【神眼の斥候】
城外のスタンピードはナスタが参戦したことにより、急速に沈下を見せていた。
「【落星】」
ナスタが魔力を練り上げ指を振ると、念じた地点に巨大な隕石のようなエネルギーが落ち、辺りにいた魔物を一瞬で消し炭に変える。
一発で辺り一帯を吹き飛ばしかねない威力の魔法を、ナスタは涼しい顔をして何発も放つ。
それでも素早い高ランクの魔物は、一瞬の隙をついて、ナスタに迫りくる。
ナスタも流石に近距離では成す術がないが、
「【オーラブレード】!」
近距離戦のエキスパート、カルミナがすかさず間に入り、魔力の刃で敵を一刀両断する。
ナスタが範囲を焼き払い、地上から迫りくる敵はカルミナが、空から迫りくる敵をギルホークが仕留める。
3人の虚を突こうにも、アインスの探知眼を掻い潜るのは不可能だ。
「やっぱSSランク冒険者って凄い……」
それを見て、周囲の冒険者たちが、味方ながらに戦慄していた。
彼らも高ランクの冒険者ではあるのだが、それでもSSランク冒険者を冠する者たちとの間には、とても高く厚い壁がある。
彼らに肩を並べられるのは、この中だとミネアぐらいだ。
「……もう辺りに高ランクの魔物もいないし、新しく魔物が発生している様子もありません。外のスタンピードは、ほとんど終息したと言っていいでしょう」
アインスの言葉に、周囲の冒険者たちが安堵の息をついた。代わる代わる休憩を取っているとはいえ、半日は戦い続けている。ナスタが参戦しなければ、もう2日ぐらいは戦っていたかもしれない。
「じゃあ、あたしたちは城内に合流しましょ」
「……ええ。中で何が起こっているかは分かりませんし」
アインスが探知眼を発動してみるが、城内の様子は、何か別の力が働いていて探知ができない。
カルミナがいう【カモフラージュ】の魔法なのだろう。何者かが城全体に魔法をかけ、アインスの探知を阻害している。
「城内に行くなら私たちも……」
一部冒険者が名乗りを上げるが、それをナスタが「いいえ」と制する。
「あなたたちは一般人の保護と、残った魔物の処理をお願いします。指揮は……ギルホーク、あなたにお願いしましょう」
「わかりました」
「城内には私たちが向かいます」
ナスタがカルミナたちに目線を投げると、カルミナたちも了承の意で頷いた。
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「で、説明してよ。あいつが負けない理由ってのを」
先ほどは他の者の目があったため、詳しく話せなかったのはミネアも何となく察していた。
人の目がなくなった今、ミネアが改めて訊ねる。
「【斥候】のスキルの他に持っている特殊能力って何? 何を持ってたら城内の魔物を一人で殲滅なんてできるのよ?」
「秘宝です」
「秘宝?」
首を傾げるミネアに、ナスタが続ける。
「党首様は特別な秘宝を幾つも持っています。その中でも——【保護消滅膜】と【消滅魔銃】。この2つが党首様を最強の冒険者にたらしめる要因です」
「【保護消滅膜】……? 【消滅魔銃】……?」
「知らないのも無理はない。世界ではスケイルしか持っていないし、使い手もスケイルしかいない」
この2つの秘宝については、カルミナも把握しているようだ。
「まず【保護消滅膜】。これは使用者が脅威と認識したものやダメージを消滅させるバリアを、使用者の体に膜として展開する秘宝です。簡単に言えば、あらゆるダメージを無効化し、脅威と認識したもの全てを消滅させる——『無敵バリア』とでも言い換えればいいでしょうか」
「む、無敵バリア……」
子どもが考えた必殺技みたいに制限のないチート技に、ミネアとアインスが戦慄する。
「ですが、スケイルさん言っちゃ悪いけど、運動能力大したことないですよね?」
「はい。一般人からすれば動ける方ですが、冒険者としてはカスです」
主に党首として事務に勤しんでいるせいだろう。運動神経がないわけではないが、冒険者の平均能力と比較したときに、平均値を下回ることはアインスも把握していた。
「シャノンさんを倒すには、触れなければなりませんよね? 逃げる敵を倒す手段がないのなら、例え負けずとも勝てないのでは……」
「そこで2つ目の秘宝——【消滅魔銃】です」
アインスの疑問にもナスタが答える。
「【消滅魔銃】は触れたものを消滅させるエネルギーの弾を発射する武器型の秘宝。魔力の籠め方によって、弾の大きさ、形、軌道、射程を自在に変えられます。どんなに距離を取ろうとも、党首様の探知眼と合わされば、どんな距離の敵でも仕留めることが可能です」
「ちょっと待って、魔力を消費するの?」
「ええ」
「じゃあヤバいじゃない。城内ではスタンピードが発生しているんでしょ? いくら武器が強いとはいえ、持久戦になったらあいつに勝ち目はないわよ」
ミネアの懸念はもっともであり、いくら強力な秘宝を持っているとはいえ。それが使用者の魔力を使用するのなら、エネルギー源は無限じゃない。
おそらくそれを分かって敵も仕掛けているのだろう。だとすればスケイルの魔力が尽きる前に援護に向かわなければ。
だが、ミネアの意見に、ナスタは静かに首を振った。
「確かに【保護消滅膜】も【消滅魔銃】も以上な量の魔力を消費する。【保護消滅膜】に関しては、私だって10分発動するのが限界です」
「だったら!」
「しかし、党首様はそれを扱うだけの特殊体質を持っています。保有する魔力量が尋常じゃないくらい多い上に、党首様自身が、自身で魔力を生成することのできる特殊体質」
「……自分で魔力を生成できる?!」
「はい。故に世界中の冒険者が束になってかかろうが、あの人を殺すことはできません」
あまりに化け物じみたスペックを耳にし、ミネアとアインスは言葉を失った。
「だから党首様は、世界最強の冒険者なのですよ」
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「【カモフラージュ】‼」
戦闘が始まった直後、ファルアズムは自分とシャノンに【カモフラージュ】の魔法を使用し、スケイルの探知から自分たちの存在を隠す。
そして魔物の群れを壁にして距離を取り、群れの後ろからシャノンが矢を放った。
「【流星矢】‼」
放ったエネルギーの矢が無数に枝分かれし。四方からスケイルに向かって降り注ぐ。
石材で出来た床をも抉る威力の矢を真正面から受けても、受けた矢が振れた傍から消滅し、何事もなかったかのようにスケイルは迫る。
「なるほど。僕の体質について理解はしているようだ」
ドラゴン、ワイバーン、サイクロプス、オーガ、ゴブリン、スライム、その他無数の魔物たち。
場内を埋め尽くすほどの数の魔物の群れが、一斉にスケイルに向かって襲い来る。
だが——
「作戦の方向性は悪くない。僕の秘宝についてはファルアズムから聞いているんだろう?」
スケイルをかみ砕こうとしたドラゴンは牙から順に首が溶け、武器を手に襲い来るオーガやゴブリンは、触れた武器を消滅させられた後、体を鷲掴みにされ消滅した。
上空からブレスを浴びせてくるワイバーンたちは、【消滅魔銃】から発射された魔力の弾で残らず撃ち落とされる。
戦闘が始まってまだ間もないが、既に城内はスケイルが撃ち殺した魔物と、一部だけ消滅した魔物の死骸で埋め尽くされる地獄絵図と化していた。
「【保護消滅膜】は何でも消滅させるバリアじゃない。僕が脅威と認識したものやエネルギーを消滅させるバリアだ。何でも消滅させるなら、発動した瞬間、僕は地底の底に真っ逆さまになったり、空気圧すら消滅して死に至ったりしてしまう」
触れるものを何でも消滅させるバリアなら、スケイルは空気すら消滅させて、呼吸すらできなくなるし、床や地面すら消滅して、そのまま地底の底へ吸い込まれてしまう。
エネルギーも消滅させるなら、空気圧を感じなくなり、裸で宇宙空間に放り出された状態に等しくなり、体が適応できずに死んでしまう。
だから【保護消滅膜】は消滅する対象を、スケイル自身の意識下で選別する必要がある。
「だから、僕が消滅する対象を識別できなくなるくらいの物量で攻めるのは理にかなっている。【カモフラージュ】で探知から逃れ、僕の意識の外から攻撃を狙うのは良い手だ。良い攻略法の一つと言える」
言葉では褒めているが、内心見下しているというのが余裕の笑みから見て取れる。
まだ物量が足りないのかと、シャノンが複数のダンジョンシードを地面に叩きつけ、そこからまた魔物の群れが出現した。
「そしてもう一つの攻略法。僕の魔力の生成量を上回るペースで攻撃を続け、魔力が無くなるまで攻撃し続ければいい。だから物量に任せて攻めるのは、どちらの攻略法も狙える良い手といえる。君たちの頑張りの甲斐もあって、僕の保有する魔力も減りつつある」
だが、さらに数量を増した魔物の群れを前にしても、スケイルから余裕の笑みは剥がれない。
無数の魔物を消滅させ、何度も引き金を引き、魔物を消し炭に変えながら、魔物の中を、まるで何もない草原を歩くかのように、涼しい顔をして進んでくる。
「97年だ」
突如として告げられた年数に、死角から攻撃を続けていたシャノンが困惑する。
「97年……?!」
「今のペースで攻撃をし続けたとして、僕の魔力を枯らすのに必要な年数だ。ばあさんになるまで鬼ごっこと洒落込もうじゃあないか?」
「化け物め……‼」
実質的に魔力を枯らすのは不可能ということだ。遠回しに絶望的な状況を告げられ、シャノンの顔が絶望に歪む。
言葉の真偽は分からないが、残る手段は、『スケイルの意識の外から』攻撃を浴びせることだけだ。
【カモフラージュ】でスケイルからシャノンの位置は探知できない。今のスケイルは、シャノンが放った攻撃を素早く探知し、識別しているだけ。
だからスケイルの脳がパンクするほどの物量で攻撃を浴びせ、意識の外から攻撃し続けていれば。突破口を見出せるかもしれない。
だが——
「僕の最大探知範囲、知ってるかい?」
突如として問いを投げられ、シャノンは困惑しながらも口を噤む。
質問に答えさせて、声した位置で自分の場所を特定する狙いかもしれない。
シャノンがだんまりを貫く中、スケイルが勝手に喋り始める。
「舐めてもらっちゃあ困る。これでも世界一の【斥候】だ。脳の出来がそんじょそこらの冒険者とは違うんだ」
スケイルがとんとん、と頭を指で叩きながら、ニヤニヤと笑った。
「僕の探知はその気になれば全世界に及ぶ。そして世界中の情報を一気に頭に流し込んだとしても、僕の脳はパンクしない。この程度の物量の攻撃を、識別し続けることくらいわけないさ」
「——っ?!」
もちろんハッタリの可能性はある。だが、目の前の男の佇まいや、無数の魔物を前にしても崩れない余裕の笑みから、発言が真実だという謎の説得力が生まれている。
しかし、ファルアズムとの作戦の都合上、ここで攻撃の手を緩めるわけにもいかない。
シャノンが魔物たちに攻撃を任せ、壁に身を隠し、次の攻撃の準備を整えようとした時だった。
「があっ?!」
途端に体を舐めまわされるような魔力の波を感じたかと思うと、シャノンのいた場所にスケイルが放った魔力弾が撃ち込まれた。
反射的に回避行動をとったものの、弾が肩をかすめ、シャノンの腕から一筋の赤い血が流れた。
壁を消滅させながら迫りくるスケイルが、まだ姿の見えないシャノンに向かって、絶望的な事実を突き付ける。
「僕しか持っていないスキル。【絶対探知】。探知の範囲こそ狭くなるが、発動中、いかなる手段を用いても僕の探知から逃れることはできない。当然【カモフラージュ】も貫通する」
「あ……」
先ほどの魔力の波長は、【絶対探知】を発動した瞬間だったか。
スケイルから居場所を探知されないことが、シャノンからすれば唯一のアドバンテージだった。
だが、そのアドバンテージもたった今消滅した。身を隠そうにも姿を隠せば、スケイルの攻撃が見えない分、回避行動を取れずに危険な可能性がある。
つまりシャノンは、自分の攻撃が一切通じない相手に、攻撃の手を休めることなく、姿を隠すこともできず一方的に攻撃されながら、バリアが剥がれるまで攻撃を浴びせ続けなければならない。
普通にやれば勝ち目はない。
全世界の冒険者が束になっても敵わない、圧倒的な脅威が目の前にあった。
「冒険者時代の、僕の二つ名を知ってるかい?」
あらゆるものを探知し、全てを見通す探知眼。
かつてスケイルと共にダンジョンを攻略していた冒険者たちは、経緯と畏怖の念を込めて、彼をこう称した。
「【神眼の斥候】だ。神の眼を持つ僕から逃げられると思うなよ」
邪悪に笑う目の前の男に戦慄しながらも、シャノンはダンジョンシードを叩き割り、魔物の群れをスケイルにけしかける。
このままやっても勝ち目はない。
だが、最後にファルアズムが用意した作戦がある。
僅かな希望に縋るように、シャノンは委縮した身に鞭を打ち、弓を構える。
魔物を蹴散らしながら迫りくるスケイルを、何とか城の上階へ誘導する。
狙いを悟られないよう、やけになったふりをしながら、シャノンはスケイルとつかず離れずの距離を維持しながら、矢を浴びせ続けた。
何か狙いがあるのはスケイルにも分かっている。
だが、それを真正面から踏みつぶすのが、犯罪者に与える最高の屈辱。
戦場に似つかわしくない、コツコツと静かな足音が、シャノンを追って上階へ続く階段から響いていくのだった。




