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アンドロイドと人魚姫  作者: せっか
第3章 アヤト2
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3-1 他人事



 アヤトが言っていた人じゃないかとタカシから電話がかかってきたのは、その週も終わりの夜のことだった。オルタノイドのメーリングリストに岩代(いわしろ)アグリが講演をするという趣旨の宣伝が流れてきたという。

 パソコンを開いてみると、果たして「AFAR結成大会」と題された転送メールが届いていた。イサクの話と違うような印象を受けるが、日程からして例のイベントのことのようだ。

 『アクト(Act)フォー(For)アンドロイド(Android)ライツ(Rights)。ライツねぇ』

 電話の向こうでタカシが読み上げる。その感想は「胡散臭い」なのか「興味深い」なのか、声を聞いただけではわからなかった。

 「行くの、タカシ」

 『いや、うーん、予定あるしな。行けんこともないけど。アヤト行く?』

 行かない、と答えると、アヤトは行きそうにないな、と笑われた。タカシもそう乗り気ではないとわかって、アヤトはひとまずほっとしたような気分になる。

 『まあ、ふーん、って感じだな。どうなんだろな。これって何なの、将来的にはデモか何かやる感じ? アクトというからには』

 「知らんけど、そうなんじゃないの。ストか何かやるんじゃないの」

 『マジかー、そんなSFみたいなことホントにやっちゃうんだ』

 SFみたいなこと。それは、笑えることだった。

 「画的には新しくないよね」

 笑えば他人事にできる。

 『プラカード持って練り歩くのかなあ。戦車出て来て一掃されちゃったりして』

 「そこは機動隊だろ」

 冗談に冗談で応じる、異端な態度が心地よい。

 『ライツなぁ。そういやこないだカードの話したじゃん、更新の』

 レンタルショップの会員カードのことだと、すぐに思い出した。年更新の期日が迫っているのが懸案になっているという話だった。

 「ああ。どうなった?」

 『あれ、無理だった。やっぱ身分証がないと駄目だってさ。去年の学生証でイケると思ったんだけどなあ』

 「登録証じゃ駄目なの?」

 『俺もそれ言おうかなと思ったんだけどさ、最初に借りようとした時もレジの店員じゃ判断できないからって店長が出てきて、じゃあカードの期限内は特別に本人ってことで認めようかとか、なんかオオゴトになって面倒だったから気が引けちゃって。でもカード失効は痛いわー、レンタルできないと本当にやることないもん』

 言うわりに色々やってるだろ、とは言葉にならず、沈んだ声が漏れた。

 これは笑えない。アンドロイドの登録証が使えるならアヤトも新規で作りたいと思っていたところだった。

 『なんかしようっていうと壁にぶち当たるのは事実なんだよ。住民票くらいは欲しいな。あと自分名義の口座持つ権限と。とりあえずバイトはそれでアウトだったわけだから』

 「バイトに住民票がいるの?」

 『そうじゃないけど、住所書けって時に、住()じゃないのに住所って解釈でいいのかとか、要するに人間じゃなくて何なのかって位置づけが法律にないからどう扱っていいかわからないって話になるわけさ。ラボロイドは職場の物品だろ、職員じゃなくて。じゃあオルタは()()でいいかっていうと同じアンドロイドなんだから不自然だとかなんとか』

 「面倒くさいな」

 『そういうところを突いてくれるならいいと思うよ、AFARも』

 ただなぁ、と唸る。

 『「権利」って持ち出してくるとキツいんだよな。生活の改善を求めるのにそこまで大袈裟な話にすることないと思うんだが。みんなフツーに暮らしてんじゃん。権利がどうだなんて考えないで生きてるだろ』

 「……だから、フツーに暮らせるようにするために権利を主張するんじゃないの、この人たちは。そういうのはない場合にしか問題にならないんだよ。当り前にある間は認識すらされないもんなんだよ」

 『いや、俺が言いたいのはそっちじゃなくて、そういう「闘いを挑む」的な方法でしか変えられないのかって。あんまし、人間対アンドロイドって構図で緊張を高めないでほしい。だいたいそう単純に対立してないだろ。アンドロイドっていったらラボロイドも一緒になっちゃうけど、ラボロイドの問題とオルタの問題を一緒くたにできるはずないし、俺なんかはっきり言って、見ず知らずのアンドロイドより家族とかダチの方が断然大事だからさ。なんかそういう、無理やり二分して連帯できるはずもない集団の方に引っ張り込まれるのはごめんだな』

 「言いたいことはわかるよ。たぶんAFARはラボロイドの間でできた組織だから、そういう違いもあるかもね。アグリさんがどういう活動家なのかは知らないけど」

 その時、階段を上ってくる音がした。足音でわかる。姉だ。

 『そうなん? この人が代表だっていうんじゃないの』

 「なんか話してくれって頼んだみたいな話だったけどな。それより、明日行くから。今日はもうこの辺で」

 電話の向こうには唐突だなというような反応があったが、「おやすみ」と言って切った。

 電話の声が漏れていると、たまに姉がプレッシャーをかけに来る。「切れ」と言うのではない。気味の悪いものを見るような目で弟の部屋を覗きに来るのだ。弟の部屋で、弟の偽物が外部の何者かとつながっているのを見に来る。

 残念ながら、アヤトはタカシのようには「家族」に溶け込んでいない。母親に連れられて初めてこの家に「帰宅」し姉と対面したとき、最初に言われた言葉は「ゾンビ」だった。顔は恐怖に引き攣り、声には嫌悪が込められていた。アヤトはそれで気がついた。


 「彼」は死んだ。自分はここにいるはずのないものなのだと。


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