アップグレード【探知眼】
「僕の能力を使って、て……どうやって?」
「それを考えるのが君の仕事だ」
カルミナは腰に携えていた剣を抜き放つ。
夜の闇の中でも薄く光り輝く銀色の刀身から、魔力の練り込まれた特注の逸品であるということは分かった。
自ら光を発するカルミナの剣が、夜の闇の中、持ち主の美貌を淡く照らし出す。
その剣の手入れの行き届き様から、カルミナが戦士としてどれだけ優秀か、アインスは暗に感じ取った。
「カルミナさんなら、難なく魔物の群れを倒せるんじゃないですか?」
「いかにも。だが、今回の目的はあくまで君という人間の品定めだ。私は思わず身をゆだねたくなるようないい女かもしれないが、頼りない男のヒモにされるつもりはないんでなあ」
どうやら目的は選定のようだ。アインスの斥候としての才能がどれほどのものか。
とりあえず、辺り様子を探ってみよう。
能力を使ってを今から来るであろう、魔物の群れを打破する。
方法は分からないが、能力を使え、ということは【探知眼】を使えということなのだろう。
アインスはカルミナの言葉に従い、【探知眼】を発動させた。
「ぐ……!」
焚火の燃えカス。カルミナの装備の素材や、香水の構成物質。周囲の草木や土の成分、地中に存在する生物の情報。
無数の情報が脳内に急激に流れ込む。
その雪崩のような情報の圧力に、アインスは苦痛に顔をゆがめながら、周囲に存在する魔物を探った。
「Cランクの魔物――鋼爪狼が、10体……」
「ほう、種類までわかるのか」
アインスの呟きに、感心したようにカルミナが唸る。
普通の【探知眼】のスキルは、魔物の位置を特定することはできても、その種類の特定には至らない。【探知眼】は、対象が発する魔力の大きさを感知するスキルであるからだ。
魔力というのは、様々なエネルギーに変換できる、空気中に溢れている万能可変エネルギーのことだ。魔力を消費して、冒険者たちは自分の持つ特殊能力――スキルを使っている。
そしてそれは魔物も同じ。通常の生物と、魔物の違いは、魔力を体に取り込み、それを他のエネルギーや物質に還元できる機能を持っているかどうかだ。
魔物の中には、魔力をため込むための魔石という物質が存在する。【探知眼】で感じられるのは、この魔石が発する魔力の波長だけだ。通常の斥候は、周囲の環境や、魔石の波長の大きさから、その魔物が何か推測することしかできない。
しかし、アインスの【探知眼】は違う。魔石の発する魔力の大きさに加え、その魔物を構成する物質の情報まで探知することができる。つまり、他の斥候に比べて、より詳細な魔物の推測を行うことができるのだ。
「体を構成するたんぱく質や水分の量、胃の中に存在する消化しきれていない食物の構成成分から、狼型の生物だと思います……。鉄分が多く混じった爪、集団で動く習性から、鋼爪狼で間違いないかと……この森で目撃が多い魔物ではありますし」
「素晴らしい。他に何か気になる情報はないか?」
「いや……これ以上は、僕の意識が……!」
ほんの少し使用しただけで、脳がパンクしそうになるアインスの【探知眼】。
アインスがスキルをオフにしようとした時、「待て」とカルミナがそれを止める。
「意識を変えるんだ。全ての情報を常に頭に入れる必要はない」
「……どういうことです?」
「要らないと感じた情報を、どんどん遮断していくんだ。そして必要な情報にだけ、【探知眼】作動させる。そもそも、それだけの情報量を処理しながら、他の斥候と比べ、報告がワンテンポ遅れるだけで済んでいた君の脳のスペックは非常に高い。やろうと思えばできるはずだ」
「どうやって……?」
「要らない情報と要る情報を分けろ。分け終わったら、要る情報を辿ることだけに専念するのだ」
「……わかりました」
カルミナが何をしようとしているのかはわからないが、言う通りに動いてみよう。
アインスは言われた通り【探知眼】を発動させたまま、情報の整理を始める。
「……分けました」
「よろしい」
そして、要る情報にだけ、意識を傾けていると――
「――っ⁈」
カルミナがアインスの頭に魔力を流し込み、電撃のように脳を巡った魔力がアインスの意識を一瞬飛ばした。
「いきなり何を――って、あれ?」
突然の行動に抗議の声を上げようとした時、アインスは自分の体に怒った異変に気が付いた。
頭が軽い。【探知眼】を発動しているのに。
いや、正確に言えば、要らない情報が入ってこない。先ほど整理した情報以外。
木々の配置や地面の構成情報など、周囲の環境情報は、一度把握してしまえば、知識の片隅に置いておけばいい情報だった。言ってしまえば、常に頭に取り込む必要はない情報。
その情報が頭の中に入ってこない。鋼爪狼の位置情報だけが、常に頭の中に入り続ける。
「……これで、君の中に、情報のオフを行うスイッチができた。君と同じ眼を持つ者が、この方法でスイッチを作っていた」
「同じ眼……?」
「そんなことより、アップデートされた君の探知眼で、もっと周囲の情報を探ってみろ」
「……はい!」
カルミナに後押しされ、アインスは【探知眼】での探索範囲をさらに広げる。
要らない情報をオフにしながら、必要な情報だけを探り続ける。
ヤバい。楽しい。今までの自分じゃないみたいだ。
情報の圧力から解放され、新しい自分に目覚めた感覚に興奮しながら、アインスは周囲の情報を探り続けた。
「……これは」
「何を見つけた」
カルミナの質問に、アインスが気まずそうに言葉を濁す。
「……腸壁の細胞に、とある生物の食べかすが混ざったような、物質です……」
「なるほど。ウンコか」
「せっかく言葉を濁したのに⁉」
目の前の美人が平然とした様子で、ウンコという様を見て、アインスが突っ込んだ。
そんなアインスの突っ込みを一蹴するように、カルミナは意気揚々と語りだす。
「ウンコは良い。ウンコは良いぞ、少年。その成分を見ればその生物の食性や、周囲の環境を読み解く手掛かりとなる。未知の環境では頼りになるフィールドサインだ。して、そのウンコは誰が漏らしたウンコだったのかな?」
「……糞の中の物質と、疎らに、まるで縄張りを主張するかのように配置されていることから、この森の主のものかと」
アインスの説明に、カルミナは満足そうに頷いてから、「一度だ」と告げた。
「一度だけだ。私に剣を振るわせることを許可する。その条件で、君と私、両方無傷でこの森を突破させることができるか?」
「一度だけ⁈」
魔物の数は10数体。その条件では全部倒すのは不可能だ。
「私に楽をさせてくれよ。少年」
その言葉を聞いて、カルミナが示した条件の真意を悟る。
冒険者家業を続けていく中で、ダンジョンに潜ったり、遠征をしたりなどをすれば、当然、武器や備品の消耗は避けられない。無限に魔物を生み出せるダンジョン内で、律儀に魔物全員を相手に取るなどもってのほかだ。
そういった状況下で、体力や備品を温存する能力は必要不可欠だ。
避けられる戦闘を避け、最小限の労力で、この森を突破する。
カルミナが測りたいのは、自分のそういう力なのだと。
アインスは少し考えた後、カルミナに尋ねる。
「この森の主を、剣の一振りで倒せますか?」
「私を誰だと思っている。この森の生物ぐらい、剣の一振りで十分さ」
自信満々に剣を見せつけてくるカルミナに、アインスは頷いて返す。
「できます」
「では、君の言う通り動いてやろうじゃあないか」
カルミナはアインスに体を寄せ、アインスの考えた、森の脱出プランに耳を傾ける。
その全貌を聞いて、「よろしい」と呟いて、大胆不敵にカルミナが笑う。
「さあ、浪漫のある景色を見せてくれよ?」
戦いの火ぶたを切るように、周囲からCランクの魔物――鋼爪狼の遠吠えが響く。
斥候の仕事は、ここまでだ。あとはカルミナを信じるしかない。
周囲を取り囲む脅威に恐怖を感じながらも、体の震えは止まっていた。
ギラギラと自信が溢れ出る笑みを浮かべながら、剣を構えるカルミナに、アインスはその小さな体を寄せるのであった。