釣り大会開幕
「立派な船ですね」
「うむ。これで外洋に赴いて、釣り大会を行うらしい」
釣り大会は、大きな船に乗り、外洋での船釣り形式で行われる。
500名ほどは悠々と乗り込めるほどの大きな帆船だ。船の後方には動力石を用いたエンジンが備わっており、風の力がなくともある程度の速度は出るようだ。
この近辺のダンジョンでは動力石がよく入手できるらしく、動力石を利用した漁船が、この町の漁業を発展させてきた要因だろう。ある程度の天候であれば風の向きを気にすることなく漁に出られる。
「せっかくの祭りだ。楽しんでいこう」
「真剣に優勝は狙いなさいよ~。賞金ゲットして大儲けするんだからね」
金がかかっていることもあり、ミネアは相当張り切っている。一方でアインスたちも釣り自体を楽しみにしているようで、今か今かと大会開始の案内を待っている様子だ。
そんな風に、高揚した気分で過ごしていた所、
「よおSランクギルド諸君! 僕たちも混ぜてくれよ!」
その高揚した気分が一気に盛り下がった。
げんなりした様子で声の方向を振り返ると、釣り具を持ったスケイルたちが、カルミナたちへ軽い足取りで向かってくる。
「……あんた、連盟の仕事はないの? 忙しいんじゃないの?」
「忙しいが、誰だって息抜きは必要だろう? そしたらちょうどいいイベントが転がっていたもんでねぇ」
スケイルがニタニタと悪い笑みを浮かべながら、金色に瞳を輝かせた。
これ見よがしに【探知眼】のスキルを見せつけてくるスケイルに、ミネアが愕然とした表情になる。
「いやあ、ミネアちゃんが張り切っているとこ見たらさあ? 何だか釣りしたくなっちゃってさあ?! 僕も優勝狙ってみようかな~?!」
ああこいつ、優勝の邪魔しに来ただけだ。とアインスたちは納得する。
釣り自体には興味がなく、ミネアの悔しがる顔が見たいのだろう。それを『息抜き』というあたり、歪んだ性格は相変わらずのようだ。
「すいませんね。党首様、出るって言って聞かなくて……」
「気にするなシャノン。一緒に楽しもうじゃあないか」
申し訳なさそうに笑うシャノンに、カルミナが肩を優しく叩いた。
「ミネア」
「……何よナスタ」
あからさまに不機嫌になったミネアに、ナスタが釣り具を手に語り掛ける。
「……レッツエンジョイ」
「どの口が言ってんだテメエ?!」
表情を変えず、淡々とした様子でガッツポーズをとるナスタの態度が、ミネアの琴線に触れたらしい。
賞金獲得を全力で邪魔しに来た挙句、楽しんでいこうぜは煽りととらえられても仕方がない。
「同じ探知眼を持つ者同士、一緒に釣ろうぜぇ。アインス君」
「あ……はい……」
スケイルにがっちりと肩を組まれ、アインスも困った様子で息を吐いた。
本当はギルドの皆だけで釣りたかったんだけどなあ。なんて思っていた矢先、「参加者は船へと乗り込んでくださーい!」と案内の声が響き渡る。
続々と船に乗り込んでいく参加者たちに紛れながら、アインスたちも船に乗り込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参加者が全員乗り込み、30分ほど外洋に向かって船が進んだところで釣り大会は始まった。
制限時間は6時間。夕暮れ時には港へ戻る計算だ。餌は持ち込み自由で、足りなくなった場合は運営から貰うこともできる。
品種は問わず、釣った獲物のサイズを競うシンプルな釣り大会だ。上位3名までは賞金が出るらしい。記録に登録できる獲物は各人一匹のみで、大物を複数釣り上げても、一人でランキング独占とはいかないようだ。
食事は船に同乗している漁師たちが、ランキング選外の魚たちを使って漁師飯を振る舞ってくれる。その味は絶品なようで、これを目当てに参加するものも多いそうだ。
「あ、また餌だけ食べられた……」
アインスが糸を巻き上げて、獲物のかからなかった釣り針を見て肩を落とす。
魚は掛かるのだが、合わせのタイミングがなかなか難しい。かれこれ3度はこんな調子だ。魚はいる以上、成果が上がらないのは完全に腕前の差である。
一方で一緒に乗り込んだ地元の者たちはガンガン魚を釣り上げていく。ランキング上位は地元の人間が釣り上げた魚で席巻されている。この辺は経験値の違いだろう。
「アインス見ろ! 一匹釣れたぞ!」
「お、私も一匹掛かりましたよ~」
カルミナとシャノンが釣り上げた魚を見せて笑った。どちらも30㎝程度の得物で、ランキング争いには絡めないものの、2人は嬉しそうだった。
「シャノンにコツを教えてもらったらすぐだった。釣りの経験があるのか?」
「ええ、川釣りですけど。子どもの頃、父に連れられてよく釣りに行きました」
「へえ~。ちなみにどのあたりの出身なんです? 僕は【パクスラミナ】というところで……」
「奇遇ですね。私もその地域の出身なんです」
「何だ、2人は出身が同じなのか」
釣り糸を垂らしながら、アインスたちはのんびり会話を始めた。完全に釣りと会話を楽しみに来ていて、大物争いに参加する気はなさそうだ。
「……あら可愛い」
ナスタも手のひらサイズの小魚を釣り上げる。こちらもランキングには絡めないものの、記録は残る。記録を測ったらすぐさまリリースだ。
今のところ一匹も連れていないのは、
「なーんで私の竿には一匹もかからないのよーーーーーーー?!」
ミネアとスケイルとアインスだけだ。スケイルとアインスは合わせが下手で逃しているだけだが、ミネアに至っては竿に掛かりすらしていない。
「ミネアちゃん落ち着きがないからさあ。糸を伝って緊張が魚に伝わっちゃうんじゃないの? もっと落ち着いて構えてなよ」
「何よ、あんただって一匹も釣れていないでしょうが!」
小馬鹿にした表情で見つめてくるスケイルにミネアが噛みつくも、当の本人はそれを面白がっている様子だ。
いちいち反応するから絡まれるんだと、カルミナ達は呆れた顔になる。
「アインス君! 探知眼、探知眼‼」
「……してもいいですけど、僕が使うと……」
「お、使う? 探知眼? じゃあ僕も使っちゃおうかな~」
アインスのスキルの使用をねだるも、それを見て、すかさずスケイルが絡みに来る。
「いいのかな~、僕が探知眼使っちゃえば、大物の発見も、合わせもらくちんだもんな~。アインス君が使っちゃうなら、僕も使っちゃおうかな~~~~~?!」
「カアアアアアアアアア‼ キイイイイイイイイイ‼ クウウウウウウウウウ‼」
「そんなに騒ぐと魚が逃げますよ、ミネアさん……」
そもそもスケイルの目的は、ミネアの賞金獲得の妨害だ。
ミネアが釣りが下手すぎて探知眼を使うまでもないだけで、大物が釣れそうな気配があれば、探知眼を利用し、全力でその獲物を横取りに来るだろう。
凡そ人間の発するものでない声で発狂しながら、ミネアは竿の前で悶えるが、スケイルに対して何をできるわけでもない。
「こんな大勢で横並びになって、獲物が釣れるか‼ 場所チェンよ場所チェン!」
堪忍袋の緒が切れたのか、ミネアは釣りの道具を持って、釣り人のいないスポットに行ってしまった。
恐らく自分の獲物が周囲の人間に奪われていると思って、人のいない釣り場を選んだんだろうが、
「あそこ釣れないから人がいないってのに」
スケイルが独り言のように漏らすも、ミネアには当然聞こえていない。
金に目が眩んだ者の末路だろう。カルミナもアインスも、ミネアの背中を黙って見送った。
「まあ、ひとまとまりになるのは効率が悪いのは確かだね。どうだい? ここらで二手に分かれようじゃあないか?」
スケイルの提案に、それもそうかと各々で頷きあう。
「ならアインス。私と一緒に……」
「おっと、アインス君はこっちだぜ?」
「うわっ?!」
カルミナが手を差し出す前に、横からスケイルがかっさらう。
「女同士で仲良くやりなよ。こっちも斥候同士で仲良く釣るぜ~」
「あ、待てスケイル?!」
そのままアインスの肩を抱いて、アインスを連れ去ってしまうスケイルの背中を、カルミナが呆然と見つめていた。
拗ねたようにスケイルの背中を見送ってから、カルミナたちも場所を変え、釣り糸を垂らして談義を開始したのだった。




