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「お前のせいだ」

 

 ある日の夜、突如として町を襲った魔物の群れ。

 その襲撃によって、故郷も家族も全てを失った。


 壊れた家屋の瓦礫の中で、偶々気を失って、目を覚ました頃にはすべてが終わっていた。

 後から知った話だが、近隣の町でダンジョンブレイク、そしてスタンピードが起こり、その魔物の群れが自分の町まで押し寄せてきたとのこと。自分の故郷は巻き込まれた形だ。


 瓦礫から這い出るように外に出た時、無惨な姿となった町の光景を見て、現実だと受け入れられなかった。


 余程大きくて、強い魔物の群れが来たのか、大きな足跡と共に、潰された人間と思わしき血痕が、足跡の中にいくつも広がっていた。


 自分を育ててくれた母親の変わり果てた姿を見た時、全身から力が抜けて、半日はその場で座り尽くしていた。

 夜になった頃、ようやく現状を認識できて、全てを失った悲しみから、夜が明けるまで、声が枯れ果てるまで泣き続けたことは、今でも鮮明に覚えている。




 泣くのにも絶望するのにも疲れて、とにかく食べるものを探そうと、最寄りの町まで歩いていった。

 だが食い扶持を探そうにも、その町は治安も悪く、幼くボロボロの自分を見て、鬱陶しそうに追い払われたり、路地裏に連れ込まれて追いはぎをされたりなど散々な目に会った。

 追いはぎをした連中も、自分が何も持っていないと分かると、暴行した後に唾を吐いてから帰っていった。


 とにかく、何か食べるものがないか、生きる手段がないか。

 痛みや疲労で体を動かせなくなって、やけになって【探知眼】を発動した時だった。


「ぼう……けん……しゃ……?」


 近くで強い魔力の波長を感じて、譫言のように呟いた。

 すると、その魔力の波長の主が自分に気が付いて、ヅカヅカと荒々しい足取りで寄ってくる。


「なんで俺が冒険者だってわかった?」


 ガタイが大きく、目つきの悪い男がしゃがみ、アインスに顔を近づけた。


「……そういう、スキル、……【斥候(スカウト)】だ、から……」

斥候(スカウト)……? お前、斥候(スカウト)なのか⁈」


 アインスが自分の役職を告げると、その男はまるで掘り出し物を見つけたかのようにはしゃぎだし、悪い顔をしながら「おいガキ」と体をゆすった。


「今にも死にそうだな。俺のギルドで働いてくれるなら、助けてやってもいいぜ」


 人相の悪い面を見て、不安に思わなかったかと思えばウソになる。だが、ここで頷かなければ、自分は死んでしまうと思った。

 死にたくなさで、頷いた。


「よし、契約成立だ」


 それからその男の運営するギルドに連れられて、固いパンと、具の少ないスープを飲んだ。

 暫くの間、飲まず食わずだったアインスにとっては、そんな粗末なご飯もご馳走だった。


「俺の役に立てば、もっといいもの食わせてやるぜ」


 この言葉を信じて、アインスは出来得る限りの努力をして、斥候(スカウト)としてギルドの役に立てるよう努めた。


 だが、能力を広い範囲で発動しようとすると気を失うこと。そして能力に慣れてからも情報の処理に時間がかかって、他の斥候(スカウト)よりも仕事が遅いことから、ギルドでの扱いは良くなかった。


 ならば攻略計画を立てる方面で頑張ろうと努力したが、その手柄も、他の斥候(スカウト)に取られ、自分の待遇は上がらなかった。

 自分の立てた計画でギルドランクは上がっていくのに、そのことを訴えてもリードは耳を貸そうとしなかった。


 既にアインスの待遇が悪くなっている手前、非を認めてしまっては、リーダーであるリードの責任となる。アインスの待遇よりも、リードは見栄を取り、そして勝手にそれを正当化するために、アインスが嘘をついていると思い込むようになっていた。


 ギルドが育っていく中で、斥候(スカウト)の数は足りなくなっていったため、アインスも低級ダンジョンの攻略に駆り出されることになった。

 仕事は遅いが、全くできないわけではない。


 既にいじめがエスカレートしていた後であったため、待遇は良くならなかったが、労働力としては使い果たされた。


 ギルドを止めようかと打診するも、契約を盾に引き留められた。

 それと同時に、アインスの中にも、自分一人、見切り発車で出て行って、またあの時の生活に戻るかと思うと、出ていくことが怖くなった。


 相変わらず飯は粗末だし、寝床は固い。それでも生きていけるだけの最低限の暮らしがある。




 今はきっと、我慢の時なんだ。いつか努力が報われる日が来る。


 そう信じて、様々な雑務の間で勉学には励み、真面目に斥候(スカウト)としての腕は上げ続けた。


 結局、【変異ダンジョン】に遭遇し、命からがら生き延びるも、その責任を取る形で追い出されてしまった。


 ブラックギルドでの出来事は、今の自分を形作るきっかけだったのは間違いないが、思い返したくなるような思い出では決してない。


 だから【強者の円卓(ゴライアスサークル)】が解体されたと聞いたとき、もう彼らと関わることはない。そう思っていたはずだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「アインス……? てめえ、何でこんなところに……」

「…………」


 ボロボロの身なりで、やつれた顔の元リーダーを見て、アインスは言葉を失ったまま立ち尽くした。


 そして、リードの視線が自分の鞄に向けられたことに気が付いて、アインスは背負ったクロスボウに手をかけながら、じりじりと後退りを始める。


「アインス……その中、何が入ってる」

「……特に何も」

「嘘つけ、少し見せてみろ……」


 まるで獲物を見つけた狼のような、飢えた視線。


 アインスがとっさにクロスボウを構えた時、


「寄越せ‼」

「ぐあっ?!」


 リードが【身体強化】を使用し、アインスが矢を放つ前に、アインスの体を押し倒し、勢いのままマジックバッグを奪った。


「ははっ! んだこりゃ! マジックバッグじゃねえか! 食料だ! 水もたんまりある! アインスのくせにこんな立派なもん持ちやがって!」


 アインスの頬を殴り、意識を奪ってから、リードはアインスの鞄の中を物色し始めた。

 そしてその中身に歓喜の声を上げながら、狂ったように物色し始める。


「……ふざけんな」

「ぐっ?!」


 すぐに意識を取り戻したアインスが、背後から矢を射かけ、リードの肩を撃ち抜いた。

 小さくうめき声を上げた後、矢を力強く引き抜いてから、リードは血相を変えて、アインスの胸ぐらにつかみかかる。


 顔を一発殴ってから、リードは怒鳴り散らした。


「てめえ‼ 何しやがる‼」

「……僕のセリフだ! いきなり何なんだお前‼」


 アインスも負けじと怒鳴り散らすが、「うるせえ!」と、リードも一歩も譲らない。


「お前が自分の成果を隠していたせいで、俺は散々な目に会ってんだ‼ 今更ノコノコ現れて、何俺にたてついてんだ?! こんな時ぐらい俺の役に立ちやがれ‼」

「何とんちんかんなこと言ってんだよ⁈ 僕の成果を嘘だと決めつけて、認めなかったのはお前だろ?! ギルドが滅んだのも、お前が犯罪者になったのも、全部お前の責任だろうが‼」

「てめえ、生意気言ってんじゃ——」


 らしくもなく語気を強めたアインスに苛立ったのか、リードが拳を振りかぶった瞬間、アインスの胸ぐらをリードが放し、その場で倒れこんで痙攣をし始めた。


「お、お前……矢に、なにを……」


 アインスが放った矢が、ただの矢で無いことに気が付くも、もう遅い。

 倒れこんだリードを無視して、地面に置かれていた物資をかき集め、背を向けながら答えた。


「麻痺毒だ。あと10分くらいはまともに動けない」

「な……?」

「じゃあね、リード。君が何でこんなところにいるかわからないけど……」


 荷物を纏め終わり、立ちあがる。


「もう話すこともなくなった」


 印象は元から最悪だったが、それでも顔を出したのは、こんな状況下でなら協力を要請できるかもと思ったからだ。

 現状、フロアを突破するために、自分も誰かの力を借りる他ない。なんでこんなところにリードがいるのかはわからないが、向こうも向こうで頻繫した状況に見えた。互いに困った状況なら、過去の遺恨を抜きにして、お互い助かるために協力できると思っていた。


 だが、そんな思いすら裏切られた。

 顔を殴られ、物資を奪われた瞬間、自分の中で『こいつだけはない』と感じたと同時に、どうしてそんなに馬鹿でいられるのかと、どうしてそんなに自分を見下すことができるのかと心底腹が立ってしまった。


 自分にとって最悪な人間は、いつまで経っても最悪なままだった。


「ま……待て。このまま、放置していくのか……」


 背を向け、その場から去っていくアインスに、自分の状況を理解したリードが、すがるような声を上げた。


「……俺を、助けろ。お前のせいだぞ……? 今俺がこうなってるのは、お前の——」

「————馬鹿かお前は‼」


 そんな声を引き裂くように、アインスの怒号が響き渡った。


「何が僕のせいだ‼ 全部お前のせいだろうが‼ ホントに馬鹿なのかお前は?! どうしてそんなに愚かなんだ?! どうしてそんなにみっともないんだ?! 全部自分で蒔いた種だろうが‼ お前が惨めな目に会ってるのは、今まで僕に散々惨めな思いをさせてきたからだろうが‼」


 今まで口に出来なかった怒りや悔しさが溢れ出てきて、堰を切るように吐きだし始めた。


「お前が僕ならお前を助けるのか?! ホントに僕のせいだって思えるほど馬鹿なのか⁈ ほんとは分かってるんじゃないのか?! 自分が悪いってことぐらい‼ それを認めたくなくて、僕のせいにして、また僕を蔑ろにして‼ それで助けろって馬鹿なのかお前は‼」


 怒鳴りながらも、こんな奴に馬鹿にされ続けてきたという悔しさから、情けなくて情けなくて、叫びながら涙が流れてきた。

 後半は声がかすれて、ほとんどまともな声になっていなかった。

 裏返りながら、咳でむせながら、感情に任せて怒鳴り散らす姿を見て、流石のリードも面を喰らったようだった。


「……もういいよ。勘弁してよ。もうお前と会話したくないよ」


 そして、怒ることにも疲れたアインスが、げんなりと肩を落とすと、リードを背にトボトボと歩き始めた。


 その背中が自分以上に、酷く疲弊して見えて、リードも返す言葉もないまま、そのやつれた背中を見送ってしまった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ああ最悪だ。最悪だ。

 どうしてこんな気分にならなければいけないんだ。


 リードの下から去った後、アインスは巨木の根の隙間に隠れながら、小さく蹲っていた。

 今まであんな馬鹿にこき使われたかと思うと、腹が立って仕方がなかった。

 今まであんな馬鹿にコケにされてきたかと思うと。悔しくて仕方がなかった。


 そして何より、そんな状況を過去の自分は受け入れていたのかと思うと、惨めで、情けなくて仕方がなかった。

 怒りに任せて、あれだけの啖呵を切る度胸があるなら、どこかで喧嘩の一つでもして、待遇の改善を図るなり、ギルドを出ていくなりすればよかったじゃないか。

 ビクビク怯えてないで、自分の能力や成果を主張して、まともな扱いをされるよう、頑張れたはずじゃないか。




 リードに向かって『お前のせいだ』なんていったが、自分が惨めな思いをしたのは、結局は自分の意志の弱さが原因だ。

 変えられるチャンスはいくらでもあった。そのチャンスが不発に終わろうが、挑み続ける選択はあった。自分がそれを怖くてしなかっただけだ。


 結局、過去に惨めな思いをしたのは『自分のせい』だったのだ。

 今こんな悔しさに囚われているのも『自分のせい』。今こんな最悪な気持ちになっているのも『自分のせい』。


 何が『お前のせいだ』だ。僕のせいだろう。


 リードに突き付けた言葉が、全部自分に跳ね返ってきた。


 カルミナたちと出会い、啖呵を切るだけの自信と勇気が付いたことで、帰って過去の自分の意気地の無さを思い知らされて、惨めで仕方が無くなってしまった。


「……動かなきゃ」


 暫く木陰で泣き続け、自分が生産性のない時間を過ごしていることに気が付いたアインスは、かすれた声で呟いてから、ヨロヨロと立ち上がる。


 そして、探知眼を発動させ、階層全体の情報を探ったとき、麻痺が解けたばかりのリードの下へ、複数の魔物が接近しているのを探知したのだった。


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