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四十一、銅の食中毒の仕掛け

次回で最終話です。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

 書庫にこもって五日後、月花はとある文献を目にした。月花は手から足から、仙骨、頭、鼻に至るまで、さまざまな針の書を読み漁った。なにかあるはずだ、なにか手がかりが。月花は必死に文献を読み漁る。文字がだんだんとみみずのように浮かび上がって眠りに落ちて、夢から醒めてはまた文字を読む。月花の切なる願いを神が聞き入れたのか、その中に、興味深い文献があった。


『舌の感覚は鼻とつながっている。したがって、鼻炎と同じ治療をすれば、味覚異常が治ることがある』


「これだ!」


 月花はさっそく月の宮に帰り医官を呼び寄せる。医官は毎日月花につきっきりだった。雨流にそう命じられているからである。しかし、医官も月花も、針治療を試していることは雨流には黙っている。なにしろ雨流はだいぶ過保護だ。それは月花に対してだけではあるのだが、月花は、雨流は本来心根が優しいのだろうと思っている。だからこそ、雨流に針治療の件を教えたらただでは済まないだろう。医官に先ほど読んだ文献を渡すと、


「こんな文献、初めて読みました。針の位置も……失敗したら、嗅覚まで無くなりますぞ?」

「なにもしないよりはましです。針を打ってください」

「しかし、陛下のご許可もなしに」

「大丈夫です。すべての責任は私が取ります」

「わたくしは言いましたからね」


 医官は根負けして、月花の鼻と頭、眉間の経絡のに針を打つのだった。



 翌朝、月花は舌の不快感で目を覚ました。ちゅちゅちゅんと可愛らしい雀の鳴き声は普段となんら変わらぬ朝である。目を細めて朝日を見やる。外にはすでに鈴と華女官が控えている。月花は起き上がり、身支度を始める、そのときだった。


「ん……?」


 口内で舌を動かしても、感覚がない。舌がなくなったかのように、なにも感じない。昨日までなら、舌の感覚はあったし、味覚も弱いながら残っていた。それらが、すべて消えたのだと、月花は瞬時に悟った。


「そんな……」


 失敗だった。月花は味覚だけでなく、舌の感覚すら失った。針治療はうまくいかなかったらしい。唯一残っていた微弱な味覚すら、月花には残っていなかった。針治療の副作用だ。もう、失うものはなにもない。このまま後宮に残って、雨流の本当の皇后になるのも悪くないと思い始めていた。



 月花は舌の感覚がなくなったことを、雨流には話さないでいた。しかし、脈診した医官が青ざめ、


「こ、皇后さま、やはり昨日の針治療が……ああ、わたくしを死罪に処してください!」


 医官が騒ぎ立てたことで、華女官が内官を使わせて、雨流のもとに知らせが入るのはあっという間だった。

 雨流が月の宮に足を踏み入れる。バタバタとあわただしかった。


「月花! ソナタ、なにをした!?」

「陛下……医官は悪くないのです。私が頼んだのです。針を打ってほしいと」

「まことか!?」


 医官に問いと、医官はこうべを垂れて雨流に許しを乞うている。


「死罪に処してください!」

「ええい、うるさい! よくも、よくも!」


 医官に殴りかかりそうだったため、月花は慌てて雨流を止める。医官が涙目で月花を見上げていた。月花はふるふると雨流に首を振って見せた。雨流はそれだけですべてを悟る。そんな、そんな。


「よいのです。最後の望みにかけたのですが……このまま、後宮に残るのも悪くないかと」

「……わたしの知る月花は、そのようなことは言わない」

「だったらどうしろというのですか」

「わたしが治す! 治すと言ったら治す!」


 むきになっているようにも見えた。月花は苦笑し、雨流は医官を連れて書庫へと走る。なにかあるはずだ、なにか。なにか。雨流は最後まで希望を捨てなかった。



 月花の舌の感覚がなくなって、雨流は気もそぞろだった。そんな中で朝廷会議が開かれ、雨流は生返事である。いつもの雨流ならば、厳しく宰相や諸侯をたしなめるところを、今日はすべての許可が下りた。


「皇后さまの状態が悪化されたそうだ」

「ああ、毒を飲むからそうなる」

「そういえば、今日もなにか知らせがあると言っていたな?」


 朝廷も終わりに差し掛かり、正装姿の月花が姿を現す。その手には、すすだらけのアルミの器が握られていた。


「月花! そのことはもうよいと」

「なぜですか。せっかく種が分かったのに」


 月花はアルミの器の中を、宰相、諸侯に見えるようにかざすと、


「これは、水を入れて何度も沸騰させたアルミの鍋です。何度も水を沸かすことで、水の中の銅が付着し、ここに酸性の飲み物を入れると……」


 月花はアルミの器に、モルゴの乳酸飲料をなみなみと注いだ。それをぐるりと人差し指で何周かかき混ぜてから、宴席で使われたものと同じ、硝子の器により分ける。


「これで、銅の食中毒の完成です。そうでしょう? 大学士・架 美連さま?」


 ざわめき、しかし美連は何食わぬ顔だ。肥えた腹を撫でつけながら、ふふんと鼻を鳴らし月花をさげすんでいる。


「それが食中毒だと、皇后さまが証明なさるのですか? 皇后さまは、聞いたところ、先のアルミの毒のせいで、今も体調がすぐれぬとか」


 それはそうなのだ。体調の悪い月花が食中毒を証明したところで説得力に欠ける。かといって、女官たちにやらせるわけにもいかない。手詰まりだ。万が一にも美連が罪を認めればと思っていたが、そう簡単に行くはずもない。


「ならば、わたしが飲もう」

「陛下!?」


 声を上げたのは、雨流である。月花は驚きその場に固まり、しかし、雨流にその器は渡さなかった。そんなこと、させられるはずがない。一国の皇帝に。しかし雨流も引かない。月花から乳酸飲料の入った硝子の器を奪い取り、それを一気に飲み干した。


「はは、これで、私に吐き気、腹痛、下痢、頭痛の症状が出たら、先のわたしの生誕の宴での毒は、銅による食中毒だと証明できるな?」


 時計が進み、四半刻(三十分)したころ、雨流は吐き気を催し、内官が持ってきた桶に胃の中の物を吐き出した。さらに腹痛に見舞われて、厠へと走る。なんとも間抜けな皇帝だ、と朝廷にいる誰もが彼を嗤い、同時に尊敬した。


「陛下のおっしゃる通り、美連殿。今回の件は美連殿の目論見とみてよろしいかな?」


 助け舟を出したのは宇露の父、漢加である。あのアルミの器を借り出し、すすだらけにして返したことは、持ち主である宇露は知っている。あの女官から報告を受けているからだ。


「わたしからも、架 美連。ソナタを罪に問おう。わたしに渡した丹薬の毒を」


 そこに先帝までもが姿を現し、雨流のいない朝廷で、観念したように、美連が崩れ落ちる。


「なんだ、こんな皇帝なんて、くそくらえだ!」


 ぎゃあぎゃあと喚き、美連はお縄につくのだった。そして美連の領地を調べ、鈴の米菓子の毒の件も美連の仕業と判明するまでそう時間はかからなかった。

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