スペシャルな戦果
カルミナは足元に転がっていた小石を拾い上げ、すぐさま背後に向かって指で弾いた。
「――キャン‼」
細い指から弾かれた小石が、銃弾のように速く真っすぐと飛びながら、背後に忍び寄っていた鋼爪狼の長の目を潰す。
「カルミナさんからちょうど6時の方角に、一際大きい鋼爪狼の反応があります。恐らく群れを仕切る長です。足元の小石で、そいつの目を潰してください」
アインスが最初に指示した作戦はこのような内容のものだった。
鋼爪狼の狩りを仕切るのは、群れの長。
その長の出鼻をくじいたことで、周囲の鋼爪狼に動揺が走る。
「よおし、逃げるぞ少年!」
「そのまま真っすぐ走り続けて!」
鋼爪狼が怯んでいる隙に、カルミナはアインスの小さな体を右手で抱えて走り出した。
落ち着きを取り戻した鋼爪狼の長の遠吠えを皮切りに、鋼爪狼の群れがカルミナたちの後を追う。
(……この人本気出して走っていない)
鋼爪狼の最大速度は時速100kmほど。そんな俊足の魔物たちの追跡を、カルミナは息一つ乱さず、涼し気な顔で躱し続ける。
つかず離れずの距離を保ち続け、まるでチェイスを楽しんでいるかのようだ。
身を襲う空気抵抗に、アインスが必死に耐えていた所、突然鋼爪狼たちが、カルミナを追うのをやめた。
「縄張りに入りました!」
報告をしながらも、アインスは【探知眼】を発動し、森の主との距離を測る。
森の主の正体は『ミスリルホーンライノ』。ミスリル製の角を持つ、全長10mほどの巨躯を持つサイ型の魔物だ。体の重量は50トンほどにもなり、城壁を貫くような角の一撃や、大砲を一撃でも傷つかないような硬い皮膚が脅威となる、Aランクの魔物だ。
「500m先にいます! こっちに向かってくる!」
「殺すか?」
「ダメです! あいつは森の生態系の頂点。殺すと森の生態系が乱れる! 戦意だけへし折って!」
「いい判断だ。ぽっきりへし折ってやろうじゃあないか」
走りながら、カルミナはアインスの指示に頷いた。
森の奥から、大地を震わすような振動と共に、森の主であるミスリルホーンライノが、興奮した様子で迫ってくる。
縄張りに立ち入られたことで怒り狂っているのだろう。
人間の里に入れば、下手をすれば一体で集落を壊滅させるような力を持った巨大な魔物。
そんな脅威を目の前にしても、カルミナは余裕の笑みを崩すことはなく、アインスを抱えたまま、左手に握った剣を、ミスリルホーンライノに向かって振りかざす。
一瞬の決着だった。
ミスリルホーンライノの突進に合わせて、カルミナが跳躍しながら剣を振るう。
大砲の一撃でも傷一つ付けられないミスリルホーンライノの部位の中で、最高の硬度を誇るミスリル製の角。その角を剣の一振りで軽々と切断した。
「戦利品だ。少年」
宙を舞うミスリル製の角を、カルミナが空中で器用に足で弾くと、放物線を描いたミスリルの角がアインスの懐に吸い込まれた。
一番の武器を一撃で切り落とされ、生物としての格の違いを見せつけられた森の主は、呆然とした様子でその場に立ちすくんでしまっていた。
剣を振るえるのはただ一度。
カルミナは剣を鞘にしまい、アインスの指示する方向へ走り続ける。
念のため【探知眼】で辺りを探るが、ここから森の出口付近までは森の主の縄張りだ。それに立ち入る魔物や危険生物の反応はない。
つまり、後は出口に向かうだけのイージーゲーム。
「ちょうど夜明けだな」
木々の隙間を縫って外に出ると、ちょうど地平の果てから太陽が少しずつ顔を出し、世界を明るく彩り始めた。
「どうだ、君の能力は。中々にスペシャルだったろう」
カルミナはアインスを地面におろすと、その手からミスリル製の角を取って、朝日に照らして笑って見せた。
思わず感嘆の声が漏れてしまうほど、世界が今までで一番輝いて見えたのは、夜の森から出たばかりだからではない。
自分の本当の価値に気が付いてくれて、
自分の能力を伸ばしてくれて、
この先どう生きていけばいいか希望をくれて、
そんな女冒険者の笑顔が、背後で輝きを放つ太陽以上に輝いて見えたのは、カルミナが自他共に認めるような『いい女』だったからなのだろう。
「さて、ゲームをクリアすれば、チャンスを与える約束だったな」
朝日を背に、カルミナは改まった様子で話を切り出した。