慰労会
「【一番星の集い】の皆さまですね。お待ちしておりました」
慰労会の会場は、スケイルが用意してくれた宿の中に備え付けられている大宴会場だ。
凡そ1000人収容可能な大宴会場は、いつもは他国の重鎮を招いての食事会や、連盟と同盟関係にある諸国の王族の結婚式などにも利用されるらしい。
受付の者が冒険者証を見て、名簿にチェックを入れてくれたが、そこに記載された名前の数もかなりのものだ。
身だしなみを整えながら会場に入ると、既に多くのっ冒険者で賑わっており、机に並べられた料理や飲み物を手に、各々が自由に語り合っている。
首に提げられている冒険者証の色を見るに、Aランク以上の冒険者しか集められていない。連盟全体で見ても上澄みの者しか集められていないのだろう。
「ミネア。飲みすぎるなよ」
「わかってまーす」
慰労会は立食パーティーの形式で行われるらしい。会場に入るやいなや、ミネアは近くにあったワインのグラスを手に取り、グビグビと飲み始めた。
ミネアを窘めながらも、カルミナはアインスと二人分の料理を小皿にとりわける。
「お、3人とも来ましたね。お疲れ様です」
「お、シャノンお疲れ。飲んでる~?」
「あはは。これから一応会の幹事ですから、そんなに飲めませんよ」
ドレスに身を包んだシャノンがグラスを手に話しかけてきた。
ミネアがグラスをコツンとあてると、シャノンが苦笑しながらも、少しだけワインを口にする。
「ミネアさんもあまり飲みすぎないでくださいよ。後でSランクギルドに昇格されたギルドは表彰があるんですから」
「え?! 聞いてないんだけど?!」
「私も聞いてないんだが……」
「でしょうね。『挨拶考えといて』との言伝を頼まれましたから」
そういうことを直前に連絡するんじゃない。
スケイルの顔を思い浮かべたカルミナたちが、恨みがましい面持ちになった。
「会は10分後から正式に始まる予定です。表彰は式の後半ですから、それまでにご用意をお願いします」
そう言い残して、シャノンはパーティー会場の登壇場の付近へと戻っていった。彼女は彼女で準備があるのだろう。
「挨拶って何を言えばいいんだ……?」
「適当でいいじゃない。『Sランクギルドとしてがっぽり稼ぎまーす』とか」
「そこは『頑張ります』とかにしましょうよ……」
簡単でいい、とは言われても、わざわざ時間を設けてもらう以上、ある程度は中身のある挨拶を用意しなければならないだろう。
せっかく料理を取り分けたのに、食事のペースが目に見えて落ちる。
そんなこんなしているうちに、会場が賑わい始め、シャノンが登壇し開会のあいさつを始めた。
「本日はお忙しい中、連盟記念式典に足をお運び頂き、誠にありがとうございます。慰労会の幹事は私、シャノンが務めさせて頂きます。では、まずは連盟党首様から、皆様へのメッセージを頂きましたので、私から読み上げさせていただきます」
シャノンが羊皮紙を取り出し、その内容を読み上げ始めた。
「『この度は連盟設の周年記念式典に参加していただき、誠に感謝しております。近年はダンジョンの発生件数も増加の一途をたどっている中、皆様方のご活躍により——」
シャノンがスケイルからのメッセージを読み上げていく。
内容を要約すると、ダンジョンの発生が増加傾向にある中、被害が例年よりも減少したのは、一重に連盟所属の冒険者の頑張りのおかげであり、感謝しつつもこれからの更なる活躍に期待しているとのことだ。
一部冒険者はスケイルからのメッセージに感心した様に頷くも、スケイルの顔を知っているカルミナたちからすれば、こんな余所行きの体で用意された文章を聞かされても複雑だ。
本人はもっと適当な人間だ。
「では、暫くの間ご会食・ご歓談をお楽しみください」
シャノンがその場を締めくくると、会場が一気に賑わい始めた。近くの冒険者と会話を始める者、用意された高級な料理や酒に群がる者、様々だ。
「お、ミネアじゃん。お久~」
「相変わらず元気そうね」
「ちょっとちょっと、アルにリトじゃない! 久しぶり~」
早速ミネアの下に二人の女性冒険者が寄ってきた。
感じる魔力の波長から、魔導士仲間なのだろう。首飾りからランクはAランク。話しぶりから察するに昔からの顔なじみか。
「あんたまだSランクで留まってんの? さっさとSSランクなっちゃいなよ」
「金が絡むとバカやるから、そこのところ危惧されてんじゃね?」
「んなわけないでしょ。一重に実力が足りないのよ」
理由を理解している辺り、ミネアに対する理解度が高い。
「おーい、皆! ミネアいるわよ~」
アルと呼ばれた冒険者が人ごみに向かって手を振ると、ミネアの下にぞろぞろと冒険者が集めり始め、和やかに会話をし始めた。
「ミネアは顔が広いからな」
基本的に人当たりはよいので、交友関係は広いのだろう。
驚くアインスにカルミナが補足する。
「どれ、私たちは向こうの方で食事を楽しむとするか——」
「【一番星の集い】のカルミナさんですか?」
アインスと共に、食事を摂りに行こうとしたところ、不意に横から声をかけられた。
「私はAランクギルド【竜の牙】でリーダーを務めています、アイゼンと申します。よろしければ向こうでギルドリーダー同士の集まりがありますので、歓談などいかがでしょうか」
「あ、私は——」
「カルミナさん、行ってください」
気を使って、様子を伺ってくるカルミナに、アインスは歓談へ赴くよう、笑って促した。
「それもギルドの仕事ですから」
「……そうだな。行ってくる」
アインスに後押しされ、カルミナはアイゼンと名乗った【戦士】の男に連れられ、人だまりに溶け込んでいった。
ギルドリーダー同士で交流するいい機会だ。その機会を奪ってしまうのは勿体ない。
「……」
賑わう会場で一人取り残され、アインスは小さく息とつきながら。料理を口に運んだ。
SSランク冒険者になったとはいえ、カルミナやミネアと違って自分にはまだ、冒険者同士の人脈と呼べるようなものがない。
人の中で語らうカルミナやミネアの姿を見て、自分もいつかああやって、凄い冒険者の輪の中に混じることができるのかという不安と、まだ自分は肩書だけで、SSランク冒険者としてはまだ何も成していないという実感がわいてきて、少しだけ胸が締まる思いだ。
とはいえ、せっかく他の冒険者と話せる機会だ。上手く有効活用しなければ。
そう思って、フロアを歩いていた所で、
「アインスさんですね?」
清掃に身を包んだ、背が高く、眼鏡をかけた強面の男性に呼び止められ、アインスはビクッと身を固めた。
胸元に輝く金水晶の冒険者証。カルミナやナスタに続く、SSランク冒険者の一人。
「あ、あの……あなたは……」
「……これでもあなたと同じ、SSランク冒険者なんですがね。まさか私の名をご存じないとは」
慌てふためくアインスを見て、呆れたようにため息をついてから、メガネの男はSSランクの冒険者証を改めて見せつけながら、向かい直る。
「役職【弓士】、あなたの先輩にあたるSSランク冒険者。ギルホークと申します。向こうでご歓談などいかがでしょう」
ご歓談、などと言っているが、アインスを見つめる視線は対抗心を剝き出しにした、ギラギラと鋭い視線だ。とてもご歓談などできるような雰囲気ではない。
「……」
「嫌ですか?」
「……いいえ」
はい、と反射的に答えそうになるのを何とか堪え、ギルホークと呼ばれた男に連れられ、人気のない隅の方へと身を寄せた。
いったい何をされるのだろう。緊張でガチガチに身を固めながら、アインスはギルホークとの会話を始めるのであった。




