秘宝の所有権
「……小さい水壺は完全に破損してしまいましたね」
アインスが床から水壺の欠片を拾い集めて肩を落とす。
サンドゴーレムが破壊した水壺は、粉々に砕けてしまっていた。
辺りの欠片を全て集めたところで、ミネアが申し訳なさそうに欠片を見つめる。
「ごめん、あたしがへまをしたせいで……」
「それを言うなら僕だって……ミネアさんが魔力操作で手一杯な以上、僕が危険を察知すべきでした」
「反省会は後にしよう。ゲートが消えるぞ」
コアを壊して一定時間が経つと、ダンジョンは空間事消滅してしまう。そのとき空間内にあったもの、住んでいた生き物も同様だ。
カルミナが手で招くと、アインスたちは少し急ぎ足になって、外へと続くゲートを潜った。
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「あ! お疲れ様です! その様子だと無事に攻略できたみたいですね!」
ゲートを潜るとシャノンが元気に手振って迎えてくれた。
添えられた手にハイタッチをミネアがかまし、軽快な音が鳴った。
「で、今回のダンジョンはどうでした?」
「……ああ、それは報告資料を作成したら話そう」
「……?」
何気ない世間話程度のノリで振った会話に、カルミナが何やら苦い表情になる。ミネアやアインスも同様だ。
そんな様子を怪訝に思いながらも、キリエを連れて街に戻る一行を、首を傾げながらシャノンは見送った。
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街に戻ると、町長がキリエの顔を見るや拳骨を頭に叩き込み、ひとしきり叱った後、体を震わせながらキリエを抱きしめた。
どうやら相当な心配をかけたらしい。
キリエも町長の様子に、自分がどれだけのことをしたか、どれだけの心配をかけたかを理解して、釣られるように泣いていた。
その日も町長の家で一晩を過ごすことになった。
町長が寝静まった頃、キリエがアインスたちの部屋にやってきた。
「あの……皆……」
キリエが気まずそうに俯きがちな様子で、緊張で服の裾を握りしめながら話を切り出す。
キリエが何を頼みに来たのかは分かっている。
「私……何でもするから、一生かかってでも皆に恩を返すからさ……!」
やはり、と言わんばかりにカルミナたちの顔が曇った。
「あの水壺……私たちの町に譲ってくれないかな……?!」
ダンジョン攻略時に、小さい水壺をキリエにやり、最奥部の秘宝はカルミナたちが貰う手はずだった。
だが、小さい水壺は壊れてしまい、カルミナたちの秘宝はその水瓶の上位互換ときたもんだ。
そもそもキリエは街の皆の為に秘宝を欲しがっていた。だからこの要望は納得なのだが、
「あたしたちだって、そうしたいわよ……だけど」
「……問題は連盟なんだ」
「……?」
困惑するキリエに、カルミナが答える。
「連盟法でな……ダンジョン攻略時に得た秘宝は、連盟に所有権があるんだよ」
「……?! どういうこと?!」
キリエの悲鳴に近い声が響き渡る。
「ダンジョン攻略時には、攻略したダンジョンの詳細な情報を、報告書にして上にあげなければならない。ダンジョン産の魔物の素材と一緒に秘宝も献上するんだ。報告書の査定に使うからな。そして、報告書を基準に連盟が攻略報酬を調整し、それが冒険者に支払われる」
「……でも、お姉ちゃんたちマジックバックとか、凄い秘宝を持ってるじゃん」
「もちろん、金を払えば買い戻すこともできるし、攻略者には買戻しの優先権もある……が」
言葉を濁したカルミナに代わって続けたのはミネアだ。
「……今回の秘宝は値が付くかどうかも怪しいレベルの秘宝よ。無限の水源なんて、下手をすれば国の在り方や世界の環境そのものを変える。……あいつもそれぐらいわかるはず」
「僕たちが絶対に買い戻せない金額に設定するでしょうね」
「どこぞの国の国家予算は軽く超える金額になるとみていいわ」
マジックバックや他の秘宝を売り払ったとしても、買戻しは絶望的だろう。
壊れてしまった水壺は、イレギュラーによって手に入ったものの為、存在を隠してキリエの町に献上できるのだが、最奥部の秘宝はそうはいかない。
状況を理解したキリエが「そんな……」と膝を折った。
「……報告書に嘘書いちゃうのはどうでしょうか」
アインスの提案に、カルミナが難しい顔で唸る。
「出来ないですかね? 僕の前のギルドは、割と報告書を改ざんしてたんで」
前に所属していたブラックギルド【強者の円卓】では、ダンジョンでの死亡人数の報告などを、ある程度偽って出していたこともあった。
依頼発行後で、何らかの理由でダンジョンの難易度が上昇した場合は、その分手に入る秘宝の価値も上昇する傾向にある。
予め様々な価値の秘宝を集めておき、手に入れた秘宝を偽って提出すれば、連盟に秘宝を預ける必要もない。例を挙げれば、ダンジョンの難易度がCからBランク相当に上昇した際は、あらかじめCランクの魔物の素材や秘宝を手にしておけば、Cランククリアの報告書を作成し、Bランクの秘宝をくすねることができる。
報告書の完璧な偽造は難しいし、事前の準備は必要だが、出来なくはない。
「そういう不正があるとは聞くが……今回は訳が違う。スケイルが直に用意してきた依頼だ」
「下手な嘘は見破られるでしょうね。どんなダンジョンかある程度知ってて、向こうも依頼をしているわけだし」
難儀なのは、恐らくスケイルは今回クリアしたダンジョンの情報を持っている。持っているうえで、ランクを上げたがっているカルミナたちのギルドに攻略権を献上したのだ。Eランクのダンジョン攻略と体裁を整えた上でだ。
その状況で報告書を偽っても、スケイルにはそんな嘘はお見通しというわけだ。
どうやってスケイルから秘宝を取り戻すか。
その方向に、考えを絞っていた所で——
「……キリエちゃん。お母さんの形見の光源石、僕たちにくれないかな?」
「え?」
アインスの問いに、一同が怪訝な表情でアインスを見やる。
「僕に考えがあります。この一件、僕の主導でやってみませんか?」




