……。 ちょっと怖えぞ」
「レオナルド。 君が男勝りなのは理解しているが、もっと幸せというものを知るべきだ」
『そうだそうだー! あの幸せな二人が見えないのかー!』
「別に興味ないわけじゃねぇ! お前らの行動が気味悪いって言ってんだよ、あと踊るのはもうやめろ!」
飲んで踊って。 星空を眺めて楽しいパーティーが続いていく。
段々と夜も更けていき、いつの間にか船団の全てが寝落ちしていた。
強引に島の管理人にまで酒を飲まして共に草のベッドで眠っている。
日が昇る。 青空が広がる快晴の中、レオナルドがベリスを殴り起こす。
「あいたぁ!? なんだ私が気持ちよく寝ているときに!」
「寝過ぎだ馬鹿! 何時だと思ってんだ!」
ベリスは自身の腕時計を確認する。
時刻は十一時半。 はっきり言って寝坊である。
周囲を見渡す。 だが起きているのはラインハルトとフローレス、レオナルドだけであった。
「……私は朝が弱いのだ。 おやすみ」
「二度寝したら今度は本気で殴る」
「起きる。 起きるとも! 獣人族の攻撃力は人間を瞬殺するのだぞ!?」
ならばよし、とレオナルドは殴る体制を止める。
尚ラインハルトは苦笑い、フローレスは若干呆れていた。
――しばらくして、各船員は持ち場に戻って出航の準備を開始していた。
向かう先はグリフォン飛行船団の拠点「ヒッポグリフ島」である。
新たなメンバーであるラインハルトも初日早々に準備を手伝っていた。
分からないことはフローレスに教えてもらい、必要な場所へと物資を運んでいく。
「これは……此処だね?」
「はい。 次はこれを、こちらの場所に移動できますか?」
「お安い御用さ。 よいしょっと!」
ラインハルトは重そうな木箱を、何度も軽々と持ち上げる。
それを先程から見ていたフローレスも度々驚いていた。
「ラインハルト様は力持ちなのですね」
「そりゃ一人で旅を続けてたからね。 これくらい軽いさ」
それからも言われたとおりの場所に軽々と木箱を運んでいく。
フローレスは内心、とても頼もしそうにラインハルトを見ていた。
とても素敵な人だな。 それが彼女のラインハルトに対する印象である。
――準備を開始して早二時間が経過した。
時刻は午後三時ちょうど。 寝坊したからか予定よりも出航が遅くなっていた。
各船の準備は万全、いつでも出航可能のようだ。
「そろそろ出航するぞ。 風圧で危険だから、二人とも船内に入ってた方がいいぞ」
「わかったよ団長! フローレスも早く行こう」
「先に入っていてください。 私は団長と話がございますので」
ラインハルトは「わかった」と言ってその場を後にする。
ベリスはこの様子を見てニコリと笑う。 フローレス曰く、何か思いついたような笑顔をしていた、とのこと。
「フローレス。 彼と少し過ごしてどう思った?」
「はい、とても素晴らしい程の出来た方でした」
「だったら……ちょっと君に頼みたい仕事があるのだが」
「頼みたい仕事、ですか?」
――その頃ラインハルトは、元気なメイドから専用部屋を用意されていた。
流石に新入りの自分に専用部屋はもったいないと思ったラインハルトだったが。
「これはベリス団長からのプレゼントでもあります! 基本は相部屋なのですが、ラインハルト様には特別な仕事をしてもらいたいとの事でしたので、ご用意いたしました!」
……と言われては、ラインハルトもありがたく受け取るしか出来ない。
ラインハルトが部屋に入る。 部屋の中にはベッド・クローゼット・テーブル・机などが置いてある。
いくら違う仕事があるからとはいえ、流石に豪華すぎないかと思ったのだが、ここまできたら貰えるものは貰っておこうと考えることにした。
「窓もあるのか……まるで大貴族の専用飛行船だなぁ」
元貴族であることを忘れているかのようにラインハルトは窓を眺める。
まだ出航していないのだが、しばらく水平線を見ることは叶わないので見納めで眺めていた。
するとその時、扉からノックの音が聞こえる。
『ラインハルト様、お入りしてもよろしいでしょうか?』
フローレスの声であった。 ラインハルトは「どうぞ」と声を返す。
扉が開いて、フローレスが「失礼します」と言い部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「実は団長から……ラインハルト様の担当メイドに任命されまして」
――ラインハルトの思考が止まった。
一体どういう事なのか。 どうしてそうなっているのか。
だが流石の秀才、ラインハルトはすぐに冷静に戻した。
「い、一応聞くけど……なにがあったの?」
「もとより元貴族であるラインハルト様には、専属メイドを用意される予定だったのですが、先程ベリス様が直々に私を任命いたしまして……」
実はベリスは、ラインハルトがメイド長であるフローレスに一目惚れしていたことを気づいていた。 なのでこの際、こちらも見てると幸せなので専属メイドにフローレスを任命してしまおうという魂胆である。
「ははは……団長も凄いことするなぁ」
「申し訳ございません。 急にこのような……」
「いや大丈夫だよ。 むしろ君が専属で、嬉しいというか……なんというか。 とにかく! これからよろしく、フローレス」
よろしくお願いします、とフローレスはお辞儀する。
実のところ、ベリスは一応提案として彼女に伝えたが、即答で承諾したことは絶対に内緒である。
――出航の時が来た。
ベリスはマイク越しで各船に伝える。
「プロペラを回せ! 出航開始だ!」
各船順番通りに巨大なプロペラが回っていく。
エンジンが作動する、飛行船は動き出して前進していく。
徐々にスピードを上げていった。 飛行船はゆっくりと広々とした大海原から離される。 鳥の群れが飛び立つように、船団は一隻。 また一隻と空へと飛んでいく。
海から離れた十三隻の飛行船は、列を組んで青い空を安定して飛行していく。
船団の旗がゆらゆらと靡く。 旗に描かれているのは、羽ばたいて飛ぶ大きな鳥。
空を飛ぶ鳥のように平和を尊ぶ証、それはまさに平和を象徴する船団そのものであった。
「我らは軍隊ではなく、仲間と誇りを何よりも愛する船団である」
ブリッジの中でベリスは、大空を眺めながら一言口にした。
それを聞いていたレオナルドはニヤリと笑う。
「やっぱり良いな、その言い回し」
「ああ、私も気に入っているよレオナルド」
「ヒッポグリフ島まで一ヵ月はかかるが、まあいつもの事だな」
レオナルドは航空長と地図を確認しながら言った。
ずっと黙っていた航空長ウィリアム・バースデーは、急にポケットから飴を取り出して舐め始める。
「あっ、ウィリアム爺さん! 私にも飴をくれよ!」
「……ほれ、くれてやるわい」
「サンキュー! これは何の味だ?」
そんな平和な会話がベリスを抜いて続いている。
寂しかったのかベリスは後ろを振り向いて二人の会話に割り込んでいく。
「味が気になるから! 私にも飴を寄こしてくれ!」
――こうした平和な船団は一ヵ月の間、グリフォン飛行船団の拠点「ヒッポグリフ島」まで空の旅をいつも通り始めるのだった。