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変異

 

「「2階層突破ぁ!」」


 湿地に続いて、砂漠の階層を立て続けに突破して、アインスとリードはゲートを抜け、歓喜の声を上げた。


 2時間足らずで、スムーズに各階層を攻略し、自然と声も明るくなった。リードの戦闘の腕が確かで、ある程度の魔物の群れなら真正面から突破ができること。そして何より、アインスがゲートの位置を探知できるようになったのがデカい。

 人間には厳しい、砂漠の環境をスムーズに突破出来たのも、ゲートの位置を探知出来たからだ。


 最初からゴールの位置を把握できるのならば、探索の効率は何十倍にも跳ね上がる。


 とはいえ、苦しそうに目を細めて、疲れたような息をするアインスに、「大丈夫かよ」とリードが語り掛ける。


「……ゲートを探知できるのは良いけど、これ思ったよりずっと、脳に負荷がかかる。魔力の消費も大きい」

「そのペースで使って大丈夫なのか」

「出来る限り早く、カルミナさんたちと合流したいけど……ちょっとセーブしようかな。合流してさえしまえば、魔力ポーションを分けてもらえるんだけど」


 アインスの魔力量も相当なのだが、1回ゲートを探知するのに体感で、総魔力量の凡そ10分の1を消費する。

 加え、その後も周囲の警戒のために、常に探知眼を発動させなければならない。適度に休み、有事に対応するための魔力を確保するのは必須だ。


「少し休憩したら、一度食料を補充しようぜ」

「うん。この量は少し心もとない」


 マジックバッグが無い影響で、食料や水を多く持ち運ぶことができない。特に砂漠の環境を突破した後なので、水に関してはほとんどカラカラだ。


 アインスが周辺を探知すると、少し歩いた先に、小さなため池のような場所を見つけることができた。

 ため池の水は泥が混ざっていて、そのままでは飲めそうにはなかったが、アインスが服の一部を破り取って、泥水を沪す布代わりにした。


 何度か沪しても、完全に泥を沪すことはできなかったが、幾分かはマシだろう。


 沪した水を水筒に入れ、リードがその間に用意していた焚火にかける。直接火に当てなければ水筒も大丈夫そうだった。


 2人分の水筒の水が、煮沸するのを待ちながら、2人は焚火を囲んだ。


「ねえリード、ここを出たらさ、どうするの?」

「どうって?」

「一応リードってさ、指名手配されてるじゃん。ここを出たら逃亡生活になるよね」


 そういえばそうだった、とリードは頭を掻いた。

 少しだけ考え込んだリードに、「ごめん、今する話じゃなかった」とアインスが謝るも、「別にいい」とリードも素っ気なく返す。


「逃げるのも疲れた頃だった。連盟の奴らから逃げきれる気もしねえし、情状酌量にワンチャンかけて、自首でもするか」


 その返事に、アインスが少しだけ暗い顔になる。


「……逃げたほうが良いんじゃないの。一応死刑囚でしょ」

「逃げたところで、スケイルって奴から逃げられる気がしねえんだよ」

「スケイルさんに会ったの……?」

「ああ、ちょっとな。あいつは何が何でも俺を殺す気だぜ」


 少し投げやりな様子のリードに、「実はさ……」とアインスが切り出した。


「スケイルさん、殺されたんだ」

「はあっ⁈ マジで?!」

「うん。マジ」

「……まじか」

「それで、不謹慎かもしれないけど、スケイルさんがいなくなった今、連盟で地位を持つ人って、ナスタさんとかカルミナさんみたいなSSランク冒険者だと思うんだよね。……そこでなんだけど」


 アインスが自分の冒険者証の金水晶を見せつけた。


「今の僕なら、今回僕を助けてくれた件と合わせて、リードを生かしてもらえるよう打診できるかもしれない」

「お前、やっぱその冒険者証……」

「うん。SSランク冒険者。斥候(スカウト)では初めてだ」

「まあ、納得だよ。今のお前なら」


 リードが少しだけ顔を背けながら頷いた。顔を隠すのは照れ隠しだと、アインスにも分かるようになっていた。


 嫌いだって思っていたのに、普通にリードと会話できていることに気が付いて、アインスも申し訳ない気持ちになった。


 もっと早くこうなっていれば、別な未来があったかもしれないのに。


 カルミナたちと出会って、間違いなく自分は幸せだが、現在のリードの状況を思えば、後悔というのは感じてしまう。自分がしっかりしていれば、リードもちょっと抜けているが気の良い奴で、一緒に冒険者として働いていたかもしれないのだ。


 もしもの未来に思いをはせていると、水筒の水が温まった。

 後は歩いているうちに冷めていくだろう。魔力はまだ回復しきっていないが、カルミナたちも危険なことを思えば、のんびりするわけにもいかない。


「行こう」

「おう」


 皮をなめして作った手提げ袋に水筒を入れ、疲弊した体に鞭を打つように、アインスたちは立ち上がった。


 そして、アインスがゲートの位置を探知しようと、深く魔力を練り始めたその時、


「——っ?!」

「何だ?!」


 階層全体が大きく振動し、世界を揺らすような揺れと共に、空間全体が大きく婉曲し始める。


 まさか——


 最悪の展開に、アインスの背筋に悪寒が走った。


 階層ごとに環境が違うダンジョンだから、それが起こりうることを失念してしまっていた。

 初めて見るタイプのダンジョンだろうが、突入前の予想通り、ここはあくまで【変異ダンジョン】ということだ。


 つまり、今から起こるのは——


「【変異】——」


 ダンジョン全体が全く別の環境へと変貌を遂げる【変異】。それが今、この瞬間起ころうとしている。


 頼む。お願いだ。こんな物資や装備もまともにない状況で、人間に都合の悪い変異だけは止めてくれ。


 アインスが揺れに耐えながら祈るも、


「「ああ…………!」」


 2人の口から、乾いた声が漏れた。

 ここはダンジョンの腹の中。人間を餌にするダンジョンに、そんな願いなど届くわけがない。




 踏みしめるは一面の雪原。吹きすさぶは極寒の吹雪

 空全体が黒い雲に覆われ、一筋の陽ざしも差し込まない、黒く、そして白い絶望の環境。


 魔物も、動物も、虫も、草木ですらも。生命一つ育むことのない豪雪の世界が、二人の視界を塗り替えた。



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