反逆。そして応戦
慰労会から1日が経過し、いよいよ迎える連盟設立周年記念式典。
式典の開始を告げる花火が上がり、街の各所には念話石を使用したスピーカーが設置され、スケイルが用意した祝辞の挨拶が島全体に向けて放送される予定だ。
「もうすぐ挨拶が始まりますよー。祝杯貰ってない方はいませんかー」
式典の会場となる城は、一部の来賓と連盟の関係者のみが入ることを許され、街に住まう商人たちは、城の外で祝杯をあげることになっている。
スピーカーが中央に設置された各地の広場では、式典の運営の者が、街の者に祝いの酒を注いで回っており、人混みの外側、ないし内側では、招集された冒険者たちが警備に回っている。
「——本日は、連盟設立、80周年記念式典にご臨席いただきまして、誠にありがたく、厚く御礼申し上げます。ご来賓の皆さまには、平素より多岐にわたるご支援を賜り——」
式典の開始時刻になると、スピーカーからナスタの声が響き、周囲の者が静かに耳を傾けた。
今や世界の中心といってもいいほど繫栄した連盟という組織。
党首の顔こそしれないものの、ダンジョンを攻略し秘宝で得た利益を世界に還元し、現在の平和の基盤を築いた組織に所属しているという自信からか。スピーチに耳を傾ける者たちの顔は、どこか誇りに満ち溢れていた。
連盟の繁栄の歴史を辿りながら、支援を頂いている国や組織に対する感謝、今後も変わらぬ繁栄と、関係性の約束。
いつもの素っ気ない態度からすると、少しだけ柔らかな口調で、ナスタが祝辞の言葉を読み上げていく。
「連盟の益々の繁栄と、ご臨席の皆様のご健勝を祈念致しまして、お祝いの言葉とさせていただきます。それでは、皆様、杯を手に取って頂いて——」
挨拶が後半に差し掛かった時、突如として辺りが大きく振動し、街の者たちがバランスを崩して一斉に転んだ。
賑わっていた会場は一気に困惑の空気に覆われ、杯をこぼした者たちが怯えた表情で立ち上がる。
「おい……なんだあれは」
遠くから地ならしのような音が響いてきて、音の方を指差すと、街の彼方に何か大きなシルエットが立ち並び、ぼんやりと像がはっきりしない何かが、大きな振動と共に街の方へと向かってくる。
シルエットが街の方へ近づいてきたとき、それを魔物の群れだと認識した瞬間、各地から大きな悲鳴が上がった。
「魔物の群れだ‼ 何でこんな場所に?!」
「しかもあの規模……まさか、スタンピード?!」
ダンジョンブレイクどころか、ダンジョンのゲートすら島には存在しなかったはず。
それも一つや二つじゃない。
音の方向から察するに、島のいくつもの個所から魔物の群れが発生し、街を襲いにかかっている。
突如として現れた無数の高ランクの魔物が、連盟の街に襲い来る様を見て、島全体が阿鼻叫喚に包まれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「始まったか」
式典が行われる城の中。会場の大広間から離れた通路で、ファルアズムが計画が動き出したことを確認し、不気味な笑みを浮かべた。
「あんたの言った通り、事を運んだからね。計画に支障はない」
そしてその背後からシャノンが現れ、提げていたカバンの中から【ダンジョンシード】を取り出した。
「場内にも設置した。あんたは早く、次の計画の準備を——」
「おいおい。何でここにいるんだシャノン。君の持ち場は外だろう」
2人の後方から不意に投げられた声に、ファルアズムたちは慌てて声の方へ振り返る。
通路の奥から現れたのは、不敵な笑みを浮かべて歩いてくるスケイルの姿だ。
「ダンジョンブレイク直後のゲートに【ダンジョンシード】を使用し、スタンピード前のゲートを閉じ込める。種さえ割れば、いつでもどこでもスタンピードが起こせるってわけかい。……城の中にもダンジョンシードが落ちてたよ。【カモフラージュ】の魔法がかかっていたおかげで、探知が効かずに苦労したぜ」
ジャラジャラと見せつけるように、手のひらの上で複数のダンジョンシードを転がしながらスケイルが寄ってくる。
「……党首様、私にはいったい何のことだか——」
「もう猿芝居はしなくていいぜ、シャノン。元々君は信用していなかった。はっきり言って、うさん臭かったんだよね。お前」
遮るように放たれたスケイルの言葉に、シャノンの表情が固まった。
「何が『立派な党首様』だ、気持ち悪い。僕みたいなクズをべた褒めする人間なんか、媚びを売りたいか、何か企んでいるかの2択だろう。僕は僕のことを悪く言えない人間を、信頼する気はないんでね」
とっさに愛敬を振りまこうとしたシャノンだったが、スケイルの冷たい視線に、これ以上の芝居は無意味だと感じ取ったのか、小さく息を吐いてから、「負け惜しみですか?」と侮蔑的な笑みを浮かべた。
「疑っていたのなら、警備計画を私に漏らすはずがないでしょう。あんたが私に情報を渡したおかげで、最も被害が大きくなる形でダンジョンシードを配置することができた」
「……」
スケイルが押し黙る様子を見て、気を良くしたシャノンが、さらに挑発的な声色で続けた。
「あんたが私を自由にしたせいで、外は今地獄絵図だ。ここにいる連盟に媚びへつらう連中も、この島も町も城も、あんたが築き上げてきた物全部、今日この場で壊し尽くしてやる」
「……連盟反逆の確かな意志があったと捉えてもいいのかな?」
「ああ。その通り」
「言質取ったぜ。これで容赦なくお前たちを犯罪者として扱える」
シャノンの返事に、スケイルは喉を鳴らしながら、口の端を釣り上げた。
「お前たち二人を放置していたのは、テロを企てているという確かな証拠を掴めなかったからだ。流石に僕も疑わしいだけの人間を罰することはできないからね。証拠さえ揃えばいつでも処罰する準備はあったが……残念ながら、君たちがテロを実行するほうが早かった」
犯罪者として扱えると分かった瞬間、途端に饒舌になり始めたスケイルの様子に、シャノンとファルアズムは不快そうに眉をしかめた。
「僕は疑わしきは罰しない……が、相応の備えはさせてもらった。外のスタンピードは、外にいる冒険者たちが対応するよ」
「……はっ。無理でしょう。予知していたならともかく、突如として発生したあの規模のスタンピード。皆で協力し対応しなければならないのに、外の冒険者たちは何が起こっているかを理解するのでさえ精一杯なハズだ。島全体の冒険者を束ね、団結してスタンピードに対応などできるはずが——」
「いるぜ。周囲の情報を探知し、的確な指示を出せるスペシャルな【斥候】が」
斥候、と聞いてスケイルを睨むも、それがスケイル自身ではなく、とある人物を示した言葉だと気が付いたシャノンが、嘲るように笑い声をあげた。
「あははは。あんなぽっと出の斥候の言うことなんか誰が聞くんですか?」
「聞くさ。今日集めた冒険者は優秀な者しかいない。君たちを除いてね」
馬鹿にするシャノンの態度に、スケイルも負けじと嘲笑で返す。
「ランクは絶対だよ。だから僕は、彼をSSランクに昇格させたんだからね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「本当にスタンピードが起こるなんて……」
迫りくる魔物の群れを遠めに見ながら、ミネアが悲しそうな表情でため息をついた。
「悲しんでいる暇はない。外は私たちで何とかしなければ」
「はい。そういうわけで、頼みますよ、皆さん」
魔物の咆哮や、進撃する音が鳴り響く中、アインスが砕かれた念話石に魔力を籠め、開戦の合図を告げた。
「魔物の位置は僕が探知します‼ 皆さんは僕の指示に従って、住民の避難、および魔物の殲滅をお願いします‼」
『『『『『『『了解‼』』』』』』』
アインスの号令と共に、力強い返事が念話石から響き渡った。
集まった全ての冒険者を指揮し、被害をゼロでスタンピードを鎮圧する。
それがスケイルから託された使命だと胸に刻んだアインスは、全力で探知眼を発動させ、周囲の情報を頭に流し込むのだった。




