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アンドロイドと人魚姫  作者: せっか
第3章 アヤト2
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3-2 自転車に乗るアンドロイド


 最寄駅から下り線で十五分ほどのその町は土地の起伏が多く比較的古い景観を保っている。

 落ちつきはあるが、道路の整備状況からみてもあまり安全ではない。途中など、歩道は片側にしかなくラインが引かれてあるだけなので前から来る自転車と接触しそうになる。

 一キロメートルほどの距離でもアヤトの足では二十分はかかるので、労力でいえばいつでも出かけたいと思う場所ではない。けれども初めて遊びに来て以来、月に一度以上は足を運んでいる。

 最後の通りに入ると、五十メートルほど先に自転車に跨る人影が見えた。


 ――あいつ。


 アヤトは小さく舌打ちする。降り出しそうな空の下、タカシが家の前で例の試みを続けていた。

 これが案外、乗れてしまいそうに見える。左右にハンドルを取られて不安定だが、両足がペダルに乗り、四、五回は漕ぎ出せている。

 黒いTシャツの背中にはびっしりと細かいプリントが施されていた。スポーツ用のハーフパンツから出る膝下はふくらはぎの筋肉が人間のようではないので若干の違和感は与える。

 だが近づいて見なければ誰も彼をアンドロイドだとは見抜けないだろう。高校生が今になって自転車乗りの練習をしているように、アヤトの目にも見える。

 向きを変えようとハンドルを切って振り向いたタカシは、数メートルの距離まで来ていたアヤトを見てにやりと少し得意げな笑みを見せた。

 「よっ」

 「懲りずにやってんだ」

 呆れて言うと、自転車を降りながら「当り前だろ」と返す。

 「諦めがよくっちゃ何事も為せないんだよ。次でイケるな。見てただろ」

 ガレージへ押してゆく後にアヤトも続く。銀色に輝くネームステッカーの名前は、彼ではなかった。父親か兄のものを借りているらしい。

 「でも、自転車事故だったんだろ。わざわざやんなくたって」

 この近辺だったらしい。小野寺貴志は二年生の夏休み中に登校する道で事故に遭った。

 「そうだけど、俺は覚えてないもん」

 「おまえが覚えてなくてもさ。親とか反対しないわけ」

 「なんで」

 「嫌じゃん。それで死んだのに」

 現にアヤトは健診以外の用で「外出する」というと母親の猛反対を食らう。

 今日は彼女が出かけるのを待って、黙って出てきた。そもそも彼女が「オルタノイドの親の会」に出かけるとわかっていたから、タカシとの約束を今日にしたのだ。

 「何も言われないけどな。俺が悪くて事故ったんじゃないし、もう死なないし」

 そう言う彼の左肘には、壁に擦ったような痕があった。シリコンの皮膚が傷つき、摩擦熱で溶け焦げている。わざとかどうか、視線に気づいたタカシはそれを読み違えた。

 「ああ、これ? 今年のクラT、いいだろ」

 クラスTシャツというのはクラスのユニフォームのようなもので、三年間クラス替えはないのだが毎年作り替えるのが自分の高校の伝統なのだと、以前昨年度のものを着ていたときに教わった。

 綾人が在籍していた院内学級にはそういった風習がなかったので珍しく思ったものだ。

 「今年の? 本当だ、よくもらえたね」

 プリントの上部に印字された年号が今年になっている。

 湿っぽいガレージの隅に駐輪すると、タカシは「ここ、よく見てみ」と、自慢げに背中の中ほどを親指で示した。アルファベットで綴られた在籍生の名前の中に、小野寺貴志の名前があった。

 「いい奴らだろ。なんも言わないのにさあ、こうしようってなったんだって」

 「へえ……」

 タカシは上機嫌な顔でアヤトの脇を過ぎ、中へ繋るドアの方へ行く。

 「暇なら文化祭手伝えよって言うからさ、休み入ったら差入れ持って行くわ、つって。あれ、どうした?」

 自転車のところに立ったままのアヤトを見て、タカシは怪訝な顔をした。

 彼が遠く感じられて、アヤトはその瞬間足が前に出なかった。

 「暇だって話もするんだ。よくそんな自然に人間と付き合えるね」

 待たせるのも気まずいので踏み出すが、タカシが意味をつかみかねているような目でじっと見ているので顔を伏せる。

 「人間、っていうか、ダチだな。別に事故でこうなったからって、線引く必要もないだろ」


 ――事故でこうなった?


 また奇妙な言い方をする。アヤトが先に靴を脱いで上がるのを待って、タカシはドアを閉めた。入ったところの小部屋は物置に使われていて、扉のない出入り口を抜けると二階へ吹き抜ける開放的なリビングに出る。手前脇の階段を彼に続いて上がる。

 「今度の日曜は中学時代の仲間と集まるんだ。高一の正月以来だから、こうなってからは初めてでさ」

 あまりに屈託のない言い方に、違和感を覚えずにいられない。

 アヤトはふと、もう一つのことが気にかかった。

 「そいつらには伝わってんの、おまえのこと。その――」

 「ああ、事故のことは知ってるよ」

 「その事故で死んだんだって」

 部屋のドアノブに手をかける動作が、一瞬止まったように見えた。

 おどけ笑いを見せる前の一瞬、見向いた目に宿っていた光は読み解けないままアヤトの脳裏に刻みつけられた。


 「でも俺、ここにいるしな」


 ぐらり、と足元が揺らいだ気がした。


 タカシはオリジナルと自分を区別していない。


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