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四十、諦めるな!

 そのころ、雨流は先帝へのあらぬ誤解を解き、先帝は事の真相を聞き崩れ落ちた。自分の息子を疑った自分を恥じて、先帝は今後の処罰を、雨流に一任した。


「父上。その丹薬は、アルミが仕込まれているのです」

「あ、あるみ、だ、だと?」

「はい。私の皇后が倒れたことはご存じですよね?」


 それらは先帝の耳にも入っていたらしく、先帝は逡巡の末、自分の息子の言葉を信じることにした。そもそも、体調不良が起きた時期を考えれば、あの丹薬にたどり着くのは必然だった。美連は、先帝にとって重臣だった。だからその言葉を信じたかった。雨流に比べて先帝は人を信じすぎるところがある。そこにつけこまれ、先帝は丹薬を信じ、また、雨流が先帝を衰えさせて譲位をさせたのだと信じてしまったのだ。

 その心を解いたのは、雨流の真心でもあるし、皇太后の言葉でもあった。


「先帝。雨流――陛下の言葉を、息子の言葉を信じぬ親などいましょうか」

「こ、皇太后、し、しかし、わたしは」

「雨流が一度でも、先帝を裏切ったことがありましたか?」


 幼き頃の雨流を思い描き、先帝は涙を流した。雨流は変わった。皇帝になるために心をなくした、その心を、月花という皇后が溶かしてくれた。それを信じずに、なにを信じろというのだろうか。


「す、すまなかった。雨流、わ、わたしは、ソナタの言葉を、信じる」


 すぐさま医官を呼び、解毒の煎じ薬を出させて、風呂で汗をかき、毒の出る茶や食材を、厨房に手配した。



 先帝の誤解も解け、雨流は次の朝廷会議までの合間に、月花の舌を治すすべを探していた。

 その中で、とあるせんじ薬が効くと聞いて、月花の部屋へとおのずから運んだ。それは渓国では手に入らないような薬で、そして、どの煎じ薬よりも苦くてまずい。味を感じないにしろ、多少は感じるその舌ですら、その薬はたいそう不味く、不快だった。


「月花! この煎じ薬は効くそうだ!」

「陛下。前も同じことをおっしゃっていました。もう私は治らないのです」

「いいや、治る。何度でも言おう。ソナタの舌は治る」

「それよりも、陛下。私は早く、朝廷で毒の正体を明かすべく――」

「それはならぬと言ったであろう。またソナタが自ら毒を飲んで証明するなど」

「ですが、それ以外に証明する方法がありません」

「その話はあとだ。これを飲め」


 雨流が差し出したせんじ薬は色も悪ければ味も悪い。月花は飲まずにふいと顔をそらし、


「もう治らぬのです。治らぬのに飲むのは嫌です」

「わがままを言うな」

「わがまま? だってそうでしょう? 神経毒なのです。煎じ薬で効くわけが――」


 雨流がせんじ薬を口に含む。そのまま口移しで月花にそれを飲ませると、月花が雨流をどんと突き飛ばした。びちゃ、と煎じ薬が布団の上を汚した。月花に火傷がないかと慌てて雨流が布団をはがし、月花はふてくされて布団に横になる。掛けものをはぎ取られて、月花は隠れる場所を失ったため、ふて寝をあきらめて起き上がる。


「正気ですか!?」

「正気だ。正気も正気だ。好いたおなごを救いたいと願うことは、おかしいか?」

「へいか……なん……」

「わかっている。ソナタにとってわたしはお飾りの皇帝だ。しかし、わたしはソナタの、ひたむきさ、料理になると見境がなくなることも、わたしのために体を張るところも。すべてがいとおしい。ソナタを離したくない。それが本音だ」

「わた……私は……小料理屋に戻りたくて」

「いい、わかっている。すまない。出直すとしよう。今のは忘れてくれ」


 いつになく声を震わせる雨流に、月花は自分の気持ちがわからなくなった。もしかすると、月花自身も気づいていないだけで、この皇帝のことを好いているのかもしれない。



 月花は、翌日から後宮の書庫に入り浸るようになった。朝廷の会議が開かれるまであと七日。それまでに舌の感覚を取り戻さねば。そして、この食中毒の謎を解き明かして、晴れてお役御免で後宮を出る。季節は初春、まだまだ寒い日が続いている。立后まであと二月ほど時間がある。


「神経毒、神経毒……」


 神経ならば、煎じ薬よりも針ではないかと思いいたった。そして、調べるほどにそれは奥が深い。月花は最初、味覚をなくしたのだから舌か、あるいは味覚を感じる脳に作用する針かと思ったのだが、どれを試しても舌は戻らない。医官も、「皇后さまのご命令とはいえ、むやみに針を刺せば、わたくしが陛下に叱られます」とあまり気乗りはしないようだった。

 しかし、月花はあきらめなかった。小料理屋に戻るには、この舌は必要不可欠だ。月花は師匠である仁のもとを訪ねていった。


「師匠!」

「おお、月花。いや、皇后さま。わしのところに来るなんて珍しい」


 仁は我が子を迎えるように月花を歓迎した。仁はこの王宮の隅に住まいを与えられた。占庁の長としての役職を与えられたのだ。これらは内官ではないため去勢の必要もなく、仁は「結局わしは、死ぬまで占い師なのだな」と笑っていた。


「師匠。私、舌が」

「なに。大丈夫だ。ソナタの命式に、そのような障害は見当たらぬ。ソナタもわかるだろう?」

「わかります。けど、占いはあくまで占い。それは師匠が口酸っぱく言っていたことですよ」

「はっはっは。そうだな。しかし、月花。世界にはまだまだ知らぬことがある。例えば、人間の感情が内臓とつながっていたり、五行を取り入れる食べ物が存在したり」

「今更なにを……」


 しかし、言われてみればそうだ。怒りは肝臓を傷め、興奮は心の臓を傷め、憂いは脾臓を傷め、悲しみは肺を傷め、恐れは腎臓を傷める。

 だったら、舌の感覚も、どこかにつながっているのではないだろうか。味覚がないからと、舌に関する医学書ばかり読んでいたが、目線を変えればなにかがわかるかもしれない。


「師匠、ありがとうございます!」


 月花は再び気力を取り戻して、書庫へと走るのだった。

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