今度こそ文句なしに
「はあ?! 誰があんたの手なんか借りますか⁈」
「100万Gとミネアちゃんのプライド、どっちが大事?」
「100万‼」
「潔くていいね」
ミネアの返事に「ナスタ」とスケイルが指を鳴らす。
スケイルの合図でナスタが魔力を練ると、深海に引きずり込まれかけていた船体がゆっくりと持ち直し、再び船が平行になった。
「重力魔法で船を安定させました」
「グッジョブ。ミネアちゃんは物質魔法で船体の保護、釣竿と糸の強化に専念しな」
「やったろーじゃない!」
「カルミナ。リールを巻くのは君の仕事だ。【身体強化】を発動しろ」
「わかった」
「いいか、今獲物に掛かった釣り針が外れかけている。僕の言う通りに竿を動かせ。合図をしたら力に任せて巻き上げろ」
一度協力を受けると決めた瞬間、ミネアもカルミナもスケイルの支持に迷いなく従っていく。
普段は嫌なやつかもしれないが、『協力する』と断言した以上、スケイルは必ず協力する。カルミナもミネアもそれをわかっているから素直に従う。
人間としては苦手だが、党首として——冒険者としては信頼しているのだろう。
スケイルの指示を待つ皆の表情がそれを物語っていた。
「まだだ、少し遅く。ほんの少しずつ糸を緩めろ。こっちがへばってきたと錯覚させるんだ」
「ああ」
「いいぞ。その調子だ……3・2・1」
スケイルが指を折り、カウントダウンをはじめると、
「0!」
0になった瞬間、カルミナが【身体強化】を最大火力で発動させ、目にもとまらぬ速さで糸を巻き取り始めた。
「アインス! タイミングは分かるな?!」
「——はい!」
不意に呼び捨てにされ驚くも、アインスはすぐさま探知眼を発動させて竿を握り、獲物の様子を探ることに集中した。
そして、獲物が海面に引き寄せられたタイミングで——
「おりゃああああああああああああ‼」
スケイルと一緒に竿を上げ、獲物を一気に海上へ釣り上げる。
勢いよく打ち上げられた獲物は放物線を描きながら、甲板に向かって打ち上げられた。
よほど体重の重い獲物なのか。甲板に着地した瞬間、反動で乗組員全員の体が少し宙に浮いた。
「な、なんじゃこりゃあ?!」
釣り上げた獲物の全貌を見て、ミネアが驚きの声を上げた
打ち上げられたのは、ジンベエザメを丸っこくしたような巨体を持つ、大きなサメ型の魔物だった。
鋭く巨大な牙に、人間のように可動性の高い大あご。深海に適応するためか、黒目が巨大化した、グロテスクな目玉。
魚というよりはモンスターだ。
打ち上げられてなおビチビチと活き良く暴れる魔物の急所に、スケイルが銛を刺して息の根を止める。
「こいつはもしかして【海荒らし】じゃねえか⁈」
「ウミアラシ?」
漁師の一人から出た異名に、アインスが首を傾げる。
スケイルが補足をするように解説を始めた。
「【ワダツミウオ】……魔力をエネルギー源に生命活動を行うSランクの魔物だ。ありとあらゆる水中環境で生息できる適応能力の高さと、強靭な肉体でありとあらゆる獲物を喰らう様から、海の王、もとい海荒らしとも呼ばれている。深海を住処にしている個体は始めて見た」
「……そんな大層な魔物が、なんで僕のお惣菜なんかに」
「君が『餌を選り好みしている可能性がある』って言ってただろう。それが答えさ」
スケイルがワダツミウオの上あごを持ち上げ、舌を見せて見せた。
「他の魚と違ってエネルギー源が魔力。競争相手がいない分、生きるための楽しみやスリルも少ないんだよ。だから生きていく上での楽しみを得るために、味覚細胞を発達させた——とんだグルメフィッシュってわけさ」
「ええ?! じゃあ本当に『美味しそうだから』喰いついただけ?!」
「そうだね。揚げ物が中心の君のお惣菜じゃあ、衣が邪魔で他の魚は喰いつかなかったんだろう。ミネアちゃんの物質魔法で強化もしていたしね」
「偶然が重なって喰いついたというわけか……」
カルミナが低く唸ったところで、ミネアが質問を変えた。
「で、この魔物って食えるの?」
「かなり昔の記録だが、各地を回遊する魔物だけあって、その身は引き締まってて美味いらしい」
「……ってことは」
漁師の返答に、みるみるうちにミネアが表情をほころばせた。
「一位の獲物は10m台のワダツミウオ! 釣竿はあたしのものだから、優勝者はあたしってことで今度こそ文句はないわよね?!」
ミネアが周囲の者たちに確認を取ると、
「まあ、海荒らしを釣り上げられちゃあしょうがねえな」
「街の皆もあれなら納得するだろう」
「すまなかったなあ嬢ちゃん! やるじゃねえか!」
ミネアの優勝を歓迎するムードだ。
「まったく……悪運だけは強い奴だ」
「当たり前でしょ。やるときゃやる女よ。私は」
呆れるのを通り越して感心した様に困った顔でカルミナが笑うと、ミネアも親指を立てて胸を張って見せる。
そんな二人に、パチパチと乾いた拍手を鳴らしながら、「まさかほんとにヒットするなんてね……」とスケイルが歩み寄る。
「……今回は僕の完敗だ。ところで、この中にワダツミウオを捌いたことのある者はいるかい?」
スケイルが息を吐いてから、周囲の者たちも尋ねるも、名乗りを上げる者はいなかった。
「しょうがないな。じゃあ知っている僕が捌くしかない。大会の時間も過ぎたことだし、街に帰って実食パーティーといこうぜ?」
何故スケイルが取りまとめているのかはわからないが、完全に現場のノリだろう。
その提案に拳を突き上げながら、漁師たちが歓声を上げた。
「グルメフィッシュ……楽しみですね!」
「ああ。どれほど美味い味なのだか」
舟を食う必要もなくなった。文句なしの優勝だ。
となれば、後は実食パーティーを楽しむのみ。
伝聞は曖昧だが、記録上はかなりの美味とされていることもあり、期待は高まる。
「さあ宴よ、宴! 帰って、飲んで食って騒ぐとしますかぁ‼」
夕暮れを背景に、動力石のエンジンで動く大型船が、シャンブルグの街に向かって進んでいく。
そして街に辿り着き、表彰式が行われた後、ワダツミウオを含めた上位入賞者の獲物の実食パーティーが行われるのであった。




