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二十、偽装

 翌日、眠れなかった頭がしんしんとしながら、月花は厨房へと歩いていた。脳みそがぐわんぐわんと揺れている。ああもう、なんだというのだ。あれはいったい、なんだったのだろうか。ぷりぷりする月花に、鈴も華女官もなにも言えなかった。今日の皇后さまはご機嫌がよろしくない。


「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ!」


 あんな風にからかうなんて、どうかしてる。月花は厨房に入って、今日の仕入れの食材を見渡す。ずらりと並んだ食材は、泥付きのものもあり鮮度も抜群だ。すぐに雨流のことなど頭から消え去り、月花の顔がみるみる明るくなっていく。


「らっきょう、こんなにある。丸いネギも」

「皇后さま、今日はなにを作るのですか?」


 鈴はもうすっかり月花の料理の虜である。らっきょうを見てにおいをかいで顔をしかめつつも、これがどんな料理に化けるのか興味津々である。先ほどまでの月花の不機嫌もどこへやら、鈴はいつも通りに戻った月花に、なんら臆することなく話しかける。鈴のこういうところは素直に好ましい。月花がどんな状態であろうと、この子は動じない。それに、月花の料理を褒めてくれるから、月花は鈴と、もっと別の場所で出会えていたら、いい友達になれたのにとも思う。


「今日は、この丸いネギを切って三杯酢に漬けて。らっきょうは漬けてから七日ほどで食べごろです」


 らっきょうは、保存するときの容器を煮沸消毒して、甘酢を沸騰させたら煮沸した容器に入れる。そこに、皮をむいたらっきょうを入れてぴっちりと蓋をして完成だ。そのままでは辛いのだが、甘酢に漬けるとこれがまた、うまい。カリーの付け合わせにしてもいい。ほかには、刻んで西洋のまおんのそうす(マヨネーズ)と会えて、揚げた肉や魚と合わせるのも美味い。とにかく、らっきょうは万能な食材にもなるし、先帝の五行を整えるのには最適だった。


「丸いネギは……」


 丸いネギだけ三杯酢に漬けてもいいのだが、いかんせんおかずにはならない。だったらと考えたのが、アジに小麦粉をはたいて揚げて、それを甘酢に漬ける羽国の料理だった。ちょうど、小さなアジがたくさん仕入れられていたため、月花はまず、アジのうろことぜいごを取った。ぜいごというのは、アジに特有のうろこが進化したもので、尾の付け根から身の半分より前までにある固い部分だ。ここはそぐようにして包丁で取って、さて月花の本領発揮だ。


 内臓もきれいにとったアジに、薄く小麦粉をはたいて中温の油でじっくり揚げる。骨を柔らかくしたいので、揚げ時間は長めだ。その間に、丸いネギを薄く切って、人参はスー(ひょうしぎぎり)にする。それらを甘酢に入れておき、揚げ終わった熱々のアジを甘酢に飛び込ませる。じゅっといい音がして、アジが甘酢を吸い上げる。一晩おけば味が染み、すぐに食べればカリカリとした食感と、熱々のアジが楽しめる。一度で二度おいしい、南蛮漬けの完成だ。


「わあ、アジをこんな風に使うなんて」

「うん。小骨も食べられるから栄養価も高いの。この甘酢に、丸いネギと人参を一緒に漬けると、おかずとしても食べられるし、アジの油が相まって、丸いネギの辛さも和らぐから、きっと先帝も食べやすいと思うんだよね」


 南蛮漬けの完成したころ、折よくそこに雨流が現れる。すん、と鼻を鳴らして、雨流が南蛮漬けを見て口元を緩ませた。華女官と鈴は、こうべを垂れて雨流を迎え入れる。月花は、南蛮漬けの盛り付けに夢中で、雨流に気づかない。


「励んでいるか」

「ひっ」


 月花は鈴の後ろに隠れ、雨流を威嚇している。雨流はそれをはっはと笑って、さもおかしそうに月花をまた、からかう。昨夜のことを思い出し、月花はまた、不機嫌になる。鈴のうしろからいーと雨流に舌を出し、まるで子供のようだと雨流は笑った。


「ソナタ、昨日の接吻をいまだに気にしているのか?」

「ななな、せっぷ、いや、わた」


 鈴の後ろから月花を引っ張って、頬に唇を寄せる。雨流は本当に、本当に、ひといじりだ。月花は雨流の手を払いのける、しかしあくまで、そっとだ。皇帝の体を傷つけたら、それこそ大問題になってしまう。雨流は今一度月花の手を取り、耳元に顔を寄せる。また口づけられて、そのついでに耳元にささやくように、


「こうでもしないと、怪しまれるだろう」

「……ああ、そういう」


 つまりこれは、月花がお飾りの皇后だとばれないための工作なのだ。知ったとたんばかばかしくなって、月花も雨流ににこやかに笑い返した。作り笑いに周りの女官も内観も気づいていないらしく、にこやかにふたりを見守っている。


「もう、皇帝陛下、お戯れが過ぎますよ」

「なんだ、もっと戯れたいか?」


 つんと雨流が月花を突っつき、月花が身をよじらせる。もう、この。こんな不毛なやり取り、早く終わらせたい。早く無実を証明して、お役御免になってやる。月花の思いなど知らず、まるで甘すぎて、理想的なこの未来の夫婦に、内官と女官たちは顔を背けつつも、にこりと笑みを湛えるのだった。

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