反乱の動機、そして開戦
「城内の要人はナスタが全員逃がしたよ。ここには君たちと僕だけだ」
アインスたちが城の外でスタンピードに対応している一方、城内には、テロの首謀者であるファルアズムとシャノン。そしてスケイルのみが残されている状況だ。
スタンピード発生直後、ナスタは【転移】の巻物で、スケイルたちを除く全員を、アインスたちとは別の個所に用意していた、島外の施設に転移させている。これも『備え』の内の一つだ。
「残念だったねぇ。連盟に与する者たちを含めて、『全てを壊す』つもりだったってのに」
シャノン達の目的の一つを崩したことにより、スケイルがニタニタと嘲笑の笑みを浮かべる。
シャノンは不快そうに少しだけ眉をしかめた後、「まあいい」と開き直ったように嘲笑で返した。
「あんたを殺せば、遅かれ早かれ全て壊れる」
「……一応聞いておこうかな。どうしてこんな真似をした」
スケイルの問いは、シャノンに対して投げられたものだ。
「ファルアズムはまあわかる。僕が研究の邪魔だったのは確かだったからね。だが君はなんだ。下手な芝居を打ってまで何故僕に近づいた? 僕は君に恨まれるような真似をした覚えはないぜ」
スケイルを睨んだ後、シャノンは別の問いを投げかける。
「【パクスラミナ】という町を覚えているか?」
嘲笑を浮かべていたスケイルから笑みが剥がれ、一瞬だけ苦虫をかみつぶしたような顔になる。
パクスラミナはとある国の辺境にある、一部の地図には記載もされていないような小さな町だ。
「……ああ知ってるよ。それがどうした?」
「私と両親はそこの生まれだ。【役職持ち】だった両親は、そこで魔物を狩って、町の人たちを守りながら生活していた」
「それは立派だね」
大抵の役職持ちは稼ぎを得るために、都市や各地のギルドへ出稼ぎに出てしまうため、シャノンの両親のように町に留まることは少ない。周辺に魔物が出現したときに、魔物の討伐に向かうのは、他所から派遣された冒険者がほとんどだ。
わざわざ町に居座って用心棒のようなことをするあたり、よほど愛郷心が強い人物だったのだろう。
「それで? その町が今回の件とどう関係がある」
「……12年前、町の近くにダンジョンが発生した。測定器でランクを計測した結果、Cランクのダンジョンだった」
「……!」
何か思い当たることがあったのか、スケイルが黙って、次の言葉を待つ。
「日に日にダンジョンから溢れた魔物が、町を襲うようになった。ダンジョンの攻略に連盟からAランク相当の冒険者が派遣されたかと思えば、その冒険者たちはダンジョンの入り口を見張るばかりで、危険なゲートを放置したままだった」
シャノンの声色に、じわじわと怒りの感情が滲み始めた。
「両親はBランク相当の元冒険者だった、一向に攻略を開始しようとしない連盟の冒険者に耐えかねた両親が、攻略に協力すると申し出ても、『今は待て』との一点張りだった。少しずつ魔物が溢れて、町に被害が出るようになっても、それは変わらなかった」
「……」
「低ランクのダンジョンを放置する理由を聞いても、『話せない』と言ってまともに取り合おうとしない。両親は見張りの目を盗んで、ダンジョンに潜って——」
「そこで死んで、ダンジョンブレイクが起きた。……だろ?」
「——‼ そうだ‼」
どうやらスケイルもその出来事は把握しているらしい。
抑えていた怒りが吹き出し、シャノンはスケイルに指を突き付け、咎めるような声色で、スケイルを非難し始めた。
「両親も町の皆も全員死んだ‼ 原因を究明しようと連盟傘下のギルドに入って、あんたの下に近づいたのはそのためだ‼ それでSランク冒険者になってはじめてわかったのが、あの時のダンジョンは【変異ダンジョン】で、Sランク相当のダンジョンだったってことだった‼」
「……」
「どうしてみんなに説明しなかった?! あんたの情報制限さえなければ、両親は無謀な特攻なんてしなかったし、ダンジョンブレイクなんか起きなかった‼」
涙交じりにスケイルを咎めるシャノンに対し、スケイルはどこか冷めた目つきだ。
「今の世界は全部あんたの都合で情報が出回っている‼ あんた一人の都合で人が生きたり死んだりしている‼ そんな世界があってたまるか‼ もう私の両親や、町の皆みたいな犠牲を出したりしない‼ あんたという悪魔から、世界全体を開放する‼」
「それが反乱の動機かい?」
「ああ‼ あんたの支配から世界を取り戻す‼ それが私の成すべきこと‼ 私の大儀だ‼」
「そうか……」
シャノンの動機を聞き終えたスケイルが、一度大きく息を吸って、
「——しょーもなっ」
呆れたように、大きくその場でため息をついた。
「……は?」
あまりに小馬鹿にした態度に、シャノンも一瞬何を言われたのか分からなくなり、怒りを忘れて動揺する。
「で? 終わり? 念のため聞くが、ほんとにそれだけかい?」
「で? ってなんだ……? お前、町一つ滅ぼしておいて、なんだその態度——」
「滅ぼしてねえよ。お前の両親が勝手に自爆したんだろ?」
スケイルの態度に、シャノンが困惑と怒りが混じり合わさったような顔で、わなわなと体を振るえさす。
「お前がちゃんと【変異ダンジョン】について説明していれば、町の皆は——」
「ダンジョンの進化を防ぐために情報制限をしていることは、僕の従者をやっていたお前ならわかっているだろう」
「でも、ちゃんとお前がちゃんと説明していれば、町の皆は」
「ああ。救えたかもな」
「だったら——」
「だが、そいつらがその後、僕の知らないところで【変異ダンジョン】の情報をばら撒く可能性がある。きちんとした説明がなければじっとできないような奴らが、同じ状況に出くわした時、情報をばら撒かない保証がどこにある? 僕はダンジョンが進化し、より多くの人間が危険に晒されるリスクを取ったんだ。それについてとやかく言われる筋合いはねえよ」
「だ……だけど」
「その時は他の地域でも同時多発的にダンジョンの被害が発生していたんだ。全ダンジョンの危険度を比較し、順次対応してたから攻略を先延ばししていたんだ。あと少し待っていれば攻略隊が派遣出来たってのに、お前の馬鹿親がダンジョンブレイクなんて起こすもんだから、事後処理に相当苦労したよ。余計な手間かけさせやがって」
シャノンの意見に怯むどころか、全く悪びれずに正論を交えた反論を浴びせてくるスケイルに、シャノンは完全に言葉を失ってしまった。
言いたいことは山ほどあるのに、スケイルの立ち振る舞いを目の当たりにして、本能的に無駄だと悟ってしまったのだ。
「大義なんて言ってたけど、結局のところ、憂さ晴らしに僕を殺したいだけだろ? お前の親と一緒だ。皆の為とか言って、自分の事しか見えちゃあいない」
「違う……‼ 私はあんたの支配から、父さん母さんのような人たちを……」
「親の背を見て子は育つ、とはよく言うが——」
浴びせられた言葉にあからさまに冷静さを失っていくシャノンを見て、スケイルが喉を鳴らしながら、心底人の悪そうな笑みを浮かべ直して、歯を見せて笑った。
「——揃いも揃って間抜けかよ」
「————っ‼ 貴様ああああああああああああああああああ‼」
両親を侮辱された怒りを抑えきれず、シャノンが素早く背負っていた弓を構え、矢を引くモーションを取る。
すると何もないとこから光の矢が生成され、シャノンが手を離すと同時、凄まじい風切り音と共にスケイルに向かって発射された。
空気を大きく揺らしながら迫りくる光の矢は、当たってしまえばひとたまりもないだろう。スケイルの体など容易くえぐり取ってしまう。
だというのに、スケイルは余裕の笑みを浮かべたまま仁王立ちしたままだ。回避モーションさえ取ろうとしない。
そしてスケイルの胸に、矢が触れた時だった。
「————?!」
矢が突如として崩壊し、塵となってスケイルの後ろへと吹き抜けた。当然スケイルにはノーダメージだ。
「……出たか。【保護消滅膜】」
「……あれが、そうなのか?」
そのからくりを知っているファルアズムが、面倒くさそうに舌打ちをする。
一気に表情をこわばらせた二人の下に、ゆっくりとスケイルが歩み寄り始めた。
「僕に最大のダメージを与えようとした時に、記念式典の日を犯行日時に選ぶことは予想出来ていた」
歩み寄りながら、スケイルは上着のボタンをはずし、上着の内側に縫い付けられていた無数のマジックバッグの中の一つから、銃を取り出した。
禍々しい模様が銃口に刻まれた、ショットガンのような長い銃身に、口の大きい2つの銃口が備え付けられた歪な銃。
ただの銃で無いことはシャノンにも一目でわかった。
「だというのに、なんで君たちを好きに泳がせていたか、わかるかい?」
「……計画を実行したところで、それを返り討ちにできる自信があったから」
「それともう一つ。僕はこう見えて嫌われ者でね。今日集まった来賓の中にも、裏で僕のことを邪魔に思っている奴らがちらほらと混じってる」
ファルアズムの回答を肯定しながら、銃口を突き付ける。
「見せしめになるだろう。連盟の力を誇示するのに、今日の出来事は都合がいい」
「シャノン‼」
「分かってる‼」
スケイルが引き金を引くより先に、シャノンが持っていたダンジョンシードの内の一つを、地面に叩きつけて壊す。
するとそこから無数の魔物が発生し、スケイルに向かって襲い掛かる。
「始めようか。1VS∞」
スケイルの銃に魔力が収束し、砲撃となって解き放たれ、戦闘が開幕する。
無数に迫りくる魔物の群れを、一撃で1割ほどを消し飛ばし、スケイルは銃身で肩を叩きながら、ゆっくりとシャノン達に向かって歩き出した。




