元ブラックギルドリーダーのその後②
「……なんだこりゃ」
リードが目隠しをされながら連れてこられたのは、とある国の実験施設。
【カモフラージュ】の魔法で外界からの探知を防ぎ、秘密裏に存在している施設の中には、無数の牢屋が備わっており、その中に閉じ込められた囚人たちの阿鼻叫喚が響き渡っていた。
「お願いだああああああ! もう止めてくれええええええええええ!」
「落ちる! 落ちて死んじまうよおおおおおおおお!」
「ああ……! ああ……! 体が……化け物に食われ……!」
「息が……空気が……な——」
ある者は何もない空間に拳を振るい続け、ある者は何もない空間でもがき苦しみ、ある者はもう動けないのか、恐怖に顔を歪めながら石造りの床の上に横たわっている。
「こいつらね。この国の死刑囚」
「……死刑囚?」
「ああ。死刑囚に僕の魔法で幻覚を見せて、特定の恐怖や欲望を刷り込んだうえで、ダンジョンに食わせているんだ」
ファルアズムがニコニコと軽薄な笑みを浮かべながら、死刑囚の様子を一瞥した。
発言の意味が分からずに足を止めたリードに、手をクイッと動かし、ついて来いと煽る。
怨嗟の声など聞こえていないのか、涼しい顔で施設を歩くファルアズムに着いていく。
そして施設の最奥部にたどり着いたとき、目の前に広がる光景に、リードが目を剥いた。
「……これは?!」
「言っただろう。ダンジョンの研究をしているって」
施設の最奥部には、無数のゲートが存在していた。全てダンジョンの入り口だ。
自然発生するはずのダンジョンが、なぜこんな場所に、局所的にこのような数存在しているのか。
その疑問に答えるように、ファルアズムは手のひらサイズの大きさの種が詰まった瓶を取り出した。
邪悪な気配を纏った種を取り出し、ファルアズムは続ける。
「【ダンジョンシード】って言ってね。各地に存在するダンジョンゲートを、一時的にこの種に閉じ込めることができる」
「……ゲートを閉じ込める?」
「閉じ込めた後、種を割るとその地点に閉じ込めたゲートが出現する。言ってしまえば、ダンジョンの位置を変えるための秘宝だね」
「……何のためにそんな秘宝が」
「決まってるだろ。効率の良い研究のために、僕が作ったのさ」
秘宝を作る。という表現に困惑するリードを見て、ファルアズムが鼻で笑った。
「ダンジョンは喰った人間の欲望を読み取って秘宝を作る傾向があるんだ。人間にとって都合のいい秘宝が多いのはそのためだね。有益な秘宝を生み出すことによって、腹の中に人間を呼び込む撒き餌にしている」
「だが、ダンジョンの位置を変えたいなんているわけ——」
「察しが悪いな。だからそういう人間を作ってダンジョンに食わせるのが僕の研究なんだよ」
ファルアズムが何をしているのか察したリードが、ぞくっと背筋を震わせた。
死刑囚の思考を【幻覚魔法】でコントロールして、ダンジョンに食わせる。
そしてその人間を食ったダンジョンがどんな秘宝を生み出すのか研究するのが、この男が行っていることなのだろう。
「ふざけんな?! こんな非人道的な実験が許されるわけないだろうが?!」
死刑を否定するわけではないが、それでも人間を実験動物にするのは話が違う。
そんなリードの意見を、ファルアズムは気にも留めず、軽くあしらう。
「だから人道から外れた犯罪者共をモルモットにしているんだろう」
そもそもリードとファルアズムの中では、人間の定義が異なるのだろう。
そのことを一言で思い知らされたリードは、言葉を返すことはできなかった。
ファルアズムがとある牢屋の鍵を開け、その中から首輪のついた囚人を引きずり、ゲートの前まで連れてくる。
「攻略出来たら命は助けてやる」
Aと印のついた首輪のついた囚人が、Aと記載されたゲートの中に放り込まれる。おそらくダンジョンのランクだろう。
「……連盟はこのことを容認しているのか?」
「ああ。別にこの国では死刑囚の人権について法で保護されていないし、連盟もそれに口出しをする気はない。党首様も他所の政治に首を突っ込む気はないし、そもそも未来で死ぬはずの犯罪者たちだ。善良な民が生きるための肥やしにぐらいしか思っちゃいないよ」
リードは死刑囚が放り込まれたゲートを、呆然と眺めた。
死刑囚も何やら役職を持っている気配があったが、おそらく自分よりも等級は低い。そんな彼がAランクダンジョンをソロで生き残るは不可能だ。
顔を歪めるリードに、「すごいだろう、これ」と、ファルアズムが、研究成果である秘宝のいくつかを見せびらかしてきた。
「見せる幻覚によって秘宝の種類が変わるんだぜ。脱水症状の幻覚を見せれば、無限の水源を作る【悠久の水瓶】。身体の損傷による死の幻覚を見せれば、人間を不死にする【不死者の心臓】。全部僕の研究成果の賜物だ」
不思議な形をした水壺や、太い血管が浮かび上がっている臓器のような形の、深紅の宝石を、恍惚とした表情で眺めるファルアズム。
自分の世界に入り込んでしまっていたことに気が付き、「おっとすまない」とわざとらしく咳払いしてから、リードに向かい直った。
「こうやって死刑囚たちをダンジョンの餌にしているんだが、偶にゲートの中から死刑囚が帰ってくるんだよ。だから君に見張りの仕事をお願いしたいんだ。馬鹿だが腕は立つんだろ?」
「出てきた奴はどうするんだ……?」
「もう一回ゲートに突っ込むんだ。死ぬまで何度も。生きることを諦めるまで」
つまり、死刑囚の殺害に加担しろと言っている。
馬鹿言うな。ふざけんな。
俺に人を殺せって言うのか。
リードはギルドマスター時代に、何度かギルドメンバーの死の報告を聞いたことはあった。そのときは弱い奴が死んだ。代わりの戦力を補充しなければ、と思ったくらいで、特に悲しんだりすることはなかった。間接的に耳にする訃報は、彼にとっては他人ごとだったから。
だが、そんなリードでも自分で人を殺すとなると話は違う。
善良な人間だとは思ってはいないが、かといってすぐさま人を殺すと割り切れるほど、根が腐っているわけじゃない。
良くも悪くも子悪党(小悪党)。その程度の存在でしかなかったわけだ。
みるみるうちに生気のなくなっていくリードの顔を見たファルアズムが、リードの肩に優しく手を置いた。
「……役に立てないなら、君もあっち側になるだけだぜ」
優しい声で伝えられた死の宣告に、リードは反射的にその場で頷いてしまった。
その反応に満足したファルアズムが、「よろしく頼むぜ。ビジネスパートナー君」と明るい声で肩をバシバシと叩いてきた。
ビジネスパートナーとは言うが、投げられた視線は家畜や奴隷を見るときのそれだった。
「……なんでこうなっちまったんだ」
悲鳴の響き渡る研究施設の中心。その中で一人取り残されて呟いた。
少し前まではカルミナやアインスに対する罵詈雑言を並べれば、現実逃避はできたはずだった。
だが、ここまで深淵に足を突っ込んでしまえば、人のせいにする元気もなくなる。
元を辿れば、自分が築き上げてきたものが原因なんだと身をもって思い知らされる。
本当は心では分かっているのだ。
望まぬ道にきてしまったのは誰のせいかなんて。
だが、人のせいにはせずとも、自分のせいだと自覚するには心が弱すぎた。
なんでこうなってしまった。
そんな言葉を虚ろに吐くリードは、施設の埃被った石床に、力なく膝をついた。
自分がどうなっていくか、先のことは何一つわからない。
ただわかるのは、道が二つあることだけ。
ここから逃げるか。ファルアズムの言いなりになるか。
どちらにせよ、未知の先には真っ暗な闇の渦が広がっていることだけが確かに言えることだった。
その日の夜、ゲートから出てきた死刑囚を、リードは再びゲートの中へ突っ込んだ。
死にたくなさで自分を押しのけようする彼らの手の間隔が、いつまでもリードの体に残っていた。
そんな彼らを、リードも死にたくなさだけでゲートの中に押し返した。
ゲートの中に死刑囚が消えていったとき、自分の中で何かに繋がっていた最後の糸が、ぷつんと音を立てて切れた感覚がした。
自分が人間でなくなった瞬間だったと理解したのは、もう少し後の事だった。
これにて第3章完結です!
ひとまずアインスたちの成長を書ききれて、物語前半はこれにて終了となります。
残り2章で成長した彼らの行く末がどうなるか、怪しい研究をする者やブラックギルドリーダーとの物語がいつ交差するのかを楽しみにしていただければ幸いです。
次の章は少し短めの日常回になる予定です。
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それではあと2章。どうかお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
それでは > <m(__)m>




