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十七、幽華格

 今度は女官を捕まえて、アルミの器に毒を盛ったものがいないかを聞いて回る。女官たちは、打って変わって、月花の悪口を言わなくなった。月花が皇后の座に就いたからである。現金な。しかし、月花にはそのようなことはどうでもよく、女官たちは月花の取り入ろうと必死である。


「そんな、私たち女官をお疑いですか?」

「違……アナタたちの無実を調べるために聞いていて」

「ああ、ああ。本当に嫌になる。私たち女官は料理なんてさせてもらえません。あの日の準備のために、私たちは頑張ってあの器を磨いたっていうのに」

「あのアルミの器を磨くのに、重曹をたくさん使いました。なにしろ真っ黒だったので」

「月餅は前日に作って、濡らした布巾に包んで翌日に出しましたよ。どの月餅もそうでしょう? 皮をしっとりさせるために前日に仕込むのは月餅の基礎です」

「点心の餡は、宰相の大学士さまにいただきました」

「あの器はもともと大学士さまのものだとかそうでないとか」


 怪しい人物と言えば、文官や武官の人事をつかさどる大学士の、もう 漢加かんかと言ったところだろうか。漢加は王族に姻戚がおり、雨流の話からも雨流が廃位されて利益のある人物はこれくらいしか思い当たらなかった。だとして、証拠がなければなにもならない。そういえば、皇后候補の宇露は、漢加の娘だったか。


「鈴。次は、幽華宮へ行きましょう」

「かしこまりました?」


 不思議そうに首をかしげながら、鈴は幽華格へと月花を案内した。



 幽華格は、後宮の一番隅の日当たりの悪い場所に造られている。まるで牢獄だと言いたげに、薄暗い雰囲気をまとっていた。ぬかるんだ地面を歩き、足が泥でもたついて重い。まるでここは底なし沼の様に陰鬱で、月花はこんな場所に幽閉される、宇露や美姫に同情を覚えた。それもこれも、月花が皇后になったからではあるのだが、月花はこのふたりをどうにか救えないものかと頭の隅で思った。


 階段をのぼり、扉の前につく。鈴が月花の後ろに控え、宇露付きの女官が忌々し気に月花を見ていた。女官は一人しかおらず、下女も三人しか配置されていない。月花の扱いとは真逆で、月花は早くこの場から離れたくなる気持ちを抑えた。後宮はなんと恐ろしい場所だろう。


「月花皇后さまが、何用で?」


 傍付きの女官がとげとげしく言った。鈴が威嚇するように女官に歯を出した。女官は顔色一つ変えずに、鈴を一瞥すると、また月花の方に視線をよこした。この田舎者が、そう言いたげな目は、もう慣れていると思っていた。しかし、確かに宇露に比べたら、月花などそこら辺の雑草も同然、見目だって、知識だって。月花はなるべく皇后らしく振舞った。


「はい。宇露さまにお目にかかりたく」

「はっ、みじめだと笑いに来ましたか?」

「そんなこと」


 そうはいっても、月花がなにを言っても嫌味にしか聞こえないだろう。女官の嫌味を飲み込んで、月花は扉に向き直る。女官が「皇后さまがおいでですー」と抑揚のない声とともに扉を開ける。月花はその痛々しい視線を潜り抜けて、幽華格へと足を踏み入れた。


 外見とは打って変わって、中は月花の宮とさして代わり映えしない造りである。とはいえ、月花は自分の宮以外を知らないから言えるのかもしれないが。部屋には火鉢が炊いてあったし、花の香りと、炭の香りがした。


「宇露さま」

「まあ、月花さま。わたくしに何用で?」


 書物を写しながら、目も上げない歓迎をされた。宇露は勉学に長けた女性なのだと、あとから後宮のうわさ話で聞いた。あとは、鈴から、宇露がどれだけ聡明な妃であったかも散々聞かされてきた。その宇露が、雨流を陥れるなんてこと、あるのだろうか。月花は向かい椅子に座り込み、


「私、皇帝陛下の生誕の宴の真相を明かすために、この後宮に入ってきたんです」


 嘘は無駄だと思った。この聡明な元妃嬪を前に、小手先の言葉なんて無駄だと思ったのだ。宇露が書写の手を止める。月花の目をまっすぐに見て、宇露は、なんら顔色一つ変えずに、


「そういうところでしょうと思いました。わたくしのところに来るなんて、父のことしか考えられませんもの。こんな、皇后になり損ねた女を嗤いに来るような方ではありませんし」


 ずいぶん高く買われているようで、月花は申し訳なさを感じてしまう。しかし、一刻の猶予もない。宇露は、女官と下女に下がるように目配せする。扉が開いて、また閉まる。人がいなくなったところで月花は宇露に一歩詰め寄り、


「洗い出すと、どうにも宰相の漢加さまにたどり着くのです」

「ですが、父はそのようなはかりごとをするような人間ではありません。それに、そもそも父が縁戚の王族を次期皇帝に据えたいのなら、わたくしを現皇帝の皇后候補にする必要がありましたか?」

「あっ……!」


 それもそうだった。宇露をわざわざ廃位する皇帝の妃にするなど、どう考えてもおかしい。それならば、別の王族か貴族と政略結婚をさせた方が漢加にとっては利になる。そうなると、もうひとりの美姫妃も同じことだろう。

 月花はふむ、とうなり、椅子を立ち上がった。そのまま、宇露に拱手礼をする。


「もうお行きで?」

「はい。いろいろとありがとうございました。私一人では誤った考えに陥るところでした」


 洗い直しが必要だった。現状、あのアルミの器を持ち込んだのが漢加だとしても、それがなぜ、銅の食中毒になるのか、そこの謎さえ解ければ、なんとかなりそうなものを。

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