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まさかの大逆転

 

 何かがかかった竿を手に、ミネアが竿を媒介にして海に魔力を流し込む。

 すると海に渦が発生し始め、ミネアが垂らした釣り糸を中心に、大きく海が沈み始めた。


「……まさか海を隆起させ、打ち上げるつもりか?」


 どうやらカルミナの言葉通りらしく、渦の大きさがどんどん増していき、海の底があと少しで見えるほど、渦の中心が凹み始めた。


「これは何をやっているんですか?」

「どうやら獲物を渦でとらえ、最後に海底を【地形変動】で隆起させ、その勢いで打ち上げるつもりらしい。今は渦を作りながら、海底に魔力を流し込んでいる最中だ」

「杖無しでこれだけの魔力操作ができるんですか⁈」


 シャノンが驚く一方で、「実力だけ考慮すれば、彼女もSSランクなんだけどなあ」とスケイルは呆れた表情だ。

 ミネアがSランクにとどまっているのは、実力以外の面を考慮しての事みたいだ。


「……というか、釣り針に餌も何もついてなかったですよね?」


 ミネアの魔力操作に圧倒されて失念していたが、そもそも針に餌はついていなかった。

 そんな状態で何が引っかかったんだろうか。


 アインスが気になって探知眼を発動させると、「……これは」と苦い表情になる。


「アインス君、しー。しー」


 どうやら何が引っかかったのかはスケイルも分かっているみたいだ。

 その上でミネアがどんなリアクションを取るかが楽しみなのだろう。

 アインスとしても、興奮した様子で魔力操作をする彼女に、真実を伝えるのは気が引ける。


「どっせええええええええええええええい‼」


 気合の籠った声と共に、ミネアが海底を隆起させ獲物を釣り上げる。

 太陽を背景に飛び上がり、船に打ち上げられた獲物を見て、


「……」

「……ぷっ、ハハハハハ‼」


 ある者は絶句し、ある者は大笑いし始める。


「……これは、小舟ですね」


 ミネアが釣り上げたのは、船底に穴が開いた、大きさ500cm台の小舟だ。

 木製の船体は腐り、海藻が絡みつき、如何にも廃船といった体のボロボロの小舟。小魚のいい隠れ家だったらしく、一緒に小さな魚や貝が打ち上げられている。


「あーっはっはっはっは‼ やっぱミネアちゃん最高だわ!」


 確かに獲物がかかったというよりは、何かに引っかかって糸が張ったというような状態だった。海底の小舟にやたらとデカい針が引っかかったのだろう。

 釣りに詳しいものが見れば、獲物がかかったわけではないというのは一目瞭然だったろうに、それを大物と勘違いしてしまうあたり、やはりミネアは抜けている。


 大勢に笑われながら、ただただ釣り上げた小舟の前で立ちすくむミネア。


「……まあなんだ。一緒に小魚も打ちあがったから、成果としては一歩前進だ。ちゃんとした釣り方を教えてやるから、これにめげずに一緒に頑張ろうじゃあないか」


 期待も一入だっただろうが、成果がこれでは流石に可哀そうだ。

 不憫に思ったカルミナが、後ろからミネアの肩に優しく手を置きながら、語り掛けるも、


「……」

「……ミネア?」


 当の本人は、気落ちした様子でもなく、ただただ真剣な顔で、何か考え込んでいる様子だ。


「カルミナ。測るものかして」

「……?」


 カルミナが漁師に頼み、巻き尺を貸してもらう。

 それを渡すと、ミネアはビッと巻き尺を伸ばし、小舟のサイズを図り始めた。


「ミネア。何をしている」

「……526cm」

「…………おい、まさかお前——」


 ミネアの考えに気が付いたカルミナの表情が引きつった。

 そしてミネアは自分を嘲笑する者たちの前に立ち、脚を大きく広げながら、「おーっほっほっほっほ!」とわざとらしく高飛車に笑い声をあげる。


「どうやらこの大会の優勝者はあたしに決まったようね!」

「「「「「……はぁ?」」」」」

「一番大物を釣り上げた者が優勝するルール。そしてそのルールに、獲物が魚でなくちゃいけないルールなんてどこにもない……」


 ミネアの思考を理解したのか、アインスを含めた全員の顔が引きつり始めた。

 愕然とした様子の一向に、ミネアは得意げに指をさして宣言する。


「つまり優勝者はあたし‼ 526cmの小舟を釣り上げたミネア様に決定ってことよ‼」

「「「「「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?!?!?!」」」」」


 突如として繰り出された横暴極まりない理論に、その場にいた全員から悲鳴に近い声が上がった。


「おいおい嬢ちゃん?! いくら何でも暴論だろうそれは?!」

「あらおじさん、素敵な釣り針ありがとう。おかげで立派な獲物が釣れましてよ」

「あんなの認められるわけないだろ?! 釣り大会だぞ?!」

「やだ。釣り大会で小舟を釣ってはいけない決まりでもあるのかしら。ごめんなさい。わたくし、釣りに関しては浅学なもので……」

「主催者、これは一体どうするんだ?!」


 大会参加者が、主催者と思われる者に一斉に詰め寄るも、その主催者も困惑した様子だ。


 確かに獲物が魚でなくてはいけないルールなんてどこにもない。

 ただ、常識的に考えて、小舟を獲物として認めるのはいかがなものか。


 ルールと常識の狭間で頭を抱える主催者に、提言するものが現れた。


「う~ん、こいつは一本取られたなあ」

「スケイル……?」


 皆の視線が一斉に、現在1位であるスケイルに集まる。


「確かに獲物が魚で無くてはいけないルールなんてない。ミネアちゃんの意見を拒んでいい理由なんかどこにもないぜ?」

「しかしあんた……常識的に考えて——」

「常識? そんなころころ変わるものが先に立つなら、ルールに意味なんてないだろう。ミネアちゃんの意見がルールに順じて(準じて)いる以上は、彼女の意見を受け入れるのが筋というものだぜ? 悔しかったら次の大会からは、獲物の定義をきちんと決めておくべきだね」


 受け入れがたいが正論は正論だ。

 無茶苦茶な理論に見えて、通すべき筋は通している。

 ミネアが一位になった現状で、それを否定すべくルールを変えてしまうのは運営としての信頼を失うことになる。

 感情論を無視していいのであれば、ミネアの主張を受け入れざるを得ない。無視していいのであれば。


 皆の視線が集まる中、主催者が出した答えは——


「彼女の主張を、受け入れましょう……」

「やりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼」


 各所からブーイングが上がる中、釣り大会の中間発表が行なわれた。


 ~~~~~~~


 3位 クロバスズキ 163cm


 身が黒く、鋭い鱗が体全体を覆う白身魚。

 生命力が強く、活〆の際に暴れる為、その刃のように鋭い鱗で傷つかないよう注意が必要だ。

 身は柔らかく、あっさりとした味わいだ。刺身や焼き魚のみならず、煮物や吸い物、ムニエルやソテーにしても美味い。

 警戒心が強く、釣るには様々なテクが必要な魚。愛好家が言うには、この魚を連れたら釣り上級者を名乗ってもいいそうだ。



 2位 アオハダマグロ 207㎝


 スケイルが釣り上げた魚。美しい青い体が特徴の回遊魚。

 旨味の凝縮された赤身が絶品。わずかにしか取れない大トロは脂がのっていて、濃厚な旨味が楽しめる。

 どの部位をどのように調理しても美味い、捨てる部分の無い魚。一般人から食通まで、幅広い層に愛されるご馳走だ。



 1位 廃船 526cm


 ミネアが釣り上げた小舟。魚ではない。

 大分年月が経っているのか、ほとんど朽ち果てたそれは小魚たちからすれば絶好の住処だっただろう。

 船底が割れ、ほとんど真っ二つになりかけた船体はどこか哀愁を感じさせる。

 こんな外洋でどうしてこんな小舟が沈んでいたのかは不明だ。


 ~~~~~~~


「おい、いいのかこれは……」

「……」


 あまりにあまりな中間結果に、カルミナとアインスはドン引きした表情で固まっている。

 ミネアが調子に乗った声で笑い声をあげているが、今は仲間と思われたくない。アインスたちはそそくさとミネアから距離を取った。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ‼ どいつもこいつも散々私の事馬鹿にしといてこの有様‼ ねえおる?! おりゅ~~?! 釣竿で船釣れない雑魚おりゅ~~~~~~?!」


 優勝がほぼ確定したことにより、ミネアが今まで馬鹿にしてきた連中を楽しそうに煽り始めた。


 そしてそんなミネアの様子を、スケイルが悪い笑みを浮かべて見守っていることに、当の本人は気が付いていなかった。



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