万物を見通す眼
「……【斥候】の役職が持つ特殊能力について、ご存知ですか?」
「当然だ。私を誰だと思っている」
質問から始まったアインスの語りに、カルミナは得意げに鼻を鳴らした。
「魔物やダンジョンの罠の位置を見通す眼。【探知眼】だろう」
目に意識を寄せると、一定距離内の情報を探知して、魔物やダンジョンに発生する罠の位置を探知できる【探知眼】。
群れや縄張りを持つ魔物の討伐や、未開のダンジョンを攻略する際に、非常に重要な特殊能力だ。
故に、戦闘能力が低くとも、【斥候】の役職を持つ者は、必ずと言っていいほどダンジョン攻略に同行する。
一定人数以上の、ダンジョンランク以上の階級の冒険者を含めたパーティーでしか攻略できないようルール決めがされたとは言ったが、逆を言えば、一定人数以上の上階級の冒険者さえいれば、低ランク冒険者でもダンジョンに潜ることを許可されている。
その理由は多岐に渡るが、最も多い理由が【斥候】をパーティーに入れるためだ。
戦闘能力を持たない【斥候】は、討伐の依頼をこなせないため、他の役職と比べると、どうしても冒険者ランクが上がりにくい。それを鑑みての措置だった。
「だが、魔物や罠の位置がわかるだけでは、あの雪のダンジョンを生還はできないだろう。君の【探知眼】は、一般のそれとは異なるのではないか?」
「流石ですね……。そうです。わかるんです。全てが」
「全て……とは?」
全て、というアインスの言葉に、待っていましたと言わんばかりに、カルミナが体をソワソワさせる。
「魔物や罠の位置だけじゃない。地面や岩壁を形成しているや物質の情報や、隠れた水源。動植物を構成している元素や、中に含まれてる毒物とか……、ありとあらゆる情報を探知できる。……だから、変異ダンジョンでも、食べられるものや安全な場所を探知出来て、なんとか生き残ることができました」
「そうではないかと思ったぞ!」
アインスの能力の全貌を聞いて、カルミナが歓喜の声を上げる。
「そうではないと、戦う術の無い斥候が、一か月もSランクダンジョンで生存するなど説明がつかん! 安全地帯の把握や、水や食料の調達も、その能力を使って行ったのだろう? 良い眼を持っているじゃあないか!」
「あ、ありがとうございます」
「で、何でそんな有能な眼を持っていながら、クビになっている?」
興奮した態度から一転、急に落ち着きを取り戻しながら、カルミナはアインスの傷を抉る。
カルミナの勝手気ままな振る舞いに困惑しながらも、アインスは質問に答えた。
「……使いこなせてないんです。自分の能力を」
「ほう?」
「他の斥候は魔物と罠の位置しか感知できないのに対して、僕の【探知眼】は何もかもを感じすぎてしまう。初めの内は能力を発動するたびに、情報量に耐えられず気絶してました。能力に慣れた今でも、脳に負荷がかかって長時間は使えない」
「なるほど」
「情報を整理するのに時間がかかって、他の斥候に比べて、ワンテンポ感知が遅れてしまうんです。……今までのダンジョンは魔物や罠の位置さえわかれば、安全にクリアできるものしかなかったので」
「君の評価が相対的に下がったと」
「……はい」
Aランクまでのダンジョンは、中の環境が多くの魔物や人間にとって、暮らしやすいものが多い。それはダンジョンが外界の魔物と共生関係を築く為だ。
ダンジョンは自らの力でダンジョン内に魔物を生成することができるが、生まれたばかりで力や知識の足りないダンジョンでは、生み出せる魔物の強さに限界がある。
そこでダンジョンは外界の強い魔物を特殊なフェロモンでおびき寄せて、自らの体内に住まわせる習性がある。
過ごしやすい環境を整え、外からやってきた魔物と共生関係を営むことにより、ダンジョンは1から魔物を生成するよりも、はるかに少ない魔力で、人間を狩ってくれる魔物をダンジョン内で飼うことができるためだ。
そのため、周囲の環境などをしっかりと調査し、中の魔物や環境を推測さえできれば、ダンジョンというものは安定して攻略ができる。基本的には食料や装備品をしっかりと整えて、ダンジョンランク以上の冒険者を揃えて挑みさえすれば、死人が出るようなことはない。
「他の人よりも仕事が遅いことを理由に、リードは僕の冒険者ランクを上げてくれませんでした。……だから僕だけずっと最低ランクのままだったんです。ランクによって月の給料が決まっていたので、人件費を節約する為でもあったかもしれませんが……」
「……君は自分の能力をどう評価している」
カルミナの質問に、アインスは今までギルドで受けてきた扱いへの怒りに、少しだけ声を震わせながら答えた。
「確かに、他の人よりも仕事は遅いかもしれないけど、現地での食糧確保とか、安全地帯の確保とか、不測の事態に役に立つ能力だと思っています……! でも、そのことを説明しても、誰も僕の言葉をまともに取り合ってくれなかった! 僕よりも素早く魔物の位置を教えてくれる斥候の方が便利だって言って、皆で僕のことを馬鹿にして……」
「不満があるなら、他のギルドにでも移籍すればよかったんじゃあないか?」
「……登録時の契約で、一定期間はそのギルドに勤めなければいけなかったんです。仕事は遅くても、斥候が必要になる場面は多いし、安い労働力兼、皆のストレス解消の当たり先にちょうど良かったんじゃないでしょうか。」
「そうか、いろいろと苦労をしたみたいだな」
契約期間を過ぎれば、他のギルドに移籍するつもりだったので、それまでの辛抱だと思って働いていた。
しかし、ダンジョンで死人を出したことにより、懲戒解雇という形で追い出され、ただでさえ悪い職務経歴に足が付いた。
重く息を吐くアインスに、カルミナは小さく微笑んで、その頭に手を置いた。
ああ、慰めてくれるなんて優しい人だな。
そんなことを思っていた矢先——
「だがそれは、君の責任でもある」
「……え?」
撫でる、というよりはわしゃわしゃとねじるように髪の毛を弄られながら、アインスは間抜けな声を上げた。
予想外の言葉に、ぽかんと口を開けたままのアインスに、カルミナは続ける。
「当然だ。それだけ状況を客観視できていながら、何故そのような扱いを許容している? 何故馬鹿どもに、自分の有能さを証明しない?」
「いや、許容してないし……僕は頑張ってギルドの皆に説明……」
「納得していようがいまいが、ギルドを出ていかずに最低限の報酬で素直に奉仕するのは『許容』であり、説明が理解されて初めて『証明』だ。理解されるのを途中であきらめた時点で、君の説明は何の意味も成していないのだよ」
「うぐ……」
「そもそも仕事を正当に評価しないギルドが決めた規則を、君が律義に守ってやる道理がどこにある? ストライキもせず、ブラックギルドからも出ていかないなら、馬鹿にでもわかるように力を誇示するのが、待遇に不満があった君のすべきことだった。君は主張が強い性格ではないのかもしれないが、それが君の怠慢の免罪符になるわけではなかろうに」
「あ……あの……」
「君の能力の価値を理解せずに死んだ馬鹿も死ぬほど間抜けだが、その間抜け共を説得できない君も大概だ。曲がりなりにも組織である以上、彼らの死に、君の責任もあるのだよ。君がギルドで健全な扱いをされるよう努めていれば、今回の悲劇はなかったんじゃあないか?」
捲し立てるように正論を突き付けられ、言葉を失ったアインスは、目に涙を浮かべながら、「ごめんなさい……」と謝った。
「まあ、君の言い分を聞こうとしなかったのは向こうの怠慢だ。今回の件は生きていくうえでの良い経験にすればいいさ」
目に見えて凹んだアインスに、最低限のフォローを加えながら、カルミナは人差し指を突き立てながら尋ねた。
「チャンスが欲しいか? 少年」
「え?」
突然の質問に、アインスが気の抜けた声を上げる。
そんなアインスにかまうことなく、カルミナは更なる質問を被せた。
「ギルドを追い出され先の展望に悩む君だが、もし今、この瞬間に自分の人生を良い方向へ転ずるためのきっかけがあったらどうする? 君はそれに手を伸ばせるか?」
「それはもちろん、そうしたいけど……」
「余計な葛藤を挟むんじゃあない。シンプルに答えたまえ。君の人生を変えるチャンスに、君に手を伸ばす気概があるのか、ないのか。どっちなんだ」
抽象的な質問過ぎて、カルミナが何を考えているかはわからないが、その宝石のような緋色の瞳は、真っすぐとアインスを見つめていた。
カルミナの言うチャンスというのが何かは分からない。
だけど、今までの不当な扱いから抜け出せるのなら、
僕自身が胸を張って生きていけるきっかけがあるというのなら――
「手を、伸ばします……!」
「いい返事だ」
アインスの決意の満ちた表情に満足するように頷くと、カルミナは焚火の近くに用意していた砂袋の砂を、燃える焚火に向かって掛けて消化した。
「……ちょっと⁈ そんなことをしたら魔物が来ちゃいますよ⁈」
「その通り。呼び寄せているのだ」
とどめと言わんばかりに、残った小さな火を足で踏んで、完全消火。
光源を失った周囲が、暗い夜の闇に包まれる。
「少年、ゲームをしよう」
「げ、ゲーム?」
こんなときに何を言い出すんだこの人は。
周囲の魔物に怯えて、身を小さくするアインスにカルミナは告げた。
「今からこの場に魔物の群れがやってくる。君の能力を使って、この状況を打破して見ろ。もしクリアできたなら……君にとびっきりのチャンスをくれてやる」