連盟党首の最期
「スケイルを最上階まで引き付けてほしい?」
作戦結構前のとある日の出来事、シャノンはファルアズムと共に、対スケイルの作戦を立てていた。
シャノンは目にしたことないが、ファルアズムはスケイルを最強たらしめる2つの秘宝——【保護消滅膜】と【消滅魔銃】について周知している。
SSランク冒険者は、スケイルのダンジョン攻略についていくことを許可されている。ファルアズムも一度、一緒にダンジョン攻略をしたが、スケイルの斥候としてのスペックの高さには言葉を失った。
「なんでそんな面倒くさいことを。あいつの識別が追い付かない程の物量で、攻めればいいって言ったのはあんたでしょ」
「理論上は不可能じゃないが、上手くいかない可能性は高い。あいつと一緒にダンジョンに潜ったことがあるが、あいつは入り口から最下層までの最短ルートを一瞬のうちに探知出来た」
「次の階層へのゲートって、探知できないんじゃないの?」
「知るかよ。あいつにはできる。ダンジョン全体の情報を頭にぶち込んでも、頭が壊れないんだ。別のプランを用意するに越したことはない」
「じゃあ魔力切れを狙えばいいんでしょ。やることは変わらない」
情報処理の限界を狙い、圧殺する作戦が上手くいかないなら、今度は魔力切れを狙って攻撃を続けるプラン。
スケイルの魔力の限界値は知らないが、限りなく高い量を見積もっているに越したことはない。
「……あいつは一日中【探知眼】を使っていることもあるが、魔力切れを起こすどころか、魔力ポーションを飲んでいる所すら見たことがない。そのからくりは僕に教えてはもらえないが、こっちのプランも上手くいかない可能性がある。だが、最後の狙いを悟らせないためにも、スケイルを物量で攻め続けてほしいんだ」
「……」
シャノンが不服そうに腕を組んで唸る。
上手くいかないかもしれない計画の実行役は自分なのだ。
「最上階に連れ込んだとして、後はどうするの?」
「その先は話さない」
「実行役は私なんだけど」
「だからこそだ。お前が少しでも勝機を見出すような素振りを取ったら、あいつは警戒してお前を追うのを止める。一か八か、苦し紛れの策に身を投じる哀れな実行犯の役を演じてもらうために、僕は敢えてお前に詳細は話さない」
つまり、スケイルを殺せるかどうかは、ファルアズムに全てかかっているというわけだ。
疑いの眼差しを向けるシャノンに、ファルアズムは「スケイルを殺すための条件は2つ」と人差し指を突き立てた。
「まず【保護消滅膜】と【絶対探知】を同時に発動させること。【保護消滅膜】発動中に【絶対探知】を発動すれば、流石のあいつも探知範囲が狭くなる」
魔力が無尽蔵にあると思われるスケイルも、最大出力は限られているらしい。【保護消滅膜】と【絶対探知】。どちらも膨大な魔力を必要とする為、同時に発動させれば、必然的に探知範囲を狭めざるを得ないそうだ。
そして2つ目。と2本目の指を立てながら続ける。
「あいつの探知範囲から僕を外したうえで、あいつを1階大広間の真上まで連れてくることだ。その2つの条件さえ満たせば、あいつを殺せると約束する」
スケイルを殺すためには【保護消滅膜】をどうにかして打ち破る必要がある。
あえて情報を伏せているのだろうが、今までの話を聞いてなお、どのように【保護消滅膜】を打ち破るのか見当がつかない。
「あいつを殺したいなら僕の策に乗れ。乗らないなら殺すのは諦めろ」
結局のところ、スケイルを殺せるかどうかはシャノンにとっては賭けになる。
目の前の、スケイルの次くらいには胡散臭い男を信じるかどうか。
「——わかった。乗ってやる」
どうせ自分に策はない。
ならば、動機は異なれど、スケイルを殺したいという点では利害が一致している、ファルアズムの策に乗る方がまだ可能性がある。
シャノンが了承の意で頷くと、ファルアズムは力強く笑って手を差し出し、結託の握手を交わす。
「しかし、私たちが二手に分かれた後、私の方を追ってくるとは限らないぞ。最上階に誘おうにも、お前の方を追跡したらどうするんだ?」
スケイルを殺す条件に、スケイルの探知範囲からファルアズムを外すことが含まれている以上、最初の段階でシャノンを放置し、ファルアズムを追われたら、その時点で作戦が破綻する。
シャノンの懸念に「大丈夫だ」とファルアズムが答えた。
「あいつの前で、反乱の動機——お前の故郷のことを話せ。そうすれば確実にあいつはお前を追いかけてくる」
「……?」
理由はわからないが、憎い敵の胸の内など知りたいとも思わない。
結果的に動機はスケイルの方から尋ねてきたが、ファルアズムの言った通り、スケイルは確かに自分を追ってきた。
少しずつ怒り狂う様を見るに、彼の逆鱗に何かが振れたのは確かだった。
そして、誘導に成功し、スケイルと一緒に最上階から叩きつけられ、今に至る。
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「100点だシャノン。よくやってくれた」
全身の骨が砕け、体中から血を流すシャノン。
今にも死にそうな彼女の体へ、落下する様を傍で見ていたファルアズムが歩み寄る。
鞄の中から、紫に輝く液体が入った小さなフラスコを取り出すと、瀕死のシャノンの体に注いでいく。
「——っはあ‼ はあ‼」
するとみるみるうちにシャノンの傷が癒え、砕けた骨や体の部位が再生する。
死の淵から蘇ったシャノンが、荒い息で起き上がり、ゆっくりと呼吸を整えた。
「……スケイルは?!」
周囲を見渡しながら手を床に着いたとき、人肌程度のぬくもりを持った血だまりに手をついて、ピシャッと血が跳ねた。
目線の先に映ったのは、見るも無残な党首の姿。
全身の骨が砕け、首、腕、胴体、脚。上から下までがあらぬ方向に曲がっている。
恐らく先ほどまでの自分の映し鏡。
念願の宿敵の死にざまだというのに、先に気持ち悪さが立つ辺り、光景の凄惨さを物語っている。
「僕が【万能回復薬】を使ってなければ、君もああだった」
【万能回復薬】。死に瀕したものでもたちまち蘇らせる、ダンジョンから手に入る秘宝の一つである伝説の秘薬。
高ランクダンジョンでしか手に入らないそれを、どうやら使用してくれたらしい。ファルアズムのこと自体は嫌いだが、シャノンも素直に「……ありがとう」と礼を述べた。
「しかし、どうやって【保護消滅膜】を打ち破った?」
「それは僕の研究の賜物だよ」
ファルアズムが取り出したのは、禍々しい魔力を放つ、球体のような、手のひらサイズの謎の装置だ。
「この装置を発動すると、装置を中心に置いた一定空間内で、魔力の変換が一切できなくなる。【不可変空間生成装置】とでも仮称しておこう。この装置をオンにしている限り、僕たちは装置が作った空間内でスキルを使うどころか、魔力を動力にする秘宝を使うことすらできない」
発動には結構な魔力を使うんだけどねー、とファルアズムは腕を振って、魔力がないアピールをする。
スケイルの【保護消滅膜】が剥がれたのは、この装置が生成した空間内に入ったからか。シャノンも試しに、いつもの要領で矢を構えるが、魔力の矢を生成できずにいる。
「作戦が上手くいったのは、君の演技の賜物だ。奴は僕たちの狙いが【落下ダメージ】による殺害だと判断したんだろう。実際僕もダンジョン攻略の際、スケイルが高威力の弾をぶっ放すところを見ていなければ、それで殺せると勘違いしていた」
演技ではなく、本気で殺されると思ったし、最後の最後まで作戦が上手くいくのか半信半疑だったのだが。
しかし、スケイルの前で見せた恐怖や戸惑いの感情が、ファルアズムの本当の狙いを最後まで悟らせなかった要因ならば、良しとしよう。スケイルも爆薬に気が付いていた以上、シャノンの誘導に乗らない選択もあったわけだ。
それでも最後までシャノンを真正面から叩き潰すことに拘ったのは、彼個人のプライドによるものだろう。
「……」
結局、どんなプライドが、どんな怒りが彼をそうさせたのかはわからずじまいだった。
自分の動機に、彼なりに思うことがあったのは違いない。
だが、いつまで経っても寿命で死なない、殺せもしない性悪の化け物から、世界を開放することができた。
「最後は私の手で仕留めたかったが……」
どんな人間でも、死ぬときは呆気なく死ぬもんだな。
そう思って、スケイルの死体から、ファルアズムと共に背を向けた時だった。
パキン。
「「……?」」
背後で薄い硝子が割れたような音がしたかと思うと、体が回復したスケイルが、ナイフを手に持ち、ファルアズムの目の前まで迫っていた。
「があっ?!」
「こいつ?!」
スケイルのナイフが、ファルアズムの肩に突き刺さり、シャノンが反射的にスケイルの顔を殴り飛ばした。
「——っ!」
顔を殴られたスケイルは地面を転がりながら吹っ飛ばされる。
すぐさま立ち上がったスケイルの顔からは鼻血が流れていた。ナイフを手に襲ってきた辺り、【保護消滅膜】は発動できていない。まだ装置の効果は有効らしい。
スケイルの狙いはファルアズム。恐らく、自分が【保護消滅膜】を発動できない原因がファルアズムにあると予想したのだろう。
傷口を抑えながら、苦しそうに呻き声を上げ、蹲るファルアズム。そこに再び襲い掛かるスケイル。
ファルアズムとスケイルの間に、シャノンが慌てて割って入り、スケイルのナイフを抑え込んだ。
スケイルの体から香るのは、自分が被ったものと同じ——【万能回復薬】の香り。
まさか……落下する際に、自分の落下地点に時間差で落ちてくるよう、【万能回復薬】の瓶を上空に投げていたのか?!
スケイルだって自分の身に何が起こったのか分からなかっただろう。だが、自分の落下死を警戒して予防線を張る判断力。そして回復次第、現況を瞬時に見極め行動する洞察力。
伊達に伝説の冒険者だなんて呼ばれていない。
だが——
「————っ‼」
「うああああああああああああああああ‼」
魔力を使えない以上、単純な身体能力で劣るスケイルは、シャノンにナイフを奪われ、その勢いのままに突き飛ばされた。
地面に転がるスケイルに、獰猛な声を上げながらシャノンが跨り、力を振り絞ってスケイルの眉間にナイフを振り下ろした。
「ぐ……‼」
間一髪でナイフを白刃取りするものの、力負けするスケイルの眉間に、鈍く輝く刃がじりじりと迫ってくる。
流石のスケイルの顔にも、嫌な汗が流れ、決死の表情で刃を押し返そうと歯を食いしばって抗っている。
「しぶとくて助かったよ……。これで私の手であんたを殺せる……!」
抗うも、少しずつ眉間へ迫る銀色のナイフ。
冷たい刀身がスケイルの肌に触れた時、最後の強がりか、党首としての意地か。スケイルが顔を強張らせながらも笑みを浮かべ、シャノンに向かって問いかける。
「……満足かい?」
それは自分の手で仇討ちを果たせることに対しての問いかけか。
それとも、復讐に身を注いだ、自らの人生をどう思うかという、問いかけか。
いずれにせよ、返す言葉は決まっていた。
「——ああ。本望だ!」
「そうか。惨めな人生だったな」
スケイルが最後に蔑むような笑みを浮かべ、歯を見せた瞬間、銀色のナイフがスケイルの眉間に深く突き刺さった。
「死ね‼ 今度こそ死ね‼ 完全に死ねえ‼」
眉間を、肺を、心臓を。
人体のありとあらゆる急所を、何度も何度も、力のこもったナイフを突き立て、引き裂いた。
今までの恨みを全部籠めて。
凡そ人間が発したものとは思えない、悲痛な声を上げながら。
「……」
そして我に返った時、それは落下したとき以上に、凄惨な姿になったスケイルの死体が転がっていた。
人間の形ではなくなった肉塊を眺め、天を仰ぐ。
「……やったよ。お母さん。お父さん」
血まみれになった顔で、呆然と崩れた天井を見上げ、今は亡き両親へ囁いた。
そんなシャノンの様子を遠めに見ながら、「異常者め」とファルアズムも傷口を抑えながら笑う。
冷たいシャノンの足元には、まだ温かいスケイルの血が水たまりとなって広がっていた。




