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ダンジョンの天敵、そしてかつてのトラウマ

 

「ぐっ⁉」


 アインスを突き飛ばした後、すぐさま逃走しようとするシャノンを、カルミナが取り押さえる。

 両腕を固め、地面に押さえつけながら、カルミナが困惑と怒りが混ざったような声で怒鳴った。


「シャノン‼ アインスに何をした?!」

「……分断ですよ」

「何だと?!」


 カルミナの後ろで、ミネアが念話石を取り出し、必死に魔力を籠めてアインスに呼びかけるも、反応はない。


「ダメ……! よっぽど遠くに飛ばされたとしか……」

「同じ階層にいないのか……?」


 アインスが踏まされたのは恐らく【転移トラップ】。であれば、砂漠のダンジョンの時みたいに、アインスが攻略ルートを探知しながら合流すればいい。


 だが、何度呼び掛けても念話石から反応はない。

 念話石は籠める魔力の量によって通信距離が変わる。同じ階層なら、ミネアの魔力であれば応答があるはずなのだが。


「アインスさんなら、別の階層に飛ばされましたよ。進化した【転移トラップ】の力です」

「お前……!」


 地面に這いつくばるシャノンの体を無理やり起こし、胸ぐらを両手で掴み、その体を宙に持ち上げる。

 もうかつての仲間だなんて思っちゃいない。鬼気迫る表情で殺意を顕わにするカルミナに一瞬怯んだが、すぐさま強がって笑う。


「いい加減にしろ……‼ アインスがお前に何をした。何が目的でこんな真似をする?!」

「復讐ですよ……! 私からすべてを奪ったスケイルへの」

「だったらスケイルが死んで終わりのはずだ‼ どうしてこんな大勢の命を危険に晒すような真似をするんだ‼」

「あいつが作った連盟を壊すまで終わらない‼ この誰もクリアできないダンジョンを世界中にばらまき、連盟がダンジョンの実権を握る時代を終わらせる‼ そのためにあの子は邪魔なんですよ‼」

「どういう意味だ……?!」


 思えば、ダンジョン突入前にも、シャノンはアインスを殺そうと攻撃を仕掛けてきた。くそして口ぶりから察するに、自分たちがダンジョン内に突入しようがしまいが、アインスを消すつもりではいたらしい。


「ダンジョンの研究をしている奴が、言っていた……」


 言葉を失ったカルミナたちに、シャノンが続ける。


「どんなに力をつけたダンジョンも、『人間が絶対に攻略できないダンジョンは作らない』って。どんなに理不尽で、どんなに攻略不可能に見えても、必ず攻略方法をダンジョンは用意する。だからあの子が邪魔だった」

「……アインスの【探知眼】か!」

「そう、あの男と同じ……魔力の波長を感じるだけじゃない——万物を見通す神の眼‼ ダンジョンにとって一番の天敵は、カルミナさんみたいに戦闘能力に長けた人間でもなく、ミネアさんみたいに汎用性の高い魔法を使える人間でもない‼ どんな状況に直面しても、攻略ルートを探し出すことのできる能力……【斥候(スカウト)】こそが、ダンジョンが最も恐れる相手なんですよ‼」


 シャノンの言葉で2人の頭に、今までのアインスとの攻略の記憶がよぎる。


 もともと斥候(スカウト)として優秀というのもあるが、砂漠のダンジョンの時も、ついさっきの熱帯雨林のフロアでも、アインスは特別な【探知眼】で仲間の安全を確保し、窮地に陥ってもそれを回避するための方法を見出していた。


 カルミナ自身もある程度のダンジョンであれば、【探知眼】なしでもクリアできる技量の持ち主ではあるが、高難易度ダンジョンでは、アインスの探知眼に頼らざるを得ない。


「どうせあなたたちはこのダンジョンを攻略するつもりなのでしょう……? だからあの子を生かしておくわけにはいかなかった‼」


 回想に意識を取られ、少しだけ胸ぐらをつかむ手の力が弱くなったのを見過ごさず、シャノンはカルミナの体を蹴り飛ばした。


「っ?!」

「待て‼」


 ミネアがすぐさま地形に魔力を流し込み、壁を作って逃げ道を塞ぐも、「もう遅い」とシャノンが振り返る。


「あなたたちだけでは、このダンジョンはクリアできませんよ」


 するとアインスが消えた時と同じく、階層全体を眩い光が包み、光が晴れるとシャノンの姿はそこになかった。


「……くっ!」


 アインスを飛ばしたものとは別の【転移トラップ】。恐らくシャノンも別の階層に飛ばされたのだろう。

 それをうまく利用され、逃げられた。

 何らかの方法でダンジョンの仕掛けた罠の位置がわかるのか、それとも純粋にダンジョンについて罠の位置まで熟知しているだけか。


「カルミナ……どうする……?!」

「追うしか……ないが……っ‼」


 シャノンがアインスの命を狙う以上、放置するわけにもいかない。一刻も早くアインスと合流するしかない。

 だが、それをするにも、アインスの【探知眼】がない今、ダンジョンを今までのように歩き回ることができない。


「……一度前の階層に戻って、念話石で呼びかけてみよう。……それで応答がなければ、アインス抜きで、奥へ進むしか……」


 一度ダンジョンの外へ出て、他の斥候(スカウト)を連れてくる手もある。しかし、アインスのガイドでここまで来るのに2時間も要した。道を覚えているとはいえ、自分たちだけでダンジョンの外に出て、新しい斥候(スカウト)を手配して戻ってくるまでどれだけの時間がかかるのか。


 加え、アインスはスケイルが死んだ今、世界で最も優秀な斥候(スカウト)だ。アインスの代わりにダンジョンを探知できるものなど誰もいない。特別な探知眼だけでなく、その豊富な知識もアインスの能力の一つだ。


 戻ったところで、戻るのに要した時間を取り返すだけの攻略ペースを確保できるとは限らないのだ。


 アインスも状況を察して、何かアクションを取っているはず。

 だとすれば、自分たちも合流を急ぐべきだ。


「……魔物や罠を私たちで探りながらの攻略になる。慎重に行こう」

「……オッケー」


 覚悟を決めて頷くも、ミネアの声にも元気がない。

 アインスがいないダンジョンの攻略が、こんなにも恐怖に満ち溢れたものになるとは。


 一度前のフロアに戻って、念話石を発動するも、アインスから反応は返ってこない。

 つまりダンジョンの奥。合流するためには進むしかないわけだ。


 ダンジョンの天敵は【斥候(スカウト)】。自分たちにとっては安全の要であったことを、改めて認識させられる。


 沸々と溶岩が吹き出す灼熱の階層を、2人は大幅に遅くなった足取りで進み始めた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……まさか、他の階層に飛ばす【転移トラップ】があるなんて」


 飛ばされた先で、アインスは階層全体を探知した後、罠や魔物を避けてフロアを歩き回っていた。


「早いところ合流しないと……。このダンジョン、フロアごとに環境がめちゃくちゃだ」


 アインスが飛ばされたのは、【森】の環境の階層だった。気温や湿度も安定していて、害虫や危険な場所が少ない、比較的過ごしやすい環境。こういう場所に飛ばされたのは不幸中の幸いだ。


 だが、反面で魔物が多く、特にゲートのありかと思われる場所には、多くの魔物が守るように分布している。恐らく奥へ続くゲートだろう。


 自分がさっきまでいた階層が2階層。1階層の環境は熱帯雨林だったことから、奥地へ飛ばされたのは確定。つまり、自分が探さなければならないのは、『前の階層に戻るためのゲート』だ。


 そして、前の階層へ戻るゲートを潜る——ということは、その前の階層の最奥部へと転送されるということ。

 基本的に魔物はゲートを守る形で配置されていることが多い。無策で向かっても、潜った先で魔物が待ち構えていた場合、袋叩きにされて終わる。


 つまり、戦闘能力が無いアインスにとって、今の状況は詰みに近いわけなのだが——


「運がいい。まさかこのフロアに、他の【役職持ち】がいるなんて」


 今いる場所から1㎞ほど離れた場所に感じた、【戦士】の魔力。その波長の大きさから推測するに、Sランク冒険者相当の魔力だ。

 Aランク相当の魔物に襲われているが、武器も無しに退けている。

 魔物に襲われているということは、シャノンの見方ではない可能性が高い。状況を説明すれば、カルミナたちとの合流に協力してくれるかもしれない。


 誰かは知らないが、ここで戦力になってくれるならありがたい。その戦士と協力すれば、カルミナたちと素早く合流できる。


 魔物を上手く避けながら、その戦士の下へ辿り着いたとき、












「……え」




 その戦士の姿を見て、思わず乾いた声が漏れてしまった。


 見るからに疲弊し、ボロボロの様子だったが、その人物を見間違えるはずもない。


 もう会わないと思っていた。会うことがないと思っていた。

 完全に縁が切れたと思っていた、かつての苦い記憶(トラウマ)がよみがえる。


「リード……?」

「アインス……?」


 アインスが希望を見た戦士の正体は、かつて所属していたブラックギルドのリーダー、リード。


 ブラックギルド【強者の円卓(ゴライアスサークル)】時代での記憶に身を震わせながら、アインスは只々変わり果てたリードの姿を呆然と見つめた。


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