スペシャルな浪漫
「……もう行っちゃうの? 兄ちゃんたち」
「うん。この町でできることはもうないからね」
町長の家で帰り支度を整えるアインスたちに、キリエが寂しそうな声で語り掛けた。
「そんな顔するな。定期的に遊びに来るよ」
「約束だよ?」
カルミナがキリエの頭をなでてやると、キリエも名残惜しそうにカルミナの体に抱き着いた。
そして、暫く互いに抱き合った後に、キリエがアインスに改まった顔で向かい直る。
「ねえ、兄ちゃん」
「なに?」
「私、兄ちゃんみたいになるよ」
「僕みたいに……って、冒険者に?」
アインスの問いに、キリエはフルフルと首を振った。
「兄ちゃんみたいな……人間に」
アインスは目を丸くした後、優しく笑って、キリエに手を差し出した。
「憧れで在り続けられるように頑張るよ」
そうして差し伸べられた手を握り返し、キリエは「ちょっと横を向いてて」と頼むと、アインスも言われるがままに顔を逸らした。
そして、
「……?!」
「お」
「——————?!」
アインスの頬に柔らかい感触がしたかと思うと、少しだけ顔を赤くしたキリエが、アインスから顔を遠ざけニッと笑った。
驚いて固まってしまったアインスを無理やり引きはがし、荷物を片手でかっさらいながら「行くぞ‼」とカルミナが家を出る。
「やっぱり、私はあいつが嫌いだ……!」
初めての異性からのキスに戸惑うアインス。そしてそれ以上に動揺して家を後にするカルミナ。
おやおや、あの反応はもしかして。
一人取り残されたミネアは「また遊びに来るわね~」とキリエに手を振ってから、悠々とカルミナたちの後を追った。
去り行く一行の背中が見えなくなるまで、町の人たちはずっと手を振って見送っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それにしても、ダンジョンの秘宝が、偶々でっかい水壺でよかったわね」
「僕たちの手に入れた水壺は壊れちゃいましたもんね」
砂漠を歩きながらミネアがなんとなしに呟いた。
今回は偶々同じ秘宝が最奥部で見つかったからキリエの町を救えたが、奥にある秘宝が水壺以外のものだったのならこうはいかなかっただろう。
キリエの町を救えた要因を運で片付けようとしたところに、「偶々ではないかもしれん」とカルミナが割って入る。
「キリエが言っていただろう。ダンジョンの秘宝は人の願いを叶えると」
「ええ。それがどうしたの?」
「あのダンジョンでの主な死因は熱中症……あるいは脱水症状だろう。……それに、ダンジョンは水源を枯らすように、町の泉を魔物に襲わせていた」
「……まさか、人々の願いをダンジョンが反映して秘宝を生み出したって言うんですか?」
あのダンジョンで死んだものが、死ぬ間際で何を願ったかといえば水だろう。そして水源を枯らしたことで、ダンジョン周辺の人間が水不足で困ることもダンジョンが予想していたとするならば。
無限に水が湧く水壺は、ダンジョン内に人間をおびき寄せる絶好の餌になり得るわけだ。
「確証はないが、それならば願いを叶えるという言い伝えも辻褄が合う」
「……だとしたら恐ろしいですね。死人の思考をコントロールできれば、ダンジョンで手に入る秘宝に指向性を持たせることもできてしまう」
「そこまでのことをやるヤツはいないだろうが。ダンジョンという存在の底知れなさを改めて実感してしまうな」
理屈を超えて、人知を超越する秘宝を生み出す力をダンジョンは持っている。
どんなに力をつけようが、本質的に人間からすればダンジョンというものは手が届かない存在なのかもしれない。
ダンジョンという存在の深まる謎に、重くなった空気を切り替えるかのように、「秘宝といえば」とミネアが切り出した。
「ギルドとしてはしょっぱい戦果だったわね」
手に入れた秘宝はキリエ達の町に納め、ギルドランクも報告書を偽って提出したため上がらないだろう。
町は救ったし、スケイルに一泡吹かせることはできた。
行動や結果に後悔はないが、あれだけのダンジョンをクリアしたのだ。自分たちの実がないのが物寂しい所である。
「そうとも限らないですよ。……見てください、これ」
アインスが取り出した紙を、カルミナとミネアが覗き込む。
「これは……水壺の設計図か?」
「はい。【探知眼】で大小二つの水壺の構造を比較したんですけど、縮尺が違うだけで、構造自体は全く同じでした。おそらく、材料さえあれば作れるかと」
「でも、水壺の素材自体は始めて見る素材だったわよ。作れる材料なんかどこにも……」
ミネアの疑問には、アインスはマジックバックからとあるものを取り出して答えた。
アインスが取り出したのは、泉に埋まっていた『壊れていた水壺』の欠片だ。
これに加えて、サンドゴーレムに壊された小さな水壺の欠片もある。
「ミネアさんの物質魔法で変形すれば、小さいサイズの水壺なら作れるのでは?」
「マジで?!」
ミネアが試しに杖を振るうと、欠片の形が変形できた。どうやら物質魔法は適応できるらしい。
「これが上手くいけば、もう砂漠のダンジョンは怖くないじゃない!」
秘宝が復活すれば、もうダンジョン内で水不足に怯えることは無くなるだろう。サイズは小さいが、コンパクトになれば他の荷物の積載にスペースを利用できる。冒険者からすればサイズが小さいのはむしろメリットだ。
「それにしても、よくもまあ設計図なんて拵えていたわね……」
「町も救って、スケイルさんに一泡吹かせて、僕たちも秘宝をゲット。値三千金ってやつですね」
「まったく、君は優秀な斥候だ」
ミネアがアインスの頭をわしゃわしゃと撫でてじゃれ合った。
そんな光景を見て、カルミナが穏やかな顔で笑った。
「なあアインス。私が以前、君に浪漫について語ったことを覚えているか?」
「え? ああ、はい」
出会った当初、インシオンに行く最中の馬車の中で語ったカルミナの浪漫。
確か、『冒険やパーティーでの活動を通してさらに成長し、自他共、世界中の誰もが認めるような、スペシャルにいい女になること』だったか。
「あれ……なかったことにしてくれ」
「……! はい」
カルミナの穏やかな笑みを見て、アインスもつられて穏やかに笑う。
「見つかりましたか。新しい浪漫」
「ああ。今度の浪漫は実にスペシャルだ」
もう自分は価値のない女なんかじゃない。
すぐそばに、喜びも悲しみも、幸せも苦労も分かち合っていけるスペシャルな仲間が存在している。
「私はこのギルドを世界一スペシャルなギルドにし、世界一スペシャルな旅をするぞ。ここにいる皆でな」
初めて会った時の大胆不敵に笑う、ベテラン冒険者の仮面はどこへやら。
憑き物が取れたように、胸を張って勇ましく笑うカルミナの姿が眩しく見えた。
きっとこの顔がカルミナの本来の姿だったのだろう。
「じゃあ、まずはギルドランクをコツコツ上げましょかね」
「うむ! 焦ることはない。千里の道も一歩から、だな!」
「お金はがっぽりと儲けたいんだけどね~」
ギルドとしてはまだ最低ランク。それでも、世界一の仲間たちが確かに自分の傍にいる。
皆がそのことを実感しあい、軽い足取りで砂漠を進む。
雲一つない砂漠の空が今は心地よい。
「……僕も見つけました。僕だけの浪漫」
意気揚々と砂漠を進むカルミナの背中を見て、アインスは小さく呟いた後、その背中に寄り添うように歩幅を広げて進んでいった。




