残された秘策
「いつまで続けるつもりだい? この無意味な戦いを」
何度も召喚される魔物の群れを虐殺しながら、スケイルは着かず離れずの距離を維持し、シャノンの足跡をたどる。
戦闘開始から1時間近くが過ぎた。
事前に用意していたダンジョンシードは450個。一つ割れば、約1000体の魔物を放出するゲートが現れ、周囲の人間に向かって襲い掛かる。
「君が襲われないのは、右手に着けている腕輪の効果かな? 僕の知らない秘宝だ。ファルアズムの隠し玉の一つだろう」
シャノンが身に着けている腕輪——【同族の腕輪】。
これを身に着けている限り、ダンジョンから生まれた魔物に襲われなくなるという、破格の性能の秘宝だ。ファルアズムがダンジョン研究の中で生み出した秘宝の一つである。
これによって、シャノンたちは魔物たちに襲われず、他に城内にいる唯一の人間——スケイルに魔物をけしかけることができるわけだ。
「ダンジョンシードも後32個——君の手札ももうすぐなくなりそうだね」
あまりに一方的に魔物を殺しまくるスケイルの様子を見て、一部の魔物はスケイルに歯向かおうとせず、城外への逃走を試みるようになった。
背を向け逃走を図る魔物を、スケイルは優先的に撃ち殺している。どうやら城内の魔物を外へ逃がす気はないらしい。城外の対応を任せた以上、城内のことは完全に一人で乗り切る構えだ。
シャノンが何とか生き延びているのは、スケイル自身がシャノンを優先的に狙うつもりが無いからだ。
【絶対探知】の範囲外に出ようとした瞬間、逃げ道を塞ぐように射撃を仕掛けてくる様子から、逃がすつもりもない。
ファルアズムを完全放置して自分一人に狙いを限定していることから、完全になぶり殺しにするつもりだ。
「私ばかり追い回して良いのか?! お前を狙っているはファルアズムも一緒だぞ!」
「いいんだよ。いつでも殺せる。今はお前に最大の屈辱を与えてから殺す方が大事だ」
持ち込んだダンジョンシード450個の内、50個は外でスタンピードを起こすために使用し、残り400個は対スケイル用に用意した物だ。
残りのダンジョンシードは32個——スケイルは現時点で、凡そ36万8000体の魔物を一人で討ち取っていて、それでいて汗1つかいていない。
攻撃を完全に封殺する【保護消滅膜】
どんな射程からでも敵を仕留める【消滅魔銃】
世界全体を動かずして探知できる、神の眼と称される究極の【探知眼】
そしてそれらを最大限活かせるだけの、脳のスペック。
しかもコイツは【若返りと不老の妙薬】で、寿命で死なない。
いったい何をすればこの男を殺せるというのか。
そんな化け物と対峙し続けて、シャノンの心身はボロボロだ。
物量で殺す作戦が通じなかったときに、ファルアズムから受けた指示はただ一つ。『城の最上階までスケイルを誘導すること』だ。
それがどのように作用して、目の前の化け物を殺す手段に繋がるのかは聞かされていない。
だが、最早それに縋るしかシャノンに方法は残されていなかった。
「おい。僕を殺すんだろ? やる気あんのか?」
復讐に走るシャノンが絶望から、顔に恐怖を滲ませていく一方で、スケイルは、時間が経過するにつれて、顔から笑みが剥がれて、内に抑えていた怒りのようなものが顔から滲み出て、眉間に深いしわを刻んでいる。
決してスケイル側に余裕がなくなったわけではないだろう。
だというのに、いつもの人を小馬鹿にしたような笑みが消え去り、荒くなった足取りで、逃げ場の無い方向へシャノンをじわじわと追い詰める。
自分の感情を徐々に露わにしながらシャノンを追い詰めるスケイルの姿こそ、今は復讐の鬼そのものだ。
「大義を名乗るなら立ち向かってみろよ、この僕に。勝てないと分かった瞬間、何とんずらここうとしてんだ? ああ?」
絶対殺す。
何が何でも殺す。
最大の屈辱を与えて殺す。
殺意の原因は分からない。
だが、言外に確かな殺意を滲ませながら、迫るスケイルから逃げるシャノンは、やっとの思いで最上階の広間へと到達する。
「クソ……!」
スケイルはシャノンに銃を突き付けながら、追い詰めるようにじりじりと歩み寄る。
時間がかかったが、ようやく目的地に誘導できた。後は自分が生還するだけ。
シャノンがダンジョンシードを叩き割ると、そこから魔物は溢れ出さずに、ダンジョンへとつながるゲートが出現した。
どうやら逃げ場が無くなった時に用意していた、逃走用のダンジョンらしい。
シャノンがゲートの中へ逃げ込もうとした時、
「させねえよ」
シャノンの足をスケイルが撃ち抜き、転んだシャノンの顔を、スケイルが足で踏みつけた。
「——ああっ?!」
これでもうスケイルがシャノンを消滅の対象に識別した瞬間、顔から消滅し死んでしまう。
ギロチンに首枷をかけられた状態と同義だ。
目前に迫った死の恐怖に、怒りさえ忘れ、シャノンは、恐怖で身を震わせ、動くことができなくなった。
「攻略対象であるダンジョンに逃げ込むつもりたあ、仮にも冒険者が聞いて呆れる」
そしてスケイルは【消滅魔銃】の銃口をゲートの中に突っ込むと、
「————っ?!」
引き金を引いた瞬間、凄まじい爆風のような風がゲートの中から吹きすさび、部屋中のものを吹き飛ばそうとする。
顔を足で押さえつけられ、地面に這いつくばるシャノンは、吹き飛ばされないよう堪えるので精いっぱいだ。
エネルギーの放出を終えたのか、スケイルが銃をゲートから抜き出すと、ゲートがその場から消滅し、跡形もなく消えてしまう。
「……え?」
いったい何が起こったのか分からず、シャノンが呆けた声を漏らす。
「……あんまりこの方法は取りたくないんだよね。中の秘宝ごと消滅させてしまうから」
「お前……まさか……」
「ああ。ダンジョンの入り口から最終層まで、ここから焼き尽くしただけだ」
逃走用に用意したのは全15階層のダンジョンだった。
1層あたりのフロアが広く、総合面積は1大陸にも及ぶ、高難度のダンジョンだ。
それを、スケイルは【消滅魔銃】のエネルギー砲で、1層から最終層までのフロアを焼き尽くし、ダンジョンに入らず、コアを破壊した。
苦し紛れにシャノンが落ちていた小石を、スケイル目掛けて投げるものの、
「……?!」
投げた小石はスケイルの顔に当たってすぐに、塵となって消滅した。
大陸一つを消滅させるほどの攻撃を放ってなお、【保護消滅膜】は剥がれない。スケイルの魔力は尽きていない。
「ふざ……けるな……」
声を震わせ、涙交じりに、シャノンが這いつく威張ったままスケイルを睨む。
「それだけの力があって、なんで私たちを助けなかった……。なんでダンジョンの攻略を先延ばしにした……?」
「ダンジョンは人間の脅威であると同時に、文化を発展させてきた金脈だ。ただ潰すなんてもったいないことは、普通はしない」
「お前だったら、あのダンジョンもすぐに攻略できていただろ‼」
「当然僕も、現場で他のダンジョンを攻略していたさ。だが、いくら僕が優秀と言えど、この身は一つ。救える命には限りがある。だから冒険者業と党首を兼任しながら、ナスタやカルミナのような後進の育成に勤しんでいたんだ。救える命を増やすためにな。……だというのに、ダンジョンブレイクを起こした間抜けを慕い、その上逆恨みしてテロを起こすたあ救えない阿呆だ」
決死の表情で睨むシャノンに、スケイルも怒りを顕わに睨み返す。
「なに反抗的な目つきをしてるんだ。テメエの馬鹿親が撒いた糞を、掃除してやったのは誰だと思ってる?」
「……‼」
「何度も言うが、てめえの故郷が滅びたのは、『待て』ができなかったてめえの親が原因だ。もちろん、てめえの故郷を優先して救う選択もあったが、それはあくまで選択肢の話だろう。僕は僕の基準で人を助ける。誰にとっても都合のいい正義があると思うなよ?」
「ファルアズム……!」
条件は整っているはずだ。早くコイツを殺してくれ。
シャノンが縋るように名前を呼ぶと、スケイルは「落下ダメージで殺すつもりかい?」と邪悪に笑う。
「最上階から最下層の吹き抜けに落ちるように爆薬が仕掛けられていたね。【カモフラージュ】で隠そうが、【絶対探知】を発動中の僕にはお見通しだ」
スケイルの説明を聞いて、なるほどとシャノンが心の中で相槌を打った。
確かに魔物の体当たりやブレス、シャノンの矢と違い、落下による衝撃は、ダメージの発生の瞬間まで、消滅すべき対象を識別できない。
これなら殺せるかも、と思った矢先、「馬鹿共が」と浮かびかけた希望を一蹴される。
「【保護消滅膜】はそういうダメージに関しては、自動で識別して消滅してくれるんだよ。じゃなければ反動の大きい砲撃を、僕が何発も撃てるはずがないだろう」
確かに、ダンジョンを一撃で消し飛ばすほどの砲撃を放ってなお、スケイルの体には傷一つついていない。普通なら反動で腕どころか、体全体が粉々になってしまうだろう。
だが、もうファルアズムが残した作戦を、信じるしかシャノンに出来ることはなかった。
「やれ……‼」
「最後は自爆か。哀れだね」
シャノンが呟いた瞬間、部屋の床が爆発し、スケイルたちは最下層まで真っ逆さまに落下する。
そして、スケイルたちが一階部分へと到達した瞬間だった。
「————?!」
スケイルの【保護消滅膜】が謎の力に剥がされ、無敵のバリアが完全に消滅する。
バリア消失の原因を理解できないまま、スケイルとシャノンは1階の大広間に、最上階から叩きつけられた。
大広間の床に、2人の赤い血が広がるように飛び散った。




