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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】シリーズじゃないシリーズ

僕の普通、君の普通

作者: 千東風子

冬童話2024参加作品です。

あらすじをご確認ください。

よろしくお願いいたします。

m(_ _)m



 

 普通、ってなんだろう?


 僕の父上と母上はとても仲良しで、家同士の繋がりで結婚したというけど、子どもの目から見てもお互いを大切にしている。

 姉上と兄上は優しくて一緒にいるととても楽しい。学園で表彰される成績を修めている尊敬する二人だ。

 歳の離れた妹はただただ可愛くて、笑うだけで皆を幸せにする末っ子天使。天使ったら天使。

 父上の領地経営は確かで、領民たちも穏やかに明るく暮らしている。この領地領民を継ぐ兄上を助けていくことが僕の役割。家の外で揺るがない立場を築くか、家のために婿に行くかのどちらかになるけれど、僕も皆のために頑張ろうと思う。

 毎日美味しいごはんを食べて、ちょっぴりケンカもするけれど、たくさん笑って、女神様にお祈りをして、おやすみなさいと言ってベッドに入るのが、僕の毎日。

 それが僕の普通。







 ガシャン。

 ああ、また何かを壊した。どうせ自分たちじゃ片付けない。

 本当に懲りない。大恋愛の末に結婚したという私の両親は、とても仲が悪い。

 もっと稼げ、もっと家のことをしろ、もっと俺を私を大事に扱え、と、いつも同じことでケンカしている。

 広くない家は逃げ場もない。部屋の隅で出来るだけ存在を消しながら弟を抱き締める。私の服を握りしめる弟の手の震えが止まらない。物心ついた時からいつものことだとしても、恐怖でしかない。この家は恐怖しかない。

 もう少し育ったら売れるのに。

 部屋の隅の私たちを嫌な目つきで見ながら、いつも二人はそう言う。

 聞こえない振りをして決して目線を合わせず、弟を抱く腕に力を込める。今日は叩かれない日だろうか。そんな希望は叶いもせず。

 床に丸まる弟に覆い被さりながら、早く終われと女神様に願う毎日。

 それが私の普通。







 肩を揺さぶられ、深いのか浅いのか分からない眠りから起こされた。


「うなされてた」


 そう言って水を差し出してくれたが、一瞬、ここはどこか、自分は誰か、頭が真っ白で認識できずに動けなかった。


「すごい汗。とりあえず飲んで」


 言われるままに身体を起こして水を飲み干すと、思考が澄んできた。


「着替えよう」


 なされるがままに汗が絞れそうな寝間着を脱がされ、背中に唇を落とされた。

 この優しい夫は、私の背中の消えない傷を見ると必ず口付けをする。そんなことをしても痕はなくならないし、もう痛くはないと言っても、眉をハの字にしてやめない。


「いつもの夢?」


 私はもう大人で、とっくにあの家を出ているというのに、いまだに囚われたように夢に見る。逃げられず、終わらない悪夢を。

 うなされる度に夫はこうして起こしてくれるが、朝が早い夫の睡眠時間を奪ってしまい、いつも申し訳なくて、辛い。


「……うん、ごめんね」


「謝らない。さあ、おいで」


 夫に包み込まれて、冴えた思考が一瞬でまどろんでいく。


 ああ、ここは安全だ。

 誰も、私を叩かない。

 誰も、私を売り物として見ない。

 誰も、私をいないものとしない。


 私を守る人がいる。


 幸せな家庭に生まれ育った夫は、それが普通で、親に叩かれて売られる子どもの存在など知らずに夢のような世界で生きてきたのだろう。


 お互い交わらない人生だった、はず。


 弟と共に売られた先へ向かう途中で逃げた。

 がむしゃらに走って、大木の(うろ)に丸一日隠れて追っ手をやり過ごした。身体中を這う虫になされるがまま、息を潜めた。

 私たちが逃げたことで両親がどうなるかなんて、もう私たちには関係ない。

 私たちを探す怒鳴り声がやがて聞こえなくなり、辺りから人の気配がなくなってからようやく動き出した。

 不在の山小屋からズボンと外套を拝借して、錆びた刃物で引きちぎるように髪を切り、()弟から()弟に見えるようにして、人目を避けて町を目指した。


 その途中で弟が熱を出し、動けなくなってしまった。背負うにも、打たれた背中の傷が膿んでいて無理だった。

 もう限界か。

 二人で、ここでもういいか。

 そう思って、街道から外れた岩場の陰で意識がもうろうとしている弟を抱き締めて、目を閉じた。もう目を開けることはないと思い、最期の夢はせめて弟と美味しいごはんを食べてあたたかいベッドで眠る幸せな夢を見たいと願った。


 ところが、目を開けた時は、この屋敷で。

 通りがかった夫が私たちを見つけて屋敷に連れ帰り、看病してくれて。

 そこからあれよあれよという間に夫に口説かれて、貴族のくせに私じゃないと嫌だと言って駄々をこねるものだから、弟と逃げたのに追いかけてきて。何度も何度も追いかけてきて。

 挙げ句の果てに夫の家族から「結婚してやってくれないか」と一斉に頭を下げられてしまった。

 普通、とっとと消えろって言うんじゃないの?

 とうとう根負けして、逃げるのを諦めた。


 夫は弟も大切にしてくれた。学園に通わせてくれて、今では文官の職を得て独り立ちした。


 気が付けば、自分が『夢のような世界』で生きていた。


「夢の中みたい……」


「ん? 何がだい?」


「今、ここでこうしてあなたといることが。昔も夢の中……悪夢の中で生きていたけど、今も幸せすぎて……いつか覚めてしまう夢の中のようだわ」


「どうだろうね。これから先もどんどん幸せになるしかないからなぁ。諦めずにつかみ取ったこれが現実で、幸せであろうとするのは普通のことだよ、僕の大切な奥さん。僕は家のために結婚すると思っていたのに、あの日、何かに導かれるように倒れた君たちを見つけて、会った瞬間に君に墜ちて、君を知れば知るほど愛おしくて。……そうか、僕も夢のような人生だな」


 夫が私の額に額を合わせて微笑んだ。


「まあでも、人間のこの世なんて、所詮どこかの女神様の夢の中かもしれないし、女神様の目が覚めるまで、せいぜい幸せに生きるとしようか」


 幸せに育ったからか、生まれ持った性質か、夫は腹が立つほどどこまでも前向きで、周囲を温かく包む。

 ね、と言って与えられた口付けで、幸せにはなれないと思う呪いのような自分の心が、ふと、何かに許されて溶けていった。


 虐げられるのが普通だった小さな頃。

 愛し愛されるのが普通の今。


 泡沫(うたかた)の神の夢ならばそれでもいい。ただ、幸せな夢の中でしっかりと生きていく。

 きっと、悪夢はもう見ない。







 ねえ、君の普通は?

 君は今、どんな夢の中にいるの?


 幸せな夢なら大切に。

 辛い夢ならいつか目覚めるから、どうか諦めないで。


 温かく君を包む人がいるよ。

 君の温かさを待つ人がいるよ。


 君も神様たちの大切な夢の一粒。

 夢みたいな話だけれど、どうか信じてみて。




読んでくださり、ありがとうございました。


童話……かな? と思いながら、子どもに向けたお話ということで……。


小さい頃の狭い世界は逃げ場がなく、辛いことがあると絶望しかないかもしれません。

けれども、今の『普通』は変わっていくもの。

良い方に変わるか更に悪い方に転がるかは自分次第。

逃げてもいいし、助けの手が差し出されたら、どうか怖がらずにつかんで欲しい。そうしている内に、いつの間にか夢のような人生の中に自分はいるかもしれない……そんな気持ちを込めた作品です。


また別の作品でお会いできれば幸いです。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

m(_ _)m



石河翠さま開催の個人アワード『勝手に冬童話大賞』で賞をいただき、副賞に相内充希さまがバナーを作成してくださいました!

ありがとうございます!

゜+。:.゜(*゜Д゜*)゜.:。+゜


挿絵(By みてみん)

ステキ……



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