Sランクギルドであるために
「……」
【光の豪射手】ギルホーク。
二つ名の元となった彼の放つ光速の矢は、如何なる敵も意識の外から仕留めるという。
ドラゴンやランドイーターのような、強大な力を持った魔物を射程外から一方的に屠る、世界最強の【弓士】と名高い冒険者だ。近年ではギルドの運営に力を入れるようになり、ギルドリーダーとしても確かな地位を獲得しているそうだ。
名前だけならアインスも知っている。そんな名のある冒険者が自分の下に何の用か。
ご歓談、といって誘われたのはいいが、肝心の会話をこの男が振ってこない。
誘ったならしかめっ面なんかしてないで、何か会話を切り出してくれよ。
賑やかなパーティー会場に似つかわしくない、険悪な空気に胃を痛めながら、アインスはギルホークから目を逸らし続ける。
「……スケイルから聞きました。あなたのギルド、先日Sランクに昇格したとか」
長きにわたる沈黙を打ち破り、ギルホークが話題を振ってくる。
どうやらスケイルのことは知っているらしい。話しぶりから察するに裏の顔も含めて。
「あ、はい。この前のダンジョン攻略が評価されて……」
「おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
もしかしてそのことを称賛しにやってきたのか。
この人良い人なのかもと思った矢先だった。
「私のギルドはAランクですが」
「……」
その言葉にどう返せって言うんですか。
あからさまに妬みが籠った言葉を投げられ、アインスは再び言葉を失う。何をどう返しても嫌味に受け取られそうだ。
敵対心の理由はそれらしい。後から出てきたぽっと出のSSランク冒険者が、自分より高い地位にいるのが気に食わないのだろう。
「貴方が勘違いしては困りますので、念のため言っておきますが、私はあなたのことが妬ましくてこんなことを言っているのではありません」
「はあ……」
じゃあその棘を剥き出しにしたような態度をやめてくれ。
対抗心をあらわにした目つきで一方的に語り掛けてくるギルホークに怯みながら、アインスは怯んだ相槌を打った。
「……Sランクに上がれない要因は分かっています。斥候です」
「斥候、ですか?」
「ええ」
他所のギルドの話ではあるが、斥候の話題を出されれば、自分も無関係ではいられない。
怯えた態度から表情を改めたアインスを、むっと見つめてからギルホークは切り出した。
「何度かSランク昇格試験を受けているのですが、例のダンジョンの攻略計画を練ることができず、試験の度に撤退を余儀なくされています」
例のダンジョン、というのは【変異ダンジョン】のことだろう。
名前を口に出さない辺り、情報管理は徹底している。
「……私のギルドが昇格に手こずっている中、カルミナの後進のギルドがSランクに昇格したと聞きました。そしてその裏には、優秀な斥候、あなたの力があったとも」
「……」
「正直に聞きます。どうすればSランクダンジョンを攻略できますか。攻略計画を練るために、必要なことは何ですか」
わざわざ向こうからやってきたのはそれを聞く為か。
アインスはしばらく考え込むが、これといった答えは浮かばなかった。
そもそも【変異ダンジョン】自体、攻略が安定しないからこそ高難度扱いされるのであって、顔も実力も知らない者たちのギルドへ何かアドバイスを寄越せと言われても無理である。
「……すいません。攻略計画の作成については、『ダンジョンの立場になって考える』としか、僕から言えることは……」
「……」
ダンジョンが思考する生き物である以上、それは冒険者として耳にタコができるほど聞かされるフレーズだ。
そんな初歩的なことを今更言われても、と言わんばかりの顔で、無言で腕を組みながらギルホークが見つめてくる。
「……ただ、攻略計画の不備を、斥候のせいだけにするのはよくないと思います」
「……何?」
少しだけ反抗的になったアインスの声色に、ギルホークがピクッと眉をしかめた。
「ギルドランクはギルドの力を測るもの——攻略計画はギルド全員で作るものです。斥候は戦闘で役に立てない分、索敵や攻略計画の作成といった知識を活用する場での活躍が求められているのは知っています」
「当然だ。そこでしか活躍できないんだから、そこで存在価値を示すのは当然だろう」
アインスは特別な探知眼があるが、通常の斥候の探知眼は、周囲の魔力の反応を探知することしか出来ない。そのため、周囲の状況は既存の知識を組み合わせることによって推測する必要がある。
魔力の反応の元は何か——魔物か? 罠か? 魔物だったとして種類は何か? 事前の調査や周囲のフィールドサインから想像しなければならない。知識が無ければ探知もままならないため、斥候は高ランクになればなるほど多くの知識が求められる。
故に、知識を必要とする攻略計画の作成に斥候が携わることが多くなり、それが斥候の役割として、自然と定着していったのだ。
「でも、本質的には斥候の役割じゃないんです。戦う相手のことは、皆で考えないといけないんです。あなたのギルドは……メンバー全員が攻略計画の作成に真摯に取り組んでしますか?」
「……」
カルミナたちの仲間になってから、攻略計画の作成はアインスが中心となって行っている。——が、カルミナもミネアも、最後には必ず一緒に攻略計画について、各々の視点で吟味する。アインスがどれだけ優秀な斥候だろうと、計画作成を丸投げしない。
そしてどんな小さな疑問や懸念点も皆で話し合い、全員が納得するまで計画を調整する。作成の中心人物は自分であると自覚はあるが、それと同時に、攻略計画の作成はギルド全員で行ったものだと、アインスには確かな自信がある。
ギルホークの話しぶりからするに、計画の作成は斥候に投げている部分も多いのだろう。そうでなければ『斥候のせい』だなんて考えには至らないはずだ。
ギルドランクは、そのランクのダンジョンを安定して攻略できる力を示したもの。特定の人間——斥候の腕だけに、攻略の成否が左右されるギルドなど、例えSランクダンジョンを偶々攻略できたとしても、スケイルは昇格させないだろう。
「僕たちのギルドは……皆で一緒に攻略計画を作成しています」
アインスの伝えたいことを理解したのか、ギルホークが顎に手を当てて、何かを考え込むように俯き始めた。
「アインス!」
すると、人ごみから解放されたカルミナが血相を変えてアインスの下へ走ってきた。
アインスを庇うように自分の下へ引き寄せ、ギルホークをキッと睨む。
「……私の仲間を随分と威圧していたじゃあないか? 粗相は働いてないだろうな?」
「斥候としてのアドバイスを頂いていただけです」
真偽を伺うようにアインスを横目で見ると、アインスもコクコクと頷いた。
暫くギルホークを睨んだ後、敵意を解くように小さく息を吐く。
「冒険者とは同格ですが、リーダーとしては後進であるはずのあなたに随分と差をつけられました」
「それがどうした?」
顔見知りではいるようだが、余り仲良くはないらしい。
誤解が解けた今でも、カルミナのしかめっ面は取れない。
「大胆なドレスですね。昔のあなたなら着なかったでしょうに」
カルミナの身に着けたドレスを見て、ギルホークが不思議そうに感想を漏らした。
カルミナに用意されたドレスは、肩を大胆に露出させた深紅のドレス。カルミナのイメージにはぴったりだが、カルミナが過去につけた痣も露わになったデザインのものだ。
雅な肌色から、不気味に変色した紫の痣。
痣のついた経緯を知っているのか、「貴方にとっては傷そのものでしょう」と訊ねるギルホークに、カルミナが小さく笑ってから胸を張る。
「もう傷じゃない。仲間を護った名誉の証だ」
強がりでもなく、誇らしげに痣に手を当てたカルミナを見て、少しだけ悔しそうにギルホークが目を閉じた。
「……なるほど。リーダーとして、やるべきことが分かりました」
満足したのか、「それでは」と背を向けたギルホークの背中をアインスが「待ってください!」と慌てて呼び止めた。
「あの、ギルホークさんって、この場にいる他の冒険者さんにも顔が効きますよね?」
「? ええ。これでもSSランク冒険者ですから」
不意に呼び止められ、アインスの問いの真意がわからず首を傾げる。
一方のアインスはというと、ギルホークの返答に安堵した様子だ。
「良かった……。お願いがあるんですけど、僕のこと他の冒険者に紹介してくれませんか?」
「一人でもできるでしょう。それくらい」
「いえ、ギルホークさんも一緒がいいんです。至急、名前を売らなくてはいけなくなって……」
訳ありな様子に、ギルホークは少し考え込んでから「いいでしょう」と頷いた。
「その代わり、次のSランクダンジョンを攻略するとき、私も同行させて頂きたい。Sランクギルドの実力を確かめたいので」
「ああ。その時は歓迎しよう」
カルミナも了承し、契約成立。
カルミナとギルホークに紹介される形で冒険者と触れ合い、アインスはこの慰労会に参加している全ての冒険者と交流することができた。
会はカルミナが簡単な挨拶の後、ギルドの抱負を皆の前で宣言した後、シャノンが会をその場を総括して終了した。
「いや~、飯は美味いし、顔なじみには会えるし、良いパーティーだったわね」
「僕は挨拶回りでヘトヘトです……」
思う存分パーティーを楽しんだミネアと違い、アインスはぐったりとした様子でパーティー会場を後にした。
今まで斥候として他の冒険者から冷遇されてきたこともあって、カルミナたち以外の冒険者に顔を売るのは緊張した。
そんな懸念は杞憂だったようで、他の冒険者たちはアインスを冷遇するどころか、初のSSランク斥候ということで、称賛したり感歎したりと歓迎ムードだったが。
斥候が冷遇されるのは低ランクギルド特有の文化だという話は、都市伝説ばかりだと思っていたが、そんなことはないらしい。少なくともこの式典に招かれた冒険者たち皆は斥候の重要性を理解していた。
そうでないものはスケイルが弾いただけかもしれないが、自分の所属していたブラックギルドが異端だったと実感できたのは収穫だ。
「だけど、へばっているわけにもいきません」
「……何かわかったのか」
アインスが体に鞭を打つように曲がっていた背筋を伸ばす。
それにつられて、カルミナとミネアも表情を引き締めた。
「……取り敢えず宿に向かいましょう。そこで全てを話します」
確証を得たにしては、何やら後ろめたそうなアインスに、カルミナとミネアも物憂げに目を細めた。
光源石の外灯が淡く照らす連盟の街を、少しだけ小さな歩幅で歩きながら、アインスたちは宿へと戻っていくのだった。




