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二十六、舞踏

 さて。

 皇后になったからには、国内外に月花をお披露目する宴会が開かれるのはわかりきったことだった。立后の儀とは別に、妃が決まると西洋の人々を呼んで宴会が開かれるのだそうだ。


 しかし、月花は生まれてこのかた平民だ。宴会の心得なんてあるはずもない。しかも、最近は西洋との交易を盛んにしているので、今度の宴会にはどれすなるもので参加して、舞踏会が開かれるのだという。

 だから、雨流が月花に舞踏ダンスを教えることになったのだが、これがもう、うまくいかない。


「え、足、え」

「こちらだ。右左、右」

「右、ひだり、あっ」


 カツ、とかかとの高い靴で雨流の足を踏んでしまい、月花は恐縮して雨流に頭を下げる。そもそも、西洋の衣は窮屈で苦しい。コルセットを締めて、ひらひら揺れるドレス。ドレスは襦裙に近いものがあるものの、しかしコルセットとかかとの高い靴は月花をだいぶ苦しめた。背伸びした形のまま踊るのだから、足が折れそうなほどにくたくたに疲れる。何度も雨流の足を踏んで蹴って、月花は何回も何回も雨流に謝る。もう、消えてしまいたかった。


「も、申し訳ありません」

「良い。気にするな」

「ですが……もう七日目になりますが、一向にうまくならず……」

「大丈夫だ。まだあとひとつきはある」


 微笑む雨流のなんと美しいことか。月花は顔を赤くして雨流から離れた。

 そもそも、男性が女性の手を取り、腰に手を添えて踊るこの体勢がよくないのだ。こんな習慣は、渓国にはない。男性が女性に触れるのは、せいぜい交わるときか、あるいは二人きりのときくらいだ。いや、しかし、雨流はどこここかまわずに月花に接吻をしたが。あれは今思い出しても腹が立つ。戯れにしては行き過ぎだし、周りをだますにしてももっと手段を考えてほしい。


「陛下。私踊らなきゃダメですか?」

「なにを。ソナタの為の舞踏会(宴会)だぞ?」

「でも、でも。私は踊るよりも、裏方で宴会の料理を作りたいんです!」


 舞踏会が決まってから、料理人たちは毎日ああだこうだと宴会の献立を楽しそうに考えている。いや、真剣に考えているのだが、月花には楽しそうに見えてしまうのだ。

 自分もあの中に混じって、宴会の料理を考えたい。そもそも、本場の西洋料理を作る機会なんてめったにない。厨房に集まる食材の数々は、月花を魅了するには十分だった。


 手軽に食べられるカナッペには、クリームチーズやキャビアを乗せて。

 サラダも必要だ。農家から直接仕入れた新鮮な野菜に、それから、隣国のカルパッチョも作りたい。カルパッチョは生の肉を使うが、羽国流に改良アレンジするなら、生の魚で作ればさぞおいしいだろう。

 カクテルはきらびやかな色のものを使用して、それからマカロンやマドレーヌと言った焼き菓子に、そうだ、渓国の揚げ菓子もつけよう。


「月花、ソナタまさか、料理にかかわろうとしていないだろうな」

「え。ししし、してませんよ。献立を考えてなんて」

「そんなことだろうと思ったよ。そうだな、当日の料理は厳しいが、献立の助言くらいなら――」


 ぱっと月花が顔を明るくする。まるで子犬がしっぽを振るがごとくその顔に、ほだされてしまう。本当に料理のことになるとほかはなにも考えられなくなる。そこがかわいくもあり、心配でもある。


「では、少しここを離れても?」

「ああ。夕刻までには戻ってこい」

「はぁい!」


 ドレスを翻して、月花が走っていく。天真爛漫だ。料理のこととなると見境がなくなる。それが月花の長所でもあり、短所でもある。翻るどれすが蝶の羽のように美しく、この蝶を手ずから捕まえて、籠の中に大事に大事にしまい込みたい、と思った。



「なるほど、スシの応用ですか」

「はい、カルパッチョにするんです」

「ですが、この国では生の魚を食べる習慣がないゆえに、今回は見送ります」

「ええ、なんでです。食べたら絶対においしさをわかってもらえますって」


 月花は玄に文句を言った。

 玄の考えた献立は、ローストビーフ、魚の一口グリル。生ハムをバンケットに乗せて、サンドイッチと焼き立てのパン。ウィンナーに野菜のマリネ。

 キイチゴのムースにビスケットとアイスクリーム。


「うーん、どれもおいしそうですね」

「ありがとうございます」


 正直、ここの料理長の腕前はなかなかのものだ。西洋の言葉も難なく言える。そもそも、月花のように味を分析する舌がないうえでの料理なのだから、料理の腕だけで言ったらどうしたって玄のほうが上なのだ。玄は何年も西洋で修行を積んでここの料理長になった秀才で、言ってしまえば月花並みの才能の持ち主だった。


「早く舞踏会にならないかなあ」

「皇后さま。皇后さまは召し上がっている時間なんてないと思いますよ」

「え!? なんで?」

「なんでって……主賓なのですから、ほうぼうにご挨拶することになるかと」

「ええええ。そんなぁ」


 しゅん、としょげる月花を見て、玄もどうにか月花にこの食事を食べさせたいと思ってしまう。なにしろ仁は知っている。この月花こそが、あのカリーの小料理屋の女主人なのだ。玄もあの店には何度も通った。画期的な料理の数々は、西域のみならず、羽国、タイー、インディ、ギーリシ、その他もろもろの国の料理がひしめいていた。料理人からしてみれば、あの小料理屋は神のような存在だ。その主人がいま、目の前にいる月花なのだと思うと、料理長も口数が増えるのは当たり前だった。


「じゃあ、皇后さまの分は別に分けておくので、舞踏会が終わったらお出しするようにしておきましょうか?」

「え! いいんです?」


 いいもなにも、そこまで楽しみにされたら、料理人としては食べてほしくなるというもの。なにより、自分が丹精込めて作った料理を、月花に食べて評価してほしかった。あの小料理屋の主人は、自分の料理をどのように評するのだろうか。考えただけで胸が躍る。


「俺も腕によりをかけますので、召し上がったら忖度なしの感想をお願いしますね!」

「はい! それはもう楽しみにしています!」


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