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元ブラックギルドリーダーのその後④ ~人間である条件~

 

 リードが静かにドアを開けると、ファルアズムががっかりしたように頬杖をついた。


「……聞いていたのか」

「どういうことだ。俺を殺すって」


 ファルアズムに訊ねたが、「当然だろう」と返答を寄越したのはスケイルだった。


「ギルドランク昇進試験の際に試験官の殺害。そして君が起こしたダンジョンブレイクが原因で、各地で計28名の死傷者が出ている。情状酌量の余地はないよ」


 違う、そういう意味じゃない。何故俺を殺すことが既定路線であるかのように、ファルアズムに話がふられているのか。

 ファルアズムに視線を投げたリードを見て、「ああ、そういうことか」とスケイルが息を吐いた。


「君の下にファルアズムを送ったのは僕だ。最終的に殺すのであれば、好きにしていいと言った上で」

「俺を生かしてくれるんじゃなかったのか?! お前の研究を手伝えば、俺は生き延びれるんじゃなかったのかよ⁈」


 生き延びれるからこそ、やりたくもないことに手を染めてきた。

 それが全部、自分を都合よく使うための嘘だった?


 怒りの声を上げるリードに「おい」と冷や水を注したのはまたもスケイルだ。


「君はそれだけの人間を殺しておいて、何で生きることが許されると思っているのかな」


 怒りが一瞬で沈下するほど、恐ろしいほどに静かなスケイルの問いが、リードの体を委縮させた。

 何か、何か弁明をしなければ。

 恐怖で錯乱する頭を必死に働かせ、必死に記憶をさかのぼって言い訳を考える。


「あの時は……殺すつもりじゃ……」

「危険なダンジョンの中で、意識を奪って放置だなんて、逆にどんなつもりだったんだい?」


 故意かどうかは関係ない。やったことは意識の無い人間をそのまま水に沈めるのと同じ。

 スケイルの逆質問には答えらない。どう答えようが自分を正当化する術はない。


「人殺しがどう弁明したって、無意味だぜ」


 そもそもどう言い逃れようが、スケイルは聞き入れる気はないらしい。

 人殺しというワードに反応したリードが、オドオドした態度から一転して逆上し始める。


「てめえらだって一緒だろ……」


 低く呟いた後、爆発するような声が部屋に響き渡った。


「てめえらだって人殺しじゃねえか⁉ こんな施設作って、人間を実験動物のように扱って何だ?! 俺のことをどうこう言える立場じゃないだろうが‼ 何で俺がお前らなんかに殺されなくちゃならないんだ?!」

「ここにいる死刑囚たちは人間じゃないぜ?」


 予想だにしていなかった回答に、再びリードの思考が止まる。


「いや……何を言って……」

「生物学的な話じゃないよ」


 呆然とするリードに顔だけ向けて、スケイルは椅子の背にもたれかかったまま続ける。


「多種多様な価値観を持つ者が生きる世界だ。正義だ悪だなんて地域や時代によって変化していくものだし、僕はそれを定義づけるつもりはない。……が、多くの価値観が交わる世になったからこそ、真っ当な人間が理不尽に傷つかないよう、人間である条件ってのは定義づけておく必要があると思うんだ。——その条件って、なんだと思う?」


 答えられず、呆然と見上げるリードを鼻で笑ってからスケイルは続ける。


「他者の最低限の尊厳を故意に傷つけないこと。具体的に言えば命だよ。ここにいるやつらはそれを奪った。だからこんな目にあっている」


 そういってリードを見下ろすスケイルの視線は、まるでゴミを見るかのような冷たい目をしていた。


「俺は……故意にやったんじゃ……」

「そうだとして、限度ってやつがあるだろう」


 指をピストルの形にしたスケイルが、指先をリードに突き付けた。


「人間を傷つける意志があろうがなかろうが、人間を何人も殺した獣がいたら、僕らはそれを殺すだろう? それと一緒だ」


 スケイルにとってそうであるからこそ、先ほど『害獣』とリードを揶揄した。

 もうこの男に何を言っても届かない。言葉は通じても話は通らない。

 それでも死にたくない一心で、涙や鼻水を溢れさせながら、ほとんど濁って聞き取れない声でリードは縋った。


「まだ、わからない……改心の余地がある……」

「それ以上に、償うべき確かな罪がある」

「もう絶対しない……反省している……」

「反省と後悔は意味が違うぜ」


 なおも縋ろうとするリードの言葉を、丁寧に丁寧に一個ずつへし折っていく。

 とうとう嗚咽を漏らすだけとなり、まともな言葉を発せなくなったリードの頭に、ポンと手を置いて、スケイルがにっこりと笑って告げた。


「まあどっちにせよ、続きは地獄でやってくれ」


 スケイルは席を立ちあがると、「明日までには全て片付けろよ」といって部屋を去っていった。スケイルの後をナスタが追って部屋を出る。

 全ての中に、自分が含まれていると気が付いたリードは、何も言わず、只々その場で座り尽くしていた。


 スケイルが去って、静寂が訪れた部屋で、「ようやく出ていったよ……」とファルアズムが背筋を伸ばした。


「……もうちょっと使ってから、殺すつもりだったんだが」


 膝をつくリードに、かったるそうな動作で席を立つ。

 ああ、こいつに殺される。


 頭に手を添えられ、鼻水と涙でぐちゃぐちゃに顔が汚れたリードは、死を悟ったように静かに目を閉じた。


「……なあ、あいつムカつかないか?」


 だが、いつまで経っても自分は死ぬことがない。

 ふとファルアズムが添えた言葉に、異変を感じ取ったリードがゆっくりと目を開けた。


「君が助かる方法、一つだけあるぜ」

「……それは、一体……?」

「君を殺すのが、あいつが決めた法であるのならば——」


 まだ意識がはっきりとしないリードを労わるように、ファルアズムは優しい笑みを浮かべて告げた。


「あいつが作ったもの、全部壊すんだ。連盟も法も何もかも」


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