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アンドロイドと人魚姫  作者: せっか
第1章 アヤト1
3/38

1-2 笑っているように見える顔


 市場化されたアンドロイドには二種類ある。

 オルタナティブ・アンドロイド、通称オルタノイドの登場により、従来の業務用アンドロイドはラボロイドと呼ばれるようになった。いずれのタイプにせよアンドロイドには月に二度の定期検査が義務付けられている。

 「健診」などと人間的な表現をしてみても、中身は精密機械としての不具合がないかどうかの点検だ。

 検査室はメーカーの建物の一画にあり、専用の入り口から廊下、待合室までは病院風の内装にしつらえられている。小さな子どものオルタノイドなどは「保護者」に付き添われて来るので、顧客であるオーナーの感情を配慮してなるべく人間的な雰囲気を演出しているのだろう。


 アヤトはこの日仲間のタカシと検査日が重なり、ここで落ち合って一緒に隔週の会合に向かう予定でいた。

 彼らだけではなく他にも数人、オルタノイドだけが集まる。発起人の家で何をするでもないが、「自宅」に籠りがちの彼らにとって大切な交流の場になりつつあった。

 待合室に自分一人残る頃になってもまだ先方が現れないので不審に思って端末を確認すると、はたして不在着信と留守録の表示がある。

 

 『アヤト? ごめん今日無理だわ、転んだ。救護要請した。カズマに言っといて』


 折り返した電話は繋がらなかった。

 一度は切ったものの不吉な予感がする。留守電にメッセージを残そうとリダイヤルしかけたところで、入ってきたばかりの眼鏡をかけた男に声をかけられた。

 

 「こんにちは。隣、いいですか」


 人のよさそうな顔を一目見て、アヤトは彼がラボロイドだと見抜く。

 ラボロイドたちは押しなべて人当たりがよく、柔和な顔立ちに穏やかな声をして、こざっぱりとした身なりをしているものだ。

 誰も座っていない長椅子は他に三つもあったが、むやみに断ってオルタノイドは愛想が悪いと思われても困るので無言で頷いた。電話しづらくなり端末をしまうのを、男はにこにこと見守り言った。


 「君、なかなかオシャレだなあ。もしかして、オルタナティブの人ですか」

 「ええ、まあ」


 はあ、と感心したような声を漏らし、男はまだ話を続けるつもりであるように膝の先をこちらに向けている。アヤトは少し迷惑に感じて、早く呼ばれないものかと二つある検査室のドアに目をやった。


 「やっぱり、思った通りだ。僕はラボロイドなんですが、僕らなんかはどうしても流行には縁遠いですね。でも憧れますよ。いいなあ、自分の服が持てて。僕ら給与もらってないでしょう、だから私物を持ちたくても買うこともできないんですよ。それに休暇もなくて、原則的には、検査日以外は外に出ることもないから、こうしてオルタナティブの人と直接会ってお話する機会もあまりなくて。一度訊いてみたいと思ってたんですが、君たちって本当に自分は機械の体に生まれ変わった人間だと思ってるんですか」


 「いや、全然」

 記憶を持っていることとそれを自分の過去と錯覚することとは違う――アヤトは持論を展開したい気もちに駆られた。


 オルタノイドの完成によって、人類は死者の「蘇り」に成功したと言われている。故人の記憶を受け継ぎ、外見や声ばかりでなく表情や行動に現れる人柄までもが忠実に再現されている。そして少なくとも宣伝上は、オルタノイド自身が自分は「記憶」の持ち主の蘇りなのだと信じていることになっていた。


 だがアヤトにとって、十八歳で死んだ少年「綾人」は自分の中に存在する他者でしかない。しかし名前も知らない相手にそんな話をするべきだろうか。気の知れた仲間内でも本当のところはどうなのかということを話題にするのはタブーであるような暗黙の了解がある。


 迷うアヤトをよそに、彼はどこかほっとしたような表情になって言った。

 「よかった。それなら君たちにもアンドロイドとしてのアイデンティティがあるんですね。どんなものですか、死んだ人の代りとして存在するというのは。君は自分の立ち位置や扱われ方に満足していますか。――いや、意味が伝わらないかな」

 男は自分の眉間を指先でコツコツと突き、なおも続けた。


 「僕らなんかね、奴隷みたいなものでしょう。さっきも言いましたけど給与も休暇もないし、仕事を終えて帰る自分の部屋なんてものもないわけでしょう、職場の備品扱いだから。空しいですよ、一方ではきちんと人間らしく振る舞って、人間の(かた)と信頼関係を結べるように期待されるのにね。かといって彼らの現実の友人に数えられるわけではないし、夜は物置同然の部屋で皆して座って休むんですから。所詮ロボットだからそれでいいと思われているわけです。人のように見られて、人扱いを受けない。こういう地位に置かれていることに対して、僕たちはこれまで漠然とした違和感しか抱いてこなかった。人間とアンドロイドの関係を公平に正すために、僕たちは自我に目覚め、一致団結して立ち上がるべきなんだ。だけど、肝心のアンドロイド自身がまだそのことに自覚的でない。何も求めずにいるのが一番平和だと考える人もいます。君はどうですか、自分という存在に疑問を抱いたことはありませんか」


 男は書類鞄から一枚のビラのようなものを取り出した。

 「僕たち、こういう勉強会をしていて。今度、講師の先生にお願いして講演会をしていただく予定なんです。君はどうやら関心がありそうですね、来週の日曜日ですから是非来てください。その日は僕らも特別な許可をいただいていまして、交流会もありますから同志とも出会えますよ」


 ――宗教と政治はお断りだ。


 心とは裏腹に、アヤトの目は講師とされる人物のモノクロ写真に吸い寄せられた。凛とした風貌の女性が正面からカメラを見据えている。


 「この(かた)もオルタナティブです。でも、ラボロイドも含めて広い視野でアンドロイドの問題を捉えようとしていて、色々と実態調査もしているすごい(かた)なんです」


 「岩……」

 その読みにくい苗字が妙に引っかかった。


 「いわしろアグリさん。僕らの間ではかなり有名ですよ、既にメディアへの発信も始めていますし。ところで、お名前をいただいてもいいですか。僕はイサクといいます」

 「江戸時代みたいな名前ですね」

 「伊作じゃなくて()サクね。ラボロイドにはよくある名前なんです。僕ら、人好きされるようにこういう顔に造られているでしょう。ヘブライ語で『笑っているように見える』という意味が元になった名前らしいんです。それで、君は」


 「園田アヤトくん」

 折よく女性の誘導員に呼ばれて、アヤトは立ち上がった。

 「ではアヤト君、また」

 イサクはにこにこと見送る。その声にも、入れ違いに出て行った青年にもほとんど気がつかなかった。

 いつの間にかビラを受け取り、呼ばれた時にとっさに鞄に隠したことも。


 ――岩代(いわしろ)アグリ。誰だ?


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