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綺麗で苦くて美味しい魚

「せっかくアインスと釣りができると思ったのに……」

 

 カルミナが拗ねた様子で釣竿を振るう。

 ポチャリと音を立てて、釣り餌が沈む音が今は空しい。


「彼はどうですか。優秀ですか」


 ナスタがなんとなしに話題を振ってきた。

 この女が自分から語り掛けてくるのは珍しい。

 

「ああ。実にスペシャルな斥候だ。この前のダンジョンはアインスがいなければ死んでいた」

「そうですか」

「……だが、ただ有能な斥候というだけでない」


 カルミナが横目で、スケイルと一緒に釣り糸を垂らすアインスを見やった。


「あいつには人を変える力がある」

「人を変える力……」

「ああ。あいつは誰かの為に頑張ることができて、それを自分の幸せにすることができる。そんなアインスと一緒にいると……あいつの為になら頑張りたいって思えるようになったんだ」


 カルミナの竿に反応があり、クイッと竿を合わせ、かかった魚を釣り上げた。

 まだ成体になり切れていない小さな魚だった。釣り糸を優しく外してやり、もう一度海に逃がしてやる。


「まだまだ他人を好きになれそうにないけど、人の喜ぶところを見て喜ぶアインスの力になれるのは嬉しいよ。……今は素直な気持ちで他人と向き合える。自分が変わっていくのがわかる」


 きっとそれは、ありのままの自分を理解してくれる人が傍にいてくれるから。

 ミネアも間違いなくそうだったのだが、それを言葉という形にしたのはアインスだった。


 アインスが自分の気持ちを理解してくれようとしたから、今胸を張って仲間の前に立っていられる。

 ミネアも理解はしていたのだろうが、良くも悪くも彼女は厳しさがある。アインスのように丁寧に心に寄り添うようなことは、気恥ずかしいのかあまりしない。


 同じ優しさを抱いていながらも、絶妙にその匙加減の異なる二人の仲間が、今の自分を形作ってくれたのは違いない。

 そのトリガーは、アインスだった。


「党首様が言っていましたよ。前よりいい女になったって」


 ナスタが添えた言葉に、カルミナが目を丸くした。

 むしろスケイルに対しては、露骨に嫌な顔をするようになったりと、嫌悪感を顕わにするようになったりと、良い変化はしていないのではと思ったからだ。


 言葉の真意は測りかねるが、別に深く知ろうとも思わない。

 カルミナは話題を別なものへと切り替えた。


「そういえば、ナスタ達はダンジョン攻略の帰りだったな。どんなダンジョンだったんだ?」

「あ、それ私も気になります」


 カルミナの振った話題にシャノンも乗った。人懐っこい笑みを浮かべてナスタに突っかかる。


 攻略が難しいダンジョンは、スケイルが直々に攻略に出向くことがある。

 ダンジョン攻略は最低3人以上。ナスタに加えて、シャノンを連れているのはそのためだろう。

 実際は、シャノンはゲートの前で見張りをしているため、攻略に乗り出しているのはスケイルとナスタだけだ。シャノンはダンジョン内で何が起こっているのかは知らない。


「高ランクの魔物がうじゃうじゃといましたよ。100体以上で同時に襲ってくるそれらを、片っ端から殲滅していくようなダンジョンでした」

「それはまた手のかかるダンジョンだな。奥にあった秘宝も凄いものだったんじゃあないか?」

「ええ。とても珍しいものが手に入りました」


 珍しいもの、と聞いてシャノンとカルミナが興味を傾けた。


「秘宝を複製する秘宝」

「秘宝を複製……?」

「ええ。一度限りですが、この世に存在する秘宝であれば、どんな秘宝でも複製できる秘宝です」

「それはまたすごいものが手に入ったが……使いどころに悩むな」


 興味深そうに頷きながらも、どうやってその秘宝を使うのか、ということを考え、カルミナも深く唸り込んだ。

 この前手に入れた水瓶や、マジックバッグなんかと違い、その秘宝は単体で役割が完結しない。あくまで他に便利な秘宝が手に入った時の、複製目的でしか使用できないわけだ。


 そうなると、既存の便利かつ貴重な秘宝を複製するのが、手っ取り早い使い道だが、万が一この先、もっと複製したい秘宝が手に入った時に事を考えると、おいそれと使用するのは憚れる。かといって使用しないのは本末転倒だ。


 最大限有効活用しようと思えば、これほど扱いに困る秘宝も珍しい。


「まあ、『この秘宝は世界の為に使う』と党首様はおっしゃってましたよ」

「流石党首様ですね」


 シャノンが感心した声を上げる一方、「ほんとか?」とカルミナは心の中で疑問の声を上げた。


「そういえば……二人は何でスケイルなんかに仕えているんだ?」


 自分は金で買われた成り行きだが、今思えばシャノンやナスタがスケイルに仕えるようになった経緯を知らない。

「そうですねえ……」と少し考える素振りをしてから、シャノンは答える。


「冒険者になった以上、やはりそのトップに仕えるというのは憧れでしたから」

「Sランク昇進の際、私に党首を紹介してくれと頼みこみに来たのです」


 Sランク冒険者の間では、スケイルが斥候という情報は内密に、それに仕える人材は常に募集されている。その際はナスタを挟んで人選を行うみたいだ。

 

「仕えてみてどうだ? 苦労するだろう、あいつの部下は」

「そんなことないですよ。規律に従順な素晴らしい党首様です」


 カルミナの気遣いに、シャノンは笑顔で答えた。


「文句ひとつこぼさず、良く働いてくれますよ。シャノンは」


 その働きぶりはナスタも認めるところらしい。


「で、ナスタはどういう経緯で?」

「拾われただけですよ。私の故郷を救ってくれた時に、【魔導士】としての才能を買われただけです」

「恩返しということか」

「でなければ仕えるわけないでしょう。あんなクズ人間なんかに」


 こちらはシャノンとは対照的に、中々酷い物言いだ。


「そんな言い方しなくても……素晴らしい党首様じゃないですか」

「冒険者としては尊敬していますよ。()()()としては」

「人間としては?」

「下の下」

「……よく仕えていられるな」

「全てを考慮した上での、『仕える』という選択をしたまでです」


 困惑する二人をよそに、ナスタは獲物がかかった竿を振り上げる。


「美しさも醜さも、全てを理解して初めて『尊敬』でしょう」


 釣り上げたのはスラっと美しい細身の太刀魚だ。大きさは凡そ40㎝ほどの大物だ。

 3位の記録が120㎝の魚の為、ランキングには絡めないが立派な魚である。


「これは調理してもらいましょう」

「……その魚、あんまりおいしくないと聞いたが」


 身がスラっとしていて。鱗がキラキラと輝く見た目は美しい魚だが、小骨が多くて食べにくい上に身は淡白な上に臭みもある。わざわざ釣って食べるほどの魚ではない。

 そんな魚を調理場へと持っていこうとするナスタに、カルミナが怪訝な表情になるも、ナスタは小さく笑って、その魚を一瞥した。


「うまく下ごしらえすれば旨味が増し、独特な味わいが楽しめます。苦いはらわたも焼けば程よい苦みが癖になる。好みは分かれますが、珍味が好きな者には酒の肴にぴったりと評されています」


 そういえば焼いて食べたのみで、他の調理法は試していなかった。

 ナスタの説明に「そうなのか」と感心した様にカルミナが頷いた。


「党首様みたいなお魚ですよ」

「……?」

「誰にとっても美味しい魚などいないということです」


 見た目は良くても、中身はまずい。ということなら理解はできるが。

 首を傾げたカルミナをよそに、ナスタはシャノンを横目で見やってから、調理場の者へと魚を提出する。


「こいつはいいものを釣り上げたな、嬢ちゃん!」


 すると慣れた手つきで小骨を素早く取り除き、切り取った身を料理酒に浸して臭みを取り始める。

 さて、あれがどんな料理になるのやら。


 スケイルと比喩した真意は図りかねるが、味わいの底知れなさという面では期待しても良いかもしれない。

 基本無表情なナスタは、少しだけご機嫌になったのか、淡い笑みをほんのりと浮かべながら、再び釣り糸を垂らすのであった。


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