白と黒 ~二つに一つ~
報告書の作成は、ダンジョン攻略後3日以内に完了しなければならない。
ダンジョンの構造、各階層の広さ、魔物の種類、罠の情報、ボスモンスターの情報、手に入れた秘宝等——膨大な情報量の資料を作成しなければならないのだが、それに対しての期限がやたら短いのは不正防止の為だろう。
連盟が管理するダンジョンのゲートに高ランク冒険者が門番をしているのは、ダンジョンへの侵入者を防ぐのと同時に、潜った冒険者の同行を観察する意味合いもある。3日以内にシャノンに報告書をあげなければ、アインスたちの冒険者証は剥奪されてしまう。
夜通しでアインスが作成した資料をシャノンが確認し、その内容に目を丸くする。
「……あの、これって」
「いいんだ。それで報告してくれ」
爽やかな顔で笑うカルミナに対し、スケイルの顔を思い浮かべたシャノンは気まずそうな表情だ。
「……わかりました。これで報告させてもらいます」
何か考えあっての事だろう。ダンジョン攻略の疲れを労うように、シャノンはビシッとしまった敬礼をして、転移の巻物で連盟に帰っていった。
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シャノンに報告書を預けてから、数時間経った頃だ。
『報告書を作ったのは誰だい?』
カルミナの冒険者証の金水晶から、スケイルのいかにも不機嫌そうな声が響いてきた。
どうやらSSランク冒険者証の金水晶は、スケイル直通の念話石になっているらしい。
町長宅でスケイルからの連絡を予見していたカルミナたちは、頷きあってからアインスに念話石を渡す。
強張った表情のカルミナたちに対し、アインスは何故か余裕のある表情だ。
「報告書は僕が作りました」
『……なるほど、君か。ずいぶんとふざけた報告書をよこしてくれたね』
「……何か報告書に不備があったでしょうか?」
『いいや、良くできてたよ。……Eランクダンジョンの攻略報告書としてはね』
アインスは小細工を抜きに、Eランクダンジョンの攻略をしたとして、報告書を堂々と偽って提出した。変異前の階層でEランクの魔物素材は手に入れていた上に、入手した秘宝として、キリエの母の形見である小さな光源石を添えた。
大きさ的にも低ランクダンジョンで手に入る秘宝だ。その他細かな情報もぬかりなく仕上げ、報告書としては完璧だ。ダンジョンの情報をあらかじめ知っていなければ、誰も嘘の報告書だと見抜くことはできないだろう。
だが、今回はスケイル側がダンジョンの情報をあらかじめ知っている。
表には出さないが、内に秘めた怒りの炎が燃え盛る様子が、言葉の節々ににじみ出ていた。
報告書を偽られたことか。それとも、その程度の嘘が通る相手だと見くびられたことに対しての怒りか。
『……君たちの為に、ちょうどいい依頼を用意してやったってのに、恩を仇で返すつもりかい?』
「おっしゃる意味が分かりませんが、程よい難易度の依頼を斡旋していただいたことには、皆感謝しています」
対面で会った時よりも言葉遣いは整えて、それでいて白々しい口調で返してくるアインスに、スケイルも流石に眉をしかめた。
あくまでEランクのダンジョンを攻略したと通そうとするアインスに、スケイルも余裕の仮面を剥がして、声を低くして会話を続ける。
『御託は良い。君たちのダンジョンの難易度はもっと高かったはずだ。秘宝と一緒に報告書をあげ直せ。連盟所属の冒険者なら、僕に不正を働けばどうなるかくらいわかるだろう』
念話石越しでもビリビリと威圧感を感じる声に、傍で経緯を見守っていたキリエが震えあがった。
心配そうにアインスを見守る一行。そして真剣な面持ちになって、念話石を見つめるアインス。
小さく息を吸ってから、先ほどまでの白々しい口ぶりから打って変わって、淡々とした声でスケイルに返した。
「……以前あなたは言ってたじゃないですか。『僕は白を黒に、黒を白にしたりはしない』って」
『……? それがどうした』
「これはあなたがEランクと言って寄越した依頼だ」
暫くの沈黙の後、スケイルがハッと目を丸くする。
「だから僕たちがEランクの報告書を提出したところで、何の不正もありませんよ。そうでしょう?」
そもそもの話、これはスケイルが低ランクダンジョンの攻略依頼と体裁を整えて、カルミナたちに寄越した依頼だ。
実際の難易度がどうであれ、それをEランクとして報告されたところで、報告書に不備がないのなら、『スケイル側は』それを咎める権利など持ち合わせていない。
今回攻略したダンジョンを『高ランクダンジョン』として扱うかどうか、決定権を持ち合わせているのは攻略者であるアインスたちなのだ。
もちろん、スケイルは高難度のダンジョンだと知っていて依頼している。
厳しくカルミナたちを精査すれば、不正の証拠なんていくらでも仕立てることができるだろう。
だが、スケイルはアインスたちの半違法な行いを理由にマウントを取って説教をしている。
その際に言ったのだ。自分は白を黒に、黒を白にしたりはしない。と。
ダンジョンの難易度を知っていて低く偽ったなら、それは秩序を管理する党首として紛れもない『黒』である。
報告書に不備がない以上、スケイルは報告書の審議を問いただす理由はないはずなのだ。
それを問いただした瞬間、スケイルが体裁を整えて生み出した『白』は一気に『黒』へと裏返る。
どんな『グレー』も体裁を整え、それを『白』のまま貫き通すからからこそ生まれるスケイルの威厳は、一気に地に落ちるのだ。
『…………』
今のスケイルに選べるのは、負け方だけだ。
アインスの主張を受け入れて、党首としての威厳を守るか。
アインスたちの秘宝を奪って、党首としての威厳を失うか。
『……ククク』
しばらくの沈黙の後に、スケイルが喉の奥で小さく笑い、
『あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは‼』
不機嫌な様子から一転して、心底可笑しそうに体を揺らしながら、膝を叩いて笑い声をあげた。
『確かにそうだ! その通りだ! 悪い悪い、君たち冒険者ランクだけは高いもんだからさ、低ランクダンジョンの攻略だったってこと、すっかり忘れてたよ』
アインスに負けない白々しい軽口をたたきながら、スケイルは続ける。
『……じゃあ、Eランクダンジョンクリアのカスみたいな報酬金、用意しておくからさ。せいぜいしょぼい打ち上げでもするんだね』
そこで会話が完全に途切れ、カルミナの金水晶が輝きを失う。
アインスが大きく息を吐いて、キリエ達に向かい直った。
「……僕たちの勝ちです」
アインスが親指を突き立てると、カルミナたちが顔をほころばせながら、アインスに勢いよく飛びついた。
会話が終わると、アインスたちは水瓶のスイッチをオンにして泉があった場所の底に埋めた。
キリエが町長の手を引っ張って連れてくると、町長は膝から崩れ落ち、異変に気が付いた町の人々が次々と泉に集まって、歓喜の声が連鎖していく。
枯れた泉から水が湧き出るように、乾いた目じりの隙間から、細い涙を流して喜ぶ町の人々の姿が印象的だった。
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会話が切れた後、連盟党首の応接室では、机に脚をかけたスケイルが、目元を手で隠しながら天井を仰いでいた。
「くっそー、よっぽどいい秘宝手に入れやがったなあ、あいつら」
いつにもなく悔しそうに——そして嬉しそうな顔で歯を見せて笑うスケイルを、ナスタも薄い笑みを浮かべて一瞥すると、最高級の茶葉で淹れた紅茶を、豪華な装飾が施されたティーカップに注ぐのだった。
カルミナたちが泉の水で乾杯をする頃、爽やかな香りがする紅茶を、スケイルはおいしそうに飲んでいた。




