釣果0の魔導士
「アインス?! その首の冒険者証は……?!」
「あはは……なんと説明すればよいのか……」
釣った魚を手にカルミナたちの下へ戻ると、早速カルミナがアインスの首元で輝き(輝く?)金水晶に反応した。
「SSランク冒険者に昇格ですか⁈」
驚くシャノンとは裏腹に、ナスタは知っていた、と言わんばかりに、釣った魚の方を眺めている。シャノンには告知がなかったようだ。
「説明も何も、実力は十分だろう。Sランクダンジョンの攻略計画を立てる力、未知の環境で生き残る能力。それに特別な探知眼もある」
驚くカルミナに、スケイルが続ける。
「本来はSランクを挟むのが基本だが、現在連盟にSランクの斥候はいない。今後優秀な斥候の見本となってもらうためにも、SSランク冒険者として登録させてもらう」
「……とのことです」
「一気に追いつかれてしまったな」
アインスがSSランク冒険者証をかざすと、カルミナも嬉しそうに笑った。
「そんなことよりも、この釣り大会についてだが……」
スケイルが空気を変えるように、わざとらしく咳払いをする。
「周囲を探知した結果、僕の獲物以上の大物は近海にはいない。要するに僕の勝ち確だ。勝てない戦いなんか放り出して、海の幸を楽しもうぜ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「この海鮮丼って料理、絶品ですね!」
残り時間も3時間。大会終了まで半分を切ったところだ。
それまでに釣れた大量の魚を、シャンブルグの漁師たちが捌き、参加者たちに様々な最中料理が振る舞われる。
中でも皆に受けたのは海鮮丼だ。ライスの上に乗った刺身を、大豆原料のソースを絡めて木匙で食べる。
生魚を食べる習慣の無かったアインスは、最初は忌避感を示していたものの、一度口にしてからは夢中で匙を口に運んでいる。
「ショウユ……でしたっけ? あとで買って帰りたいです」
「他の商品も見て回ろう。マジックバッグなら鮮度の心配もいらんしな」
「それにしても沢山釣りましたね。全部食べ切れるのでしょうか?」
参加者が大勢いるため、既に船上にはたくさんの魚たちが釣り上げられている。
氷を被せて鮮度を保っているが、生ものというだけあって足は速い。
これだけ釣って消費ができるのか。その疑問には漁師の一人が、慣れた手つきで魚を捌きながら答えた。
「心配ねぇ。今日食えなさそうな分は干物にして保存するんだ」
「ああ、それならよかった」
消費の宛はあるようで、シャノンが安心した息を漏らす。
「そもそも、釣ったからにゃあ、必ず食べる。命を粗末にするなんざあ、海の神様に失礼だからな。豊漁を願う祭りで残しものをするなんて、何があってもしちゃいけねえ。そういうしきたりなのさ」
「その考え方、大好きです僕」
アインスが感心した様に頷きながら海鮮丼を頬張る。
「……できればおかわりを」
「いい食べっぷりだ! そうでなくっちゃなあ!」
アインスの食べっぷりに、すぐさまおかわりの丼を用意する。
既に3杯目だというのに、アインスの食欲もおさまることはない。
「スケイルの釣った魚は調理しないのか?」
「ああ。上位入賞者の獲物は、街に帰ったときに調理して皆に振る舞うことになってんだ」
「これも釣り大会のしきたりってわけさ」
「その通り。それにしてもすげえな兄ちゃん。そんな細い腕であんな大物を釣り上げちまうなんて」
スケイルの釣った魚は、旨味たっぷりの赤みが詰まった高級魚。
今食べれないのは残念だが、後に食す機会はありそうだ。
多くの人間に振る舞うため、調理の候補としてはあら汁だろうか。
旨味たっぷりの出汁が効いた汁物も、想像するだけで垂涎ものである。
「採れたての魚で一杯なんてのは、党首になってからも最高の贅沢だねぇ~」
魚の醤油焼きを食べながら、スケイルがグビグビと酒を煽る。
シャノンやナスタも採れたての魚を楽しみ、完全に釣りを切り上げている。
周りを見渡しても、もう真剣に大物を狙っている者はほとんどいない。ほとんどが振る舞われる海鮮料理に舌鼓を打っているか、遊び半分に魚を釣っているだけだ。
原因はスケイルが釣り上げた大物のせいだろう。
マグロという魚の仲間らしい。スケイルの釣り上げたそれは、一般的なマグロと比べると小ぶりらしいが、それでもサイズ約200㎝と、他の参加者の獲物と比較してもかなりのサイズだ。
だから、料理や釣りを楽しむ方向に、思考を切り替えているのだが——
「おーい、ミネアちゃあん! 一緒に海の幸を楽しもうぜぇ~?」
「うっせえクズ‼ 話しかけんな‼」
いつまで経っても獲物一匹たりともかからないミネアは、不機嫌そうにに釣り糸を垂らしている。
スケイルを好いていないとは言え、いつもならもう少し言葉を選ぶのだが、そんな余裕もないらしい。
「ミネアさん……意固地にならないで、もう普通にお祭りを楽しみませんか?」
「うるさい裏切り者! あたし見てたからね! アインス君があのクズの竿で大物を釣り上げるところ!」
不機嫌の理由はそれらしい。
賞金を狙うミネアからすれば、流れとは言え、アインスがスケイルの為にスキルを使い、優勝争いに貢献したことが気に食わないのだろう。
「それにしても、微塵もかかる気配がありませんね」
「いくら何でも下手すぎませんか。小魚一匹位釣れてもいいでしょうに」
シャノンとナスタが疑問を口にしたところ、カルミナも「確かに」と考え込んだ。
「……ミネア。仕掛けを見せて見ろ」
「いいわよ」
カルミナに促され、ミネアがリールを手早く巻き取ると、
「「「「……………………」」」」
スケイルを除く全員が絶句した。スケイルは一瞬吹き出した後、腹を抱えて、声を殺して笑っている。
「え、何。何よその反応」
「……ミネア、釣り針がデカすぎる」
「え?」
ミネアが見せてきた釣り針は、大きさ30㎝ほどの巨大な釣り針だ。
逆に何を釣るんだ、と言わんばかりに大きい、手のひら以上の大きさの釣り針を手に、ミネアが困惑した表情になる。
「こんなんじゃ魚も喰いつきませんよ……僕たちが使用している針はこれですよ?」
アインスが自分の釣り針を手のひらに乗せて見せると、ミネアの顔から一気に冷や汗が吹き出してくる。
「いや、だって……あのおじさんたちに聞いたら、この針を使えば大物が釣れるって……地元の漁師しか知らない最高テクだって……」
「「「ぎゃはははははは‼」」」
ミネアが声を震わせながら、とある男たちを指差すと、堰を切るように、男たちがおかしそうな声で笑い声をあげた。
「悪いな……! まさか信じるとは思わなくて……!」
「嬢ちゃんあんまりにも必死だから、ちょっとからかってみたくてよ……!」
「…………」
どうやら完全にもてあそばれただけらしい。
それに気が付いたミネアは、釣り針を投げやりな様子で、海へ放り投げた後、
「フンギャアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼」
あらぬ声で発狂し、大声を上げた。
「競合相手にアドバイスを求める馬鹿がいるか」
「ちょっとは魚の気持ちになって考えてくださいよミネアさん……。こんな針に釣られるアホがどこにいるんですか……」
「知能が魚に負けてますね」
「……ま、まあ。釣りが初めてなら仕方ないですよ。……仕方ない、のかな……?」
そんな様子を見て、シャノン以外は完全に呆れた表情だ。擁護に回ったシャノンでさえミネアの考えの無さに頭を抱えている。
声にもならぬ声を上げのたうち回るミネアを見て、「あーっはっはっはっは‼」とスケイルが笑い声をあげる。
「やっぱ面白れえわミネアちゃん!」
「クッソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
スケイルの馬鹿にした態度が完全にとどめだった。エネルギーを一通り発散し終えたのか、ミネアはその場で魂が抜かれたように崩れ落ちて、虚ろな目で天を仰ぐ。
「……アホすぎて慰める気にもなれんな」
「どうして金が絡むとIQがこうも落ちるかねぇ」
カルミナとスケイルが口々に漏らすも、ミネアはもう反応する元気もない。
「……ミネアさん。取り敢えず釣り針回収しましょう。海に捨てちゃまずいです」
「ハイ……スイマセン……」
アインスに諭され、ミネアはげんなりとリールを巻き始め、海に投げ捨てた釣り針を回収し始める。
リールが空回る音が、悲壮感を一層際立たせる。
そして、暫く巻いたところで——
「ん?」
竿が突然ずっしりと重くなり、糸がピンと張った状態になる。
「嘘?! 何かかかった?!」
「「ええ?!」」
まさかの成果にアインスたちが驚きの声を上げる。
確かに竿は重く、糸もピンと張っている。
「見てよこの強い引き! これ相当な大物じゃないの?!」
先ほどまでの意気消沈ぶりはどこへやら。興奮した様子で竿を手に取り、リールを巻き取ろうとする。
だが、よほど獲物の力が強いのか、リールが固まったまま動かない。
「手ごわいねえ。釣り下手のミネアちゃんには手に余る大物なんじゃないの?」
スケイルが横やりをいれるが、ミネアはそれを鼻で笑って一蹴した。
「ふん、かかればこっちのもんよ。釣りって要は、掛かった獲物を陸にぶち上げりゃあいいんでしょ?」
ミネアが全身に魔力を巡らせ、竿に力を籠める。
「こちとら腐ってもSランクの物質魔導士。その実力を見せつけてやろうじゃない!」




