閉幕・釣り大会
大会から数日後、スケイルがカルミナたちが泊まっている宿に顔を出してきた。
「よお大会荒らし諸君! 気分はどうだい?」
「最悪だ。失せろ」
今日はシャノンを連れてはいないらしい。ナスタと共にウキウキとした様子だ。
ドアのチェーンをかけたまま、隙間から殺気溢れた視線でスケイルを睨む。
そんなカルミナの視線を気にも留めず、スケイルは開けろと言わんばかりに、ドアのチェーンを指差した。
無視してカルミナが扉を閉めると、何度も何度も耳障りなノックを続ける。
観念したカルミナが、仕方なしにドアを開け直す。
「いい顔するようになったね。育ての親として嬉しいよ」
「用件はなんだ」
「そう急くなよ。アインス君たちの様子はどうだい?」
カルミナの許可も取らず、ズカズカとナスタと共に中に入って二人の様子を伺った。
ミネアは相変わらず寝込んでいて、スケイルの様子に気が付いていない。
嘔吐用のバケツを横に置きながら、ベッドで寝ていたアインスが気分悪そうな顔で起き上がる。
「元気そうで何よりだ」
「どの口が言ってんですか。帰ってください」
「つれないねえ。用が済んだら帰ってやるよ」
白々しい返事にアインスも眉をしかめるが、スケイルは無視して一枚の紙を取り出した。
「ギルド名、考えたかい? さっさと決めてくれ。仮登録じゃかっこが付かないと言ったろう」
どうやら用件はそれらしい。
カルミナは紙を受け取ると、アインスの方に目線を送って、互いに頷きあってから、紙にギルド名を記入した。
「……【一番星の集い】か。発案者は誰だい?」
「アインスだ」
説明を求めるようにスケイルが視線を投げた。
スケイルの真剣な眼差しに、アインスも改まった顔で説明を始める。
「夜空で最初に輝く星……誰かが困っているときに、心の闇を真っ先に晴らす、『きっかけ』の星——そんな人たちが集まるギルドになればと思って……」
「……そうなることが、君にとっての夢かい?」
「はい。それが僕の夢——」
スケイルの問いに、アインスは力強く笑って答えた。
「それが僕の、浪漫です」
浪漫、という言葉に、スケイルがほんの少し目を丸くした後、すぐさま顔を隠すようにドアの方へと振り返る。
「やがてギルド皆の浪漫になる」
アインスの言葉にカルミナが付け加えると、「ふーん」とスケイルが小さく唸る。
「ずいぶんとしょぼい目標だね」
「……はあっ⁈ スケイルさん、どういう——」
「もっと高い目標を持ちたまえってことだよ」
浪漫を馬鹿にされたと思ったアインスが声を荒げるも、無理やり言葉を被せ、アインスの言葉を封殺する。
不機嫌そうなアインスに少しだけ目をやってから、「素っ頓狂な名前を付けられるよりましか」と、似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべながら、スケイルが紙を天井にかざして見やった。
「カルミナ。そういうギルドにしたいなら、僕の猿真似は終わりにしろよ」
スケイルの言葉に、ビクッとカルミナは顔を赤くした。
来た時よりも小さな歩幅で、スケイルは部屋のドアを潜り、この場を後にしようとした。
「アインス君」
そして去り際に、閉じかけたドアの隙間からスケイルが告げる。
「頑張れよ」
「……え?」
「あと、ミネアちゃんは普段の素行を改めること。彼女が暴走するとろくなことがないからね」
まるで照れ隠しをするように、ミネアを落ちに使ってスケイルたちは部屋を後にしていった。
不思議なものを見たような顔で、アインスたちは互いの顔を見合わせる。
「……なんか、妙に優しくなかったか?」
「ですね……かえって気味が悪いです」
自分たちと違って、変なものは食べていないはずなのに、不思議と穏やかな態度だったスケイル。
一個人と党首の顔を使い分ける彼であったが、先ほどのは間違いなく、一個人としての顔だった。だからこそ素直な激励の言葉が出たのは意外だった。
「……カルミナさん。やっぱりスケイルさんの真似してたんですね」
「……!」
恥ずかしい所を突かれ、カルミナが顔を赤らめる。
暫く視線を逸らした後、「……気付いていたのか?」と尋ね返す。
「……口癖とか、立ち振る舞いとかどことなく」
初対面の時に、位の高い冒険者としてアインスに接してくる様や、ギルドランクを効率よく上げようと清濁を交え、騎士団と交渉する様、そして宿泊の宿や会議の時に高い店を選んで、さりげなく財力や立場の違いを見せつけてくるのは、今思えばスケイル譲りのものなのだろう。
インシオンのスタンピード後、そういう振る舞いは目に見えて減った。だが、アインスに信頼されたいと被ったベテラン冒険者の仮面のモデルは、スケイルなのは間違いない。
「……昔の恋人にフラれて病んでいた時に、ミネアに言われたんだ。『リーダーをやるなら、いつまでもしょぼくれてないで堂々と振る舞え』と」
「堂々……それで、スケイルさんを?」
「ああ。……人間としては嫌いだが、冒険者として……組織のリーダーとしては尊敬していた。自分に自信が持てないときに、リーダーとして誰を参考にするか考えた時、あいつしかないと思ってしまったんだ。……結果、仲間が欲しかった私とっては、最悪の選択だったがな」
自虐交じりにカルミナが笑う。
確かにスケイルは、人間性は最悪だが、党首としては世界最高の地位に君臨するほどの手腕の持ち主だ。
清廉潔白とは言えないものの、清濁を上手く使い分け、連盟という組織を他国へ不利益を与えることもなく強大な地位に押し上げている。
攻略情報を独占し、力を拡大し続ける連盟を妬む声も多いが、それ以上にダンジョンという脅威から世界を守っている功績があまりに大きい。
カルミナの『信頼できる対等な仲間が欲しい』という願いにはそぐわなかったものの、リーダーとして参考にするには適任だったのだろう。ただ、スケイルのやり方は自分を絶対的な党首に置いて組織を形作る方法で、カルミナの目的にはそぐわなかったが。
「嫌いだけど、感謝していた。私が冒険者として——今、1人の人間として皆の傍にいられるのは、あいつのおかげなんだ」
一通り思いのたけを吐いた後、カルミナは「スケイルには絶対言うなよ」と人差し指を立てる。
旅を通して人間としての『自信』を手に入れたからこそ、自分に対して反抗的になったカルミナを『いい女』と評したのだろう。
仲が良いとは思わない。だが、確かな『信頼』という絆が二人の間にあった。
歪な信頼関係ではあるが、蔑ろにされているわけではないのはありがたいところか。
穏やかな表情のカルミナを見て、スケイルの言葉を思い出したアインスは、少し複雑そうな表情になった。
「カルミナさん、僕の浪漫……そんなにしょぼいですかね……?」
「ははは。あれはそういう意味で言ったんじゃあないよ」
気落ちしながら尋ねるアインスの様子が可笑しく、カルミナは軽い声で笑った。
スケイルは言った。もっと高い目標を持てと。
言い換えれば、「君はもうそんな存在になっているだろう」ということだ。
つまり、遠回しにアインスを褒めたのである。素直に褒めないのは気恥ずかしさからか。
今は怒りで考えが回っていないが、アインスであれば言葉の真意に気が付くのもそう遠くはないはずだ
「まあ、スケイルとしては、世界一の斥候になるとか、そんな答えを期待していたんじゃあないか?」
フローゼの報告書の一件といい、スケイルは従順な人間と深くつながっていたいわけではない。
一冒険者として連盟に貢献しながらも、自分に臆せずに物申せるアインスには、もっと別な目標を据えて欲しかったのだろう。それこそ、冒険者として威厳を持つために、自分の地位や権威を高めるような。
「でも、自分じゃない誰かを思いやることのできる——そんな君の優しいところが、私は好きだよ」
カルミナがそう言って微笑むと、アインスの胸がドキッとはねた後、頬を赤くして目を逸らした。
「……そう思えるようになったのは、皆がいたからです」
少し前までは、自分も、自分の事で精一杯の人間だった。
誰かのことを思いやる余裕ができたのは、カルミナが自分を誘ってくれたことがきっかけだ。
誰かに変わるきっかけを貰った。
だから今度は、自分が誰かのきっかけになる番。
きっとカルミナと出会った日に、1人で生きる選択をしていたら、こんな思いにはならなかっただろう。
感謝するのは自分の方だ。
しんみりしつつも、暖かな空気が流れて、スケイルが消えたドアを2人揃ってなんとなしに見つめていた。
「うう……」とミネアが気持ち悪そうに唸ったので、そこで空気が切り替わる。
「……せっかくだし、今日の夜は二人で外で食べようか」
「ですね。ミネアさんはまだあの調子でしょうし」
100万Gがかかった状況の為、あの不味い料理を二人以上に食ったミネアはまだ回復しそうにない。
元はといえばミネアが招いた惨状だ。今日ぐらいは痛い目を見てもらって、寝込んでいる間に口直しをさせてもらっても文句は言わないだろう。(言わせるつもりもない)
「僕、また海鮮丼を食べたいです」
「せっかくだ。複数の店をはしごするの良いかもしれん」
これにて、波乱の釣り大会は幕を閉じた。
2人で腹いっぱいに美味しいものを食べたのを知ったミネアが、後で「いいなあいいなあ」と羨ましがったが、釣り大会での素行を注意したところ、気まずそうに口笛を吹き始めた。
たまにはこういうトラブルも悪くはないかと、カルミナから説教を受けるミネアを見てアインスも笑う。
ふと、窓の外を見上げると、空にはひときわ輝く一番星が輝いていた。
これからの旅が、あの星に負けない輝きを放つであろうことを確信しながら、アインスは半べそをかき始めたミネアの間に割って入り、仲裁を行うのだった。
後日談ではあるが、以降の釣り大会に以下の文言が追加されたらしい。
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毎年恒例・シャンブルグ釣り大会
最も大きなサイズの獲物を釣り上げた者には賞金100万G
誰でも参加可能・気軽に参加してね!
※ただし獲物は食えるものに限定する
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その後カルミナたちはシャンブルグを訪れることは無かったのだが、本人たちの知らないところで、彼らは伝説の大会荒らしとして後世に語り継がれていくことになったそうだ。




