ダンジョンの中へ
体調不良でダウンしてました。
またぼちぼち再開します。
「これで僕の目的は達成。君と組む理由は無くなった」
シャノンが我を取り戻し、立ち上がった時、ファルアズムが手を振って背を向けた。
元より利害が一致していたから組んでいただけの事。ファルアズムの目的は『スケイルを殺す』。シャノンの目的は『スケイルが築いたもの全て壊す』。2人の目的は微妙に異なる。
スケイルが死んだ今、ファルアズムに、連盟の冒険者がいるこの島に留まる理由はない。
「あんたはこの先どうするの?」
「僕は某国に匿ってもらって、また秘密裏にダンジョンの研究を続けるさ。今度こそ自由にね」
「そう」
「じゃあな。城の【カモフラージュ】が解ける前に、僕は失礼するよ」
じゃあな。と言ってファルアズムはその場から姿を消してしまった。
城への【カモフラージュ】が解けた時、中の状況を察した連盟の冒険者が向かってくるだろう。
それまでにやるべきことを終わらそう。
シャノンは残っていたダンジョンシードの中から、13番と印のついたものを取り出し、叩き割る。
13番のダンジョンは、ファルアズムが育てたダンジョンの中で、最も難易度が高いダンジョンだ。
既にダンジョンブレイクを起こす寸前まで、人間を食わせてある。ダンジョンシードを叩き割ったと同時、ダンジョンブレイクが起きて、連盟本部から、スケイルが無くなった今、誰にもクリアできない難易度のダンジョンの種子が世界中にばらまかれる。
これで連盟の社会的地位も失墜し、スケイルの築き上げた権威の全てが泡と化すだろう。
「……」
ダンジョンブレイクに巻き込まれ、自分も死ぬだろうが、もうやり残したことはない。
息を整え、ダンジョンシードを地面に叩きつけ、最期の時を目を閉じて迎えようとするも——
「……?!」
起こるはずのダンジョンブレイクが起こらず、目の前にはダンジョンのゲートが出現し、静かに魔力を放っていた。
「なんで……?」
なんでダンジョンブレイクが起こらない。シャノンが困惑する中で、城への【カモフラージュ】が完全に解け、外から中の様子が探知できるようになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…………うそ、だ」
「アインス?」
カモフラージュが解けた瞬間、アインスが探知眼を発動させて城の中を探る。
すると、何かを探知したアインスが、真っ青な顔になって、城の中へ全力で走りだした。
「何があった?! アインス!」
カルミナが訊ねるも、アインスは聞こえていないのか応答しない。
そして、アインスを先頭に、荒れ果てた城の中の大広間部分に出た時だ。
「ダンジョンの……ゲート?」
大広間中央に、静かに陣取っているダンジョンのゲート。
魔物の死骸や瓦礫で埋め尽くされている広間の中、不気味なほど静かに魔力を放っている。
ミネアとカルミナの視線がゲートに向けられる一方で、アインスはゲートとは少し外れたところにある、瓦礫の山の方へと向かった。
「————っ!」
そして、何かを見つけた瞬間、アインスは膝から崩れ落ちて、後ろに転ぶような形で地面に尻もちをついた。
異変を察したカルミナたちが、アインスの視線の先へ目を向けた瞬間だった。
「スケ、イル……?」
体のありとあらゆる個所を、刃物で引き裂かれたスケイルの凄惨な死体を目にし、カルミナとミネアは言葉失ってしまった。
「……‼」
暫くして、ようやくスケイルの死を認識したミネアが、目に涙を浮かべてその場で嘔吐した。
「……党首、様」
スケイルの従者であるナスタも、気丈に振る舞ってはいるが、少しだけ体を強張らせ、声を震わせている様子から、その同様の大きさが見て取れる。
「スケイルは……死なないんじゃ、なかったの……?」
ミネアが独り言のように尋ねるも、誰もその言葉に返すことはできなかった。
そして、皆の視線がスケイルに集まっている中、
「っ?!」
突然背後から弓を射かけられ、アインスの頭部を狙った一撃を、カルミナが反射的に剣で切り落とした。
困惑しながら、皆が振り返ると、そこには弓を構えたシャノンの姿があった。
「——シャノォォオン‼」
ナスタが怒りを顕わに、手元で火球を生成し、シャノンに向かって放つ。
シャノンは間一髪でそれを躱し、出現していたダンジョンのゲートへ逃げ込んだ。
シャノンが交わした火球はそのまま広間の壁へ命中し、轟音と共に、分厚い広間の壁に風穴を開ける。
「追うぞ‼」
「……待ってください!」
剣を抜いて、後を追おうとするカルミナを、アインスが制す。
「……ダンジョンの情報も何もない状況で、突っ込むのは危険です」
「だが……!」
悔しそうに顔を歪めながらも、カルミナを手で制すアインスを見て、カルミナも「すまない」と剣を鞘に納めた。
少なくとも、最強の冒険者であるスケイルを打ち破る何かがあったのだ。ここで下手に突っ込んではスケイルの二の舞だろう。
「……そもそも、なんでこんなところにダンジョンのゲートがあるのでしょうか」
「……シャノンが生成したのでしょう。ダンジョンのゲートを種に閉じ込め、持ち運ぶ【ダンジョンシード】という秘宝があります」
「逃走用にダンジョンを用意していたということか?」
「……いえ、恐らくはダンジョンブレイクを起こそうとして失敗したのかと」
どうしてそのような秘宝をシャノンが持っているのかは不明だが、逃走用にダンジョンを用意したのなら、そもそもカルミナたちが来る前に逃げればいい話だ。
わざわざ広間で待ち伏せて、不意打ちを仕掛ける必要はない。
「……もしかして、シャノンさんはこのダンジョンを攻略されたくないのでは?」
「でしょうね。ダンジョンブレイクを起こす前に、攻略されてしまっては元も子もないですから」
アインスの意見にナスタも頷いた。
だが、カルミナ、ミネア、ナスタではなく、アインスを狙った様子から、このダンジョンは——
「【変異ダンジョン】……」
「だろうな」
冒険者の侵入後、ダンジョンの環境を一変させる【変異ダンジョン】。
事前にダンジョンの情報が仕入れられない今、現地で情報を仕入れ、攻略情報を組み合わせながら攻略していくほかない。
そうなれば、真っ先に消すべきは情報収集役のアインスだろう。
「攻略隊を形成しなければならんな」
「……その必要はありません」
ナスタが立ち上がり、スケイルの死骸へと歩み寄ると、服の内側からポケットをむしり取って、3つ、アインスたちに向かって抛った。
血で汚れたそれの中を確認すると、攻略用の食料や物資が入ったマジックバッグだった。
「シャノンの追跡、およびダンジョンの攻略はあなたたちで行ってください」
確かに、階層がどれだけあるか予想もできない以上、大所帯で挑んで食料不足などに陥るのは避けたい。
だから、必然と人数を絞っての少数精鋭での攻略にはなってしまう。それを考えれば、サバイバル能力と戦闘能力にたけた、カルミナのギルドは最適と言える。
だが、
「ナスタ。お前は来ないのか?」
「私も……後程向かいます」
更なる戦力として、ナスタを迎え入れようとカルミナが打診するも、ナスタは首を振って、凄惨な姿となったスケイルに下に膝をつき、その顔を優しく撫でながら続ける。
「後程、準備を整えてから、必ず……」
「……そうか。丁重に弔ってやれよ」
恐らく、自分たち以上に彼女も混乱の最中。
ずっと付き添っていたスケイルの凄惨な姿を目にし、その胸中は穏やかではないだろう。
「……行こう」
「……うん」
「……はい」
カルミナたちも気持ちの整理が完全についたわけではない。だが、シャノンの狙いがダンジョンブレイクで、その準備を進めているとしたら、このまま足踏みをしているわけにはいかない。
今すぐ動ける冒険者で、未知の高難易度ダンジョンを攻略できるのは自分たちだけだ。
スケイルの死を完全に消化しきれないまま、複雑な面持ちで、かつての同僚の後を追って、カルミナたちはゲートの中へと歩いていった。




