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四十二、いつまでも

 すべてが明かされて、月花はなにより先に雨流のもとへと走った。雨流は吐き下し、皇宮で煎じ薬を飲んでいた。医官が月花にこうべを垂れる。月花は雨流の傍に駆け寄った。まるで子犬のようだった。


「陛下! 陛下!」

「月花。どうした、慌てて」

「美連さまが白状しました。すべて美連さまが企てたのだと」

「そうか。よかった」


 問題は、月花の舌の感覚が戻らないことだけだ。月花は寝台に座る雨流のもとに駆け寄って、そのまま抱き着き雨流は寝台に倒れ込んだ。ふわりと布団がふたりを受け止めて、二つ分の重さで沈んでいく。


「お慕い申し上げます、陛下」

「なぜ、そのような話になる」


 ふたりで寝台に倒れ込んで、月花は雨流を見上げて涙をこぼした。月花はこの目を知っている、雨流の目だ。優しかったあの少年の、瞳。月花の菓子を、夢中になって食べてくれた、最初の人。


「私はただ、毒を明かしたいだけなのだと、だから自ら毒を飲んで証明していたのだと、そう思っておりました」

「違うのか?」

「最初から。最初から私は、陛下に惹かれていたのです」


 月花の無実を証明するために、毒のある青い芋を、後先考えずに食べたこと。雨流の優しさは、最初から知っていた。だから、断れなかった。月花はただ、雨流の役に立ちたかった。ただ、好きだったから。


「はは、そうか。ソナタ、小料理屋はどうする」

「そ、それは……」

「一つ提案だが。この後宮に小料理屋を開くのはどうだ?」

「後宮に?」

「そうだ。もっと後宮を民に広く開くつもりだ。ソナタは反対か?」


 フルフルと首を横に振る。月花の唇が薄く開かれ、雨流の唇に深く触れた。雨流が月花を受け止めて、ふたりは鼻先が触れる距離で、笑いあった。


「苦い……陛下、こんなに苦い煎じ薬をお飲みになって……私が代わりに飲めたらよかったのですけれど」


 にこりと笑う月花を抱きしめる。月花の体は相変わらず細く折れそうで、しかし、抱きつぶしたくなる。月花は自分を慕っていると言った。ならば、この後宮に残って、まことの夫婦になってくれるということだろうか。煩悩の合間に、ふと、雨流はあることに気づいた。


「苦い? ソナタ、せんじ薬の味がわかるのか?」

「え? え?」

「もう一度、飲んでみろ」


 雨流が月花ごと起き上がり煎じ薬を口に含んで、月花に口移しした。赤面するのは月花だけでなく内官、女官も同じだった。しかし、月花の顔がみるみる歓喜に染まっていく。舌の感覚がある。苦い、苦い。味がわかる、煎じ薬の、成分がわかる!


「へ、陛下。あじ、わかります」

「そうか。戻ったのか?」

「はい、はい!」


 うわごとのようにつぶやいて、月花は何度も何度も雨流の胸に頬を摺り寄せた。雨流は月花を膝に抱きかかえる。おそらく、あの針治療は時間差で効果を現すのだ。そして、一時的に症状が悪化したかのように見える。だから月花は、すべてをあきらめていたのだが、どうも月花は、まだまだ料理人としてやっていっていいらしい。月花の頬に唇を寄せながら、雨流が優し気に目を細めた。


「それで。味覚も戻ったことだし、ソナタはお役御免、になりたいか?」


 先ほどのは、慰めのつもりだった。この後宮に小料理屋を開くというのはあながち嘘ではないが、月花を少しでも元気づけたい一心だった。月花が雨流を見上げて笑う。


「いいえ、わたしは、ここに残って、小料理屋もやります」

「いいのか?」

「陛下こそ。後宮に小料理屋なんて、宰相たちが黙っていませんよ」

「ああ、ああ。説得してみせる。ほかならぬソナタの頼みならば」


 雨流が月花の頬を優しく撫ぜる。その慈愛に満ちた表情に、月花はこの人とともに歩んでいきたいと願ってしまった。

 最初は偽りの関係だったかもしれない。けれど今は、この関係は運命で必然で、ふたりを結ぶ、確かな絆なのだと笑いあう。

 この渓国にはたいそうおいしい小料理屋がある。その小料理屋は、はじめは都から離れた場所にあったのだが、いつからか後宮の一角にその居を構えた。そこには占い師の老人がいて、美味しいカリーが食べられるのだという。小料理屋の主人は女性で、店に入ると生年月日を聞いてくる。そうして出される料理は五行をもとに出される料理で、食べた人間を高みにいざなう。その美味さもさることながら、その料理を食べるとたちどころに体が軽くなるのだ。

 人々は末永くその店に通った。そのうち、小料理屋の女主人は皇帝の皇后となり、渓国は末永く、末永く繁栄したのだという。

 ふたりの物語は、始まったばかりだ。

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