ダンジョンクリア
「そうか! アインス君にはそれがあった!」
探知眼を発動させ、コアの位置を補足し、クロスボウを構える。
大きく息を吸って、呼吸を止めながら狙いを定め——
「くらえ!」
コアを目掛けて発射する。呪いのかかった矢が、砂の中も突き抜けて真っすぐと飛んでいった。
「どうだ?!」
カルミナがサンドゴーレムを抑えながら尋ねるが、アインスは唇を噛んだまま首を振った。
「ダメです! この矢の威力じゃコアを壊せない!」
命中はしたが、破壊には至らなかったようだ。
「位置が補足できるなら、カルミナの必殺技で何とかならないの?!」
「あれは溜めの時間が要る! こいつを相手にしていては発動できん!」
「ミネアさん! 物質魔法で砂の操作権を奪って、サンドゴーレムは止められませんか⁈」
「無理! 粒子が細かすぎる!」
アインスの提案を、天井を拡張しながら否定する。
「こんな大量の砂を同時に操るのは無理! 魔力が一気に無くなっちゃう!」
以前ドラゴン周りの空気を奪って窒息させる技を使用していたが、技の使用後、ミネアは酷く疲れた様子だった。
どうやら構造上繋がっている巨大な物質を操作するのと、バラバラの大量の粒子を操作するのでは、後者の方が難しいらしい。
ならば、とアインスはマジックバックから、水壺を取り出して、スイッチをオンにする。
「これならどうですか⁈」
溢れ出る水が砂沼にちょぼちょぼと降り注いでいき、水を被った砂が固まっていく。
「ナイス! それならいけるかも!」
ミネアがすぐさま濡れた砂に杖を突き立て、サンドゴーレム付近に水分を移し、その身を固めていく。
足元が固まったサンドゴーレムの動きが少しだけ鈍くなった。
水の量が増やせれば、サンドゴーレムの動きを封じてコアを潰せると考えた時だった。
「?! ぐあっ!」
ミネアの背後の壁に穴が開き、そこから溢れ出てきた砂が、ミネアを砂底に突き飛ばした。
「ミネアさん?!」
「ミネアっ?!」
アインスが反射的に水瓶を手放し、体が飲まれかけたミネアを救出する。
だが、カルミナの意識が一瞬だけミネアに持っていかれたのを見逃さずに、サンドゴーレムが間髪入れずに水壺へ手を伸ばし、破壊した。
「げほっげほっ‼ ……ありがと」
「どうしましょう……水壺が」
ミネアは救出できたが、攻略の要である水壺を失ってしまった。
ミネアの魔法で空間を拡張し続けても、サンドゴーレムを倒せなければ意味がない。
サンドゴーレムを抑える術が無くなった以上、ミネアの魔力が無くなって拡張ができなくなった瞬間、全員生き埋めになって終わる。
このままでは全滅だ。
何か窮地を脱する方法はないか。
アインスが【探知眼】を最大出力で発動させ、階層全体の情報を探る。
「——?! これは……」
アインスが何かの反応に気が付き、その方向に顔を向ける。
天井付近にあったのは横穴だ。その横穴の奥から秘宝の反応がある。
この秘宝があれば、戦局が変わる。
すぐにでも取りに行きたいが、その横穴の中には罠の反応もあった。
人間の存在を感知して、罠を踏んだ冒険者を鉄の棘で串刺しにする罠だ。
カルミナは殿でサンドゴーレムの相手をしているため、動けない。
アインスでは罠を避けられずに、取りにいった瞬間串刺しにされて死んでしまう。
ミネアの物質操作で、罠を無視した別道を作ればいいかもしれないが、肝心のミネアも空間の拡張に手いっぱいだ。
どうすればあの秘宝を取れる?
アインスが頭を悩ませていた所、
「……!」
自分の体に必死にしがみついて、傍から離れないキリエの姿が目に映った。
そうだ。【隠密】なら——
【隠密】は自分の存在と30分以内に残した痕跡を、他の人が感知できなくなるスキル。罠を踏んでも感知を突破できる。
「キリエちゃん、お願いがある!」
ミネアが作る階段を上りながら、アインスが続ける。
「天井付近の横道、見えるかな?! 【隠密】を使ってあそこに入って、奥にある秘宝を持ってきてほしいんだ!」
「ええ?! あそこまで結構距離あるよ⁈」
ブロックの隙間をクライミングの要領で登っていけば届かなくはないが、子どもが昇るには苦労する距離だ。
「ミネアさん! 拡張なしで、砂の侵攻をどれくらい止めれますか?!」
「……2分!」
「キリエちゃん、2分でとってきてほしい!」
「頑張れば、できるかもしれないけどさ……」
キリエが不安そうにアインスの服の袖を掴んで、フルフルと首を横に振った。
「無理だよ……! 失敗したらみんな死んじゃうんでしょ?! 私一人で、皆の命に責任なんて持てないよ!」
「一人じゃないさ」
サンドゴーレムの攻撃を捌きながら、カルミナが一瞬だけ振り返って笑った。
「私たちはもう、仲間だ。そうだろ?」
その言葉に、キリエがハッと目を丸くした。
アインスとミネアも、少しだけキリエに目をやって力強く頷いた。
もうキリエも、痛みも弱さも責任も、幸せや喜びも分かち合える仲間だ。
今背負うのは責任じゃなくて期待だ。
期待を託されるだけの信頼関係を、攻略を通して築き上げてきた。
「……行ってくる!」
力強く頷いてから、キリエが【隠密】を発動させて姿を消した。
もうカルミナやアインスにも、キリエの存在を認識できない。あとはキリエに託すのみ。
「——ブヘっ! さて、こっちもこっちで仕事してやろうじゃない!」
ミネアが残りの魔力ポーションを全てのみ尽くして、キリエが昇りやすいよう横穴へ続く壁の一部を隆起させた後、壁全体に魔力を巡らし、砂が出てくる穴を塞いで、ダンジョンが穴をあけられないよう魔力を流し続け、壁の形を固定させる。
「————————っ‼」
ダンジョン全体と操作権の奪い合いをしているようなものだ。消費魔力も膨大なのだろう。
キリエが横穴へ上る手前、天井付近の空間拡張も行うわけにはいかない。
声にもならないうめき声を上げながら、必死に魔力を流し続けるミネアを守るように、カルミナがサンドゴーレムを何度も切り刻み、ミネアへの攻撃を妨害し続ける。
アインスも少しでもダンジョンの意識を奪おうと、クロスボウに矢を装填し、何度も砂の中のダンジョンコアに向けて発射した。何度も同じ場所を攻撃すれば、一欠けらぐらいは傷が入るかもしれない。
頼む、キリエちゃん。間に合ってくれ。
策を授けた後は、キリエを信じて待つことしか出来ない。
そして、2分経過した頃、
「——————だああああああああ!」
とうとうミネアの魔力が切れ、壁から無数の穴が開き、大量の砂が流れ込んできた。
アインスたちを大量の砂が覆いつくそうとした時だった。
「——皆お待たせ!」
キリエが隠密を解き、砂と共に上空からダイブしてきた。
その手に抱えていたのは、アインスたちが見つけたものよりも、数十倍の大きさを誇る水壺だ。
「最高だキリエちゃん‼」
アインスが秘宝を受け取りスイッチをオンにした瞬間、大量の水が壺から溢れ出し、フロアの砂を固めていく。
砂が固まり、サンドゴーレムの動きが鈍くなったうちに、アインスが自分の分の魔力ポーションをミネアに飲ませ、魔力を回復させる。
「値千金の活躍ね!」
「実にスペシャルだったぞ、キリエ!」
魔力の復活したミネアが砂に杖を突き立て、水で固まった砂を操作し、砂底に隠れていたダンジョンコアを引きずり出した。
そしてそのままサンドゴーレムごと圧縮し、身動きが取れないように宙に固める。
「皆の働きには、とびっきりの必殺技で応えなければな!」
カルミナが武器を構え、その刃に自分の魔力を集中させていく。
剣の刃の輝きがギラギラと増していき、空気を振動させるほどの強大なエネルギーを顕現させた。
そして、エネルギーが十分に溜まった瞬間、
「【アンリミテッド・ストライク】‼」
限界まで武器に魔力をため込み、エネルギーに変換して解き放つ、一部【戦士】しか使えない必殺技だ。
溜めに時間はかかるが、その分威力は絶大である。
薙ぎ払うように放出されたエネルギーは、ダンジョンのコアを、階層全体に溜まっていた砂ごと焼き払った。
「…………?!」
あまりの威力に、【アンリミテッド・ストライク】を始めて見たキリエは味方ながら唖然としている。
カルミナが砂のなくなった床に降り立ち、消し炭になったダンジョンコアを指でなぞり、ふっと息をかけて飛ばす。
「多分、砂が溜まる前にコアを一瞬で破壊するのが正攻法だったんだろうな」
一番簡単な攻略法としては、カルミナの言う通りダンジョンコアが出現した瞬間にコアを割り、砂が溜まる前にコアを破壊し、ダンジョンの機能を停止させたうえでサンドゴーレムを討伐する流れが良かったのだろう。
だが、それを一瞬で判断するのはほぼ不可能な上、一度そのチャンスを逃してしまえば、あとは生き埋めにされるのを待つのみだ。
状況を打開できたのは、カルミナがサンドゴーレムから仲間を護り、本来生き埋めになるはずだったところをミネアが空間を拡張し、逃げ道を作り、アインスが探知眼で打開の糸口を見つけ出し、キリエがスキルで罠を突破出来たから。
つまり、誰か一人でも欠けていれば攻略できなかったということだ。
「あ、ゲート」
ダンジョンが完全に機能を失ったことを確認すると、一行の前に、ダンジョン外へと続くゲートが出現した。
ゲートの輝きを呆然と見つめるアインスたちの前に立ち、「何をぼうっとしている」といい笑顔をしながら、カルミナがゲートに親指を突き立てた。
「私たちのギルド、初のダンジョン攻略だぞ? 喜べ!」
カルミナの言葉でようやく攻略完了の事実を飲み込めたアインスたちは、大きな歓声を上げながら、互いに抱きしめ合って跳ねまわったのだった。




