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周年記念式典前の賑わい

 

「そもそも、周年式典なんかに私たちが出席する必要があるの?」

「しょうがないだろう。スケイルが来いって言うんだから」


 最寄りの支部に向かう道の途中、ミネアが愚痴を吐くと、カルミナも辟易した様子でスケイルから送られてきた指示書を取り出した。


 Sランクに昇格し、様々な難易度のダンジョン攻略依頼を受注できるようになった今、様々なダンジョンを巡り稼いでいこうと決めた矢先だった。


 突如として現れた文通鳥(メールバード)が、連盟の印が押された指示書を送ってきたのだった。


 要約すれば、1カ月後の連盟設立の周年記念式典には必ず出席しろとのことだ。


「この前行われた式典には、別に来なくていいって言っていたのだが……」


 本来は連盟の権威を世界各国に誇示するための催しであるため、いくらSSランク冒険者とも言えども、出席の義務はないらしい。

 可能性があるとすれば、カルミナのギルドがSランクギルドに昇格したことだろうか。


 Sランクギルドが増える、即ち、高難易度のダンジョンを攻略できる戦力を、連盟がさらに保有することを意味する。

 連盟の力と権力をアピールするのには、うってつけの存在なのは間違いない。

 客寄せパンダの如く扱われるのは、気分が良くないが。


「あたし、どこぞの国のお偉いさんたちに愛想振る舞うの嫌よ~?」

「そんなこと言ったら私だって嫌だぞ」

「僕も」

「なんだ、皆気持ちは一緒じゃない。じゃあうまく理由をつけてバックレれば——」

『許すわけないだろうそんなこと。ぐちぐち言ってないでさっさとこい』


 ミネアが悪だくみを始めた矢先、突如としてカルミナの冒険者証が輝き、そこからスケイルの声が響き渡る。

 突然の出来事に、ギョッと目を剥いて、3人は身を固めた。


「ちょっ?! いきなり出てくんなっての?!」

『どうせミネアちゃんが、サボろうと画策しているんじゃないかと思ったら案の錠だったよ。サボったら給料カットするからな』

「ああ?! 行きます⁉ 行かせて頂きますーーーー‼」


 慌ててミネアが発言を改めると、やれやれとした息遣いが聞こえた後、金水晶が輝きを失った。


「なんでこっちの様子がわかんのよ……。エスパーか、あいつは?」


 緊張から解放された一行が、気疲れした様に息を吐いた。

 釘を刺されたことによって、しらばっくれるわけにもいかなくなった。


 悪あがきは諦め、重くなった足で最寄りの支部に立ち寄った一行は、受付へスケイルの書物を見せた後、連盟本部への転移の巻物を受け取った。

 本部へ移動するための船が用意されている小島に転送され、そこから霧のカーテンで覆われた連盟本部がある島へと移動した。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「流石、式典とだけあって賑わっているわね~」


 足を踏み入れた本部の街並みは、以前に来た時よりも綺麗に着飾られていた。

 人混みは相変わらずだが、市場や宿の建物には連盟の旗が立ち並び、人の量に対して道は塵や石が見当たらない程綺麗だ。


 よくよく見れば、他所の国の権力者と思わしき者たちが、護衛の者を連れて往来している。

 傍には連盟に所属する高ランク冒険者が控えていた。街の案内の任のようだ。


「政治のためとはいえ……よくもまあ高ランク冒険者をこんな雑用に使えるわ」

「……とはいえ、前回よりも多い気がするが」


 いくら周年記念式典とはいえ、ダンジョンは常日頃各地で発生しているわけで、魔物の被害も同様である。

 全員を出席させるわけにもいかないはずだ。カルミナの口ぶりからすれば、少し歩いただけでも感じ取れる程度には、高ランク冒険者が集められているように思われる。


「僕たちも案内を任されるのでしょうか?」

「流石にないでしょ。来賓より後に来ていいわけないし」

「取り敢えず本部に行けば分かるだろう」


 人混みにぶつからないよう気を付けながら、カルミナたちはスケイルが待つであろう連盟の本部に辿り着いた。

 大広間の指定された場所に行くと、「よう」とスケイルが軽く手を振ってくる。


「待ってたぜSランクギルド諸君。サボるんじゃないかと冷や冷やしたぜ」

「あんたこんなところで何してんのよ。党首としての仕事は——」


 と口に仕掛けたところ、スケイルがミネアの口に人差し指を当てた。


「……一応僕、世間的には謎の人間なんだ。簡単に正体をばらしてくれるなよ?」


 ああそうだった、とミネアが口に手を当てる。

 連盟の一部高ランク冒険者はスケイルのことを知っているが、一般的に連盟の党首というのは、名前以外の情報がわからない謎の人物だ。

 連盟の設立時期からなんとなしに年齢を予想するしかない。世間には高齢の人物だと思われており、目の前の優男が連盟党首などとは思わないのだろう。

 釣り大会で党首様、と呼ばれてはいたが、周りの者が反応しなかったのはそのためである。


「別に知られても問題はないんだけどね。謎の存在ってしておいた方が、都合がいいことが多いんだ。……式典の間はナスタに頑張ってもらうのさ」


 スケイルがクイッと親指で人だまりを示すと、各国の権力者たちが挨拶に来るのを、ナスタが丁寧に対応している様子が見て取れた。

 世間話を交えながら、どうやらスケイルとの面会を希望しているようだ。ナスタが党首との中継役として機能しているのだろう。表情はいつもと同じく変化に乏しく、淡々とした様子だが、何十人の権力者に詰め寄られるのは大変そうだ。


「これはこれは、【緋色の閃光】様ではございませんか」


 ナスタの様子を遠目で見ていた所、身なりの良い服装の髭を生やした中年男性が、カルミナの下に寄ってくる。


「始めまして、私、東方で冒険者の方々が利用する装備品やアイテムを取り扱っております、【ウィルビンス商会】の会長——ウィルビンスと申します」

「え、ああ。はい……」


 スケイルを半分押しのけて、体を割り込ませた男に、カルミナたちの表情が固まった。


「この度は新しくギルドを設立されたとか。ぜひ攻略準備の際には我が商会の商品を贔屓にしていただきたく、ご挨拶をと思い——」


 名刺を出してカルミナに愛想を振る舞いてくる男に対応しながら、カルミナは冷や汗をかきながらスケイルの様子を伺った。

 どうやら連盟の市場の方で商店を構えているらしい。カルミナにはその上客になってもらいたいのだろう。


 なるほど、高ランクギルドのリーダーになれば、こういうこともあるのかと思いながらスケイルへちらりと目線をやると、




「【ウィルビンス商会】ねえ……覚えたぜ~」


 邪悪な笑みを浮かべて、男の背中を見つめるスケイルの姿がそこにあった。

 この男には申し訳ないが、少なくとも連盟の傘下でウィルビンス商会が繁栄することはなさそうだ。


 そもそもスケイルが自分の正体を秘匿しているのが原因でもあるのだが、こういったアクシデントに巻き込まれた際に、後に秘密裏に報復するのも楽しみの一つではあるのかもしれない。


 誰であろうと無礼を働いたこの男の非ではあるのだが、そういうことを楽しみにする辺りスケイルの性格も歪んでいる。


 するとカルミナに気が付いた有力商人や各国の権力者たちが、一気に群がって寄ってき始める。


「あの……ちょっと……」


 一気に人混みの中に追いやられ、困った様子でアインスたちに助けを求める視線を送るが、スケイルはアインスたちを招いて離れた所へ行ってしまった。


「名のしれた冒険者は大変だねぇ」

「名前だけならあなたも知られているでしょうに」

「で、今日は何で私たちを呼んだの? お偉いさん共のガイドなんて御免なんだけど」

「式典が始まるまでは、カルミナと一緒にお偉いさん共に顔を売ってきなよ。うざったいジジイどもだが、ギルドとして活動するなら、仲良くしておけば色々役に立つ」


 やはり今日呼ばれたのは、各国の権力者たちにギルドの名を売らせることが目的か。スケイルとしても新しいSランクギルドの創立は、連盟の地位をアピールする絶好の機会にもなる。


「じゃあ式典が始まったら帰っていいの?」

「いや、その後は城の周りを警護して欲しい。アインス君が適任なんだよ」


 確かに、周囲を警戒するのにアインスの探知眼は最適だろう。だが、わざわざアインスを指名してくるということは、


「……何かあったんですか?」


 アインスの探知眼で警戒しなければいけないような何かが起ころうとしているのではないかと、アインスが推測し眉をしかめる。

 真剣な表情になったアインスたちを見て、スケイルは余裕の笑みを崩さずに「特に何も」と答えた。


「だが、こんだけお偉いさんが集まっているんだ。何かを起こそうと企む輩がいてもおかしくないだろう。いつもなら僕の探知眼で警戒するんだが、今回は君がいるからね。たまには楽させてもらうとしよう」

「ええ?! 楽したいだけですか?!」

「いいだろ~別に。今までは僕がやってきたんだ。部下として上司に少しぐらい楽させてくれよ」


 肩を組んで、頬を寄せてくるスケイルに嫌そうな顔になるが、スケイルが誰からも見えないように、服の内側についていたポケットをむしり取り、アインスの服に隠す。

 瞬間的に怪訝な表情になったアインスの背中を「じゃ、警護は任せた!」とわざとらしく強く叩いて崩し、スケイルはその場を去っていった。


「結局なんだったの? あいつ?」

「……」


 近くにいたミネアですら気付かない素振りで何かを渡してきた。

 わざわざ隠すあたり、この場で開けていいものではないだろう。


 カルミナが一通り有力商人や権力者たちに挨拶を終えるまで、アインスたちは目立たぬよう隅の方で待っていた。

 疲れた様子でカルミナが戻ってくると、「休憩でもしませんか」と、不自然に見えないように城の外へ誘導する。


 出ていくときに、一瞬だけスケイルと目が合った。


 いつも通り不遜な笑みを浮かべて、人ごみの中に消えていくスケイルをよそに、アインスたちは城の外へと歩いていった。


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