答え合わせ② ~VSスタンピード~
「前提として、スケイルさんはスタンピードそのものを防ごうとは思っていません」
「何で? 起こることが分かっているのなら、事前に潰したほうが良いじゃない」
「それができないのかもしれません。だから事後の被害を防ぐ方向で対策を打って欲しいのかと」
そもそもアインスたちにも、どのようにして意図的にスタンピードを起こせるのかは分からない。
スケイルが隠している情報もあるのだろう。【変異ダンジョン】の情報しかり、表に出さないと決めた以上は徹底するというのがスケイルという男だ。
対策を任されている以上は信頼されてはいるのだろうが。
「まず、この幾つかの赤い円が描かれた紙ですが、これは式典当日の、冒険者たちの警備範囲です。ナスタさんが式典の挨拶を述べるときに、この赤円の範囲に町の人たちが集まります」
「その範囲を冒険者たちが警備すると」
「はい。スタンピード発生予測地点の×印は、この範囲を包囲できるような位置に記載しています。この印通りにスタンピードが発生した場合、逃げ場を失った住民や冒険者たちは、そのまま魔物に押しつぶされて死にます」
濁さず言い切る辺り、アインスは事態を相当重く見ている。
「そこで、1枚目の紙です」
とある一点から複数の直線が四方に伸びたような、謎の幾何学模様が描かれた紙を重ねると、各赤い円のエリアに、全ての直線の端が重なった。
「島全体を探知したところ、赤い円内には必ず、災害備品を大量に備えた倉庫のような空き家が見つかりました。恐らく……スケイルさんが事態を見越して、秘密裏に用意していたものです」
用意されていた建物は扉が広く、間取りが広い倉庫のような建物が多い。避難するときに、大勢の人間で混雑するのを見越したのだろう。
避難備品は、地下での避難生活を見越してのものだ。島全員の食料や寝具などを確保しておく必要があるため、場所を分散させたのは、テロへの備えを悟られないようにするのと、1か所が潰されても、他の地点から補給できるようにするためか。
「これらの施設と直線の終点と結んで、避難用の通路を地下に形成します」
「なるほど、地下なら比較的安全か」
大量の魔物が発生するスタンピードだ。起こるのであれば、空を飛べる魔物も発生するだろう。
地上の魔物と空の魔物。どちらにも対応して避難をしなければならないならば、地下に避難経路、および避難施設を形成したほうが安全だ。
土を掘って攻めてくる魔物もいるにはいるが、空を飛べる魔物に比べると生息場所を選ぶ都合で、種類自体も少ないし、そもそも街の床は石造りのため、地下から襲い来るのには大変だ。
「では、この直線が繋がる中心地点に、皆が避難できるような大きな空間を形成し——」
「ちょっとまって」
アインスが具体的な指示をしようとした時、何かに気が付いたミネアが手を挙げた。
「地下通路を形成って言ったわよね? ……誰が作るの?」
「「それは……」」
その先は察してくれよ。と言わんばかりにカルミナとアインスが目を逸らした。
その反応を見て、ミネアが顔を引きつらせ、だらだらと冷や汗をかき始める。
「あ、あたしぃ?!」
「……ああ」「……はい」
アインス地下通路の形成図を奪い取って、泡食った様子で注視し始める。
「こ、この島全体を繋ぐ大規模な地下通路&避難施設を、私が?! いつまでに?!」
「……式典の当日までに」
「はあああああああああああああああああああ?!」
「ミネア、そもそも作るには作れるのか?」
「出来ないことはないけどさあ?!」
この大規模な工事を、誰にも気が付かれず、一晩で行うことができるのは、稀代の物質魔導士であるミネアしかいない。
「で、でも、こんなに魔法使ったら魔力がいくらあっても足りな——」
無理難題に抗議しようとしたところ、目に映ったのは大量の最高級魔力ポーションだ。
「……『報酬の一部を先に渡しておく。好きに使え』ってあったじゃないですか。……つまり」
「あれをがぶ飲みして頑張れってことだな……」
「………………」
わざわざ金ではなく、物で渡した上に、『好きに使っていい』と念押しするのは、用途を想定しているということだ。『マジックバッグは返せ』と付け加えているのは、裏を返せば『ポーションと念話石は使え』と言っている。
『馬車馬の如く働いてもらおうか』も、ミネアを使い果たす意味合いの文だったのだろう。
「キイイイイイイイイイイイイイイイイ‼」
ミネアの腕を信頼しての作戦ではあるものの、あまりに荒い人使いにミネアが発狂の声を上げた。
「そうなると、この念話石はどう使うんだ?」
「……この×印、城の中にもあるんです」
アインスが、式典が行われる城の部分を指差すと、そこには無数の×印が存在していた。
「……『外のことは完全に任せる』、つまり中はスケイルさんが対応するのかと」
「しかし、私たちだけではこの規模はどうにも……」
「だからスケイルさんは『慰労会には出席するように』って言ったんです。他の冒険者と交流しろとも」
遠回しにではあるが、スケイルはアインスが慰労会に出席し、他の冒険者たちに顔を売るように仕向けていた。そして、他の冒険者のことについて把握しておくようにとも。
「念話石を砕いて、シャノンさん以外の、警備の冒険者たちに渡します。……そしてスケイルさんを除き、街の状況を把握しながら、一番的確に指示を出せる人物——」
全ての意図を察した様に、アインスが覚悟を決めた顔で念話石を手に取った。
「僕が探知眼を使って、島全体の冒険者たちを指揮します」
「「なっ?!」」
あまりに責任重大な役割に、カルミナたちが驚きの声を上げた。
「……わかってます。無茶ぶりをされているのは。でも皆を守るために、覚悟を決めるしかない」
「アインス君にそんな無茶をさせなくても! シャノンに会って問い詰めれば——」
「それだけはダメだ‼」
ミネアの案を、慌ててアインスが遮る。
「多分シャノンさんは、スタンピード発生のタイミングを任意に操れる! だからスケイルさんも日時や場所を誘導するように仕向けているんです! 何の用意もないタイミングで刺激して、事を起こすのを前倒しにされるのだけはダメなんです!」
最悪のケースは、避難や指揮の準備がないままに計画を前倒しにされること。事前に接触することで、事件を防げるケースもあるかもしれないが、万が一、たとえ不完全な状態であってもスタンピードを起こせるのであれば、被害の発生は免れない。
「被害者をゼロにするには、シャノンさんに悟られずに計画に対応すること。だからスケイルさんはわざわざ僕たちに、こんな回りくどい形で対応を任せたんです」
スケイルが対応に動けば、計画を悟られたと察したシャノンが、計画の実行を急ぐ可能性を危惧したのだろう。
一番被害の大きくなるタイミング——多くの来賓や冒険者が集まる記念式典のタイミングに、実行を誘導したのは、逆を言えば敵の狙いを絞ることで、対策を立てやすくする狙いだ。
「……スケイルさんも、シャノンさんが事を起こす懸念はあっても、確証はなかった。スケイルさん側も証拠がなければ動けない」
「シャノンを問い詰めても無意味だったってことか」
「……今までの推理って、あくまで憶測であって、確証じゃないわよね?」
「はい。僕たちが頑張って備えても、それが無駄になる可能性は否定できない。……でも、逆を言えば、事が起こらなかったら僕たちの頑張りが無駄になるだけで済むんです」
今までの話は全て可能性だ。シャノンがそういうことをする確証はないし、スケイルからしてもそうだったのだろう。スタンピードを起こす方法は分からないが、方法を予測できたとして、それを未然に防ぐこともできなかったに違いない。
だからスケイルは『備え』に注力した。何かが起こった時に被害を最小限に抑えられるように。
これだけ準備して何も起こらないなら、それはそれでいいのだ。
『無駄な労働ご苦労様~』とスケイルが煽ってくる様子が鮮明に浮かんでくる。
「……やるべきことをやりましょう。頑張りが無駄になることを祈りながら」
「アインス君はそれでいいの?」
ミネアが心配そうに顔を伺ってきた。
「皆の命を背負うことになるよ?」
「……正直言って不安です。でも——」
アインスはスケイルが渡してくれた、金水晶の冒険者証を握り締めた。
今思えば、あの時SSランク冒険者に飛び級で昇格させたのは、アインスの地位を高めることによって、指揮を執りやすくする狙いもあったのだろう。
スケイルがやっているのは無茶ぶりだ。
だが、不可能だとは思われていない。横暴な党首だが絶対に無理は通さない。
無茶を振られるのは、信頼の証だ。
「僕が頑張れば救える命がある。だったら僕は腹をくくります」
アインスの決意に満ちた表情を見て、カルミナとミネアも顔を見合わせて、力強く頷いた。
そして次の日、アインスはカルミナと共に冒険者たちに、シャノンにばれないよう、起こり得るかもしれないスタンピードについて説明をしに周り、自分と通話するための念話石を渡して回る。
事情を説明すると、ギルホークも一緒に説明に付き合ってくれた。SSランク冒険者3人が顔を出せば、説得力も上がるだろう。
一方でミネアは夜通しで、連盟の地下に避難経路と避難場所となる空間を、物質魔法で形成して回った。
アインスたちがこっそりと立ち寄った時には、それは見事な地下通路と避難施設が形成されていた。
本人は酷く疲れた様子でスケイルの悪口を吐きまくっていたが、この作戦を実行するのにミネアの力は必要不可欠であったことは一目瞭然だった。
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そして、式典当日、街の各所から迫りくる魔物の軍勢を探知したアインスが、念話石を手に魔力を籠める。
「魔物の位置は僕が探知します‼ 皆さんは僕の指示に従って、住民の避難、および魔物の殲滅をお願いします‼」
『『『『『『『了解‼』』』』』』』




