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アンドロイドと人魚姫  作者: せっか
第1章 アヤト1
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1-1 綾人の家



 暗幕を張り巡らせた家には昼も夜もない。夏も冬も、太陽がはじけ返っていようとも雲に閉ざされていようともそれは外の世界のことであって、家にいる限りアヤトには関わりのないことだった。時計が時間であり空調が季節を塗りつぶす。まるで病院と同じなのは、そうしなければ「彼」が帰ってこられないからだった。だがその必要がなくなっても母親は暗幕を外そうともせず、十年余りの習慣を守り続けている。


 階下からはニュースの単調な声が微かに聞こえていた。

 姿見の前で身支度を整えるアヤトの耳にはまだ先ほどのインターホンの音がこびりついている。あのしつこくねちっこい音にはほとほと神経をすり減らしている。世間には妙な正義感に燃える暇人たちがいて、倫理だの尊厳だの振りかざせば人様の家の郵便受けをゴミでいっぱいにしても良いと思っているらしい。

 それもいくらかは換気や洗濯のためにすら外されたことがない暗幕のせいであるようにアヤトは思う。外から見ていかにも不審だから、やましいところがあるかのように見られるのだ。

 降りていって廊下から覗くと、リビングのソファでテレビを眺めている母親の後ろ姿が見えた。無造作に束ねられた髪には白い筋が目立ち、痩せた肩には疲労が滲む。

 『先月十九日、――県――市の駐車場で切断された遺体の一部が発見された事件で、現場に残された犯人のものと思われる体組織の特徴から、犯行には人魚が関わったとの見方が強まったことがその後の県警への取材で明らかになりました……』

 「母さん。行ってくるね」

 引き戻されたように振り向いた彼女は、薄くなった前髪を掻きあげながらカレンダーを睨んだ。

 「今日は健診の日だっけ?」

 「そうだよ。その後寄るとこがあるから」

 早口で言って済ませようとすると、母親は俄かに顔をしかめた。


 「どこへ寄るって?」


 答える代りに目を逸らす。小さな子どもではないのにすべての予定を母親に正直に話さなければならない理由がわからない。

 「やめなさい、まっすぐ帰っておいで。あちらのお宅にご迷惑もかかるし、それに」

 背を向けると、怒った声が追いかけてきた。声だけではない。歩みの遅い彼にすぐに追いついて、彼女は母親然として諭そうとする。


 「ねえ、あなたはそういう子じゃなかったわ。病院にいた頃は他の子どもたちと少しも馴染まないって、あんなに先生に心配されていたのに。本物の世界の人間しか認めないなんて言って、同じような子たちには全く……本にしか関心を示さないような子だったのよ」


 「母さん。彼は死んだんだよ」


 言い放たれた現実に、彼女の頬はぴくりと強張った。口を結び、「息子」を見据える目にはめらめらと炎が燃える。やがて押し出されたのは所有者と親の間で揺れる声だった。


 「とにかく、まっすぐ帰りなさい。あまりその人たちと付き合わないでほしいの。わかるでしょう? ……アンドロイドだけで集まるなんて、不健全よ」


 二人はそのまましばし睨みあった。


 ――俺が出かけるのは、母さんがあちこちの親の会に出るのと同じだよ。


 喉まで出かかるその言葉を、しかし彼は言わない。

 『先月、ネオ・ジェネシス社製のラボロイドが人間に対して反抗的態度を取るなどのトラブルが相次いだ問題で、益山技術開発主任は本日記者会見を行い、関係者に深くお詫びするとともに原因究明に努めます、などと謝罪しました……』

 淡々と読み上げられるニュースに、彼女の注意は一瞬逸れる。ラボロイドとオルタノイドでは根本から違う。アヤトにはあまり関わりのない話だ。

 『同社は既に一部製品を自主回収し、構造上の欠陥等を精査しているとのことですが、専門家によれば、この問題が大々的なリコール問題に発展する可能性は極めて低いと……』


 「帰りなさいね」


 口では答えなかった。音を立てて扉を閉めたいところだが、あいにくそうできるほどの平衡感覚がない。彼女が閉める前に鍵を閉め、玄関ポーチから一歩踏み出し、低く迫る鉛色の空を睨む。


 空気まで淀んで窒息しそうだ、と、アヤトは思った。


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