秘宝が存在する理由
「ちょっとちょっと?! なんで最奥部にあるはずの秘宝が、こんなところに存在するわけ?!」
ミネアがアインスに訊ねるも、アインスも原理がわからず、難しい顔をして唸っている。
あまりない例だが、と前置きをしてから、代わりに答えたのはカルミナだ。
「本来はここが最終フロアだったのかもしれんな」
「どういうことです?」
「スケイルがいう話には、ダンジョンが階層を増設した場合に、最奥部とは別に、本来最終フロアだった階層に秘宝が眠っている場合があるそうだ。通常ダンジョンは力を増しても、魔物の量や質を上げるから、フロアの増設が行われるのは滅多にないのだが……」
「このダンジョンは魔物の強さや質では僕たちを殺しには来てなかったですもんね」
基本的にダンジョンは人間を喰らっても、階層の増設を行うことはあまりない。理由は不明だが、魔物の増産よりも空間の増設に使うエネルギーの方がはるかに多いという説が有力だ。
環境を変化させることは容易でも、環境を形成する空間を増設することは容易ではないらしい。
「こういう時、秘宝って最奥部にも存在するの?」
「それは間違いない。ダンジョンだって、出来るだけ最奥部におびき寄せて人間を食べたいんだ」
「姉ちゃん、どういうこと?」
「ダンジョンは私たち人間が、どういう風に過酷な環境を乗り越えるか、知恵を引き出したいんだよ。苦難を与え、ギリギリまで人間を成長させて、その知識や体験を吸収する。そうして得た知識を使って、更に人間がクリアできないダンジョンを作るんだ。ある程度進化したら、ダンジョンブレイクを起こし、種子を残して、知識や遺伝子を繋いでいく。そうやって進化してきた生き物なんだよ」
「……聞けば聞くほどおっかないな」
カルミナの解説に、キリエが身を震わせた。
「だからこそ、ダンジョンの奥深くへ人間を誘導できるよう、秘宝は最奥部に必ずあるというわけですね」
「ああ。ダンジョンだって、人間に潜ってもらえるよう必死なんだ。だからどんなにダンジョンが進化しても、そこだけは絶対に変わらない。秘宝が最奥部にあるというルールを破れば、最悪人間に潜ってもらえなくなるからな」
なるほどなあ、とアインスが感心した様に唸る。
キリエの反応とは違って、純粋にダンジョンの一生命体としての思考に感心した様子だ。
「それで、アインス。その秘宝が【フローゼ】の水源の正体とはどういう意味だ?」
「……この秘宝、僕が【フローゼ】のオアシスで見つけた何かの破片と、一緒の素材でできているんです」
アインスがマジックバックから、泉で採取した破片を取り出した。
カルミナたちが手に取り、まじまじと見つめる。見たことの無い素材でできた破片だが、手触りや重さ、光の反射具合から、確かに同一素材とみて間違いないだろう。
「軍の人がダンジョンで死んだことで、町に泉があることを知ったダンジョンが、魔物に泉を襲わせた際に壊れたのでしょう。変異前のダンジョンには水があるから、泉を壊せばダンジョン内に人間を誘導できる」
「泉が枯れたのはダンジョンの策略ってこと?!」
「そうなるね」
どうやら思っている以上に、ダンジョンというのは思考力の高い生き物のようだ。
自分たちが今、そのダンジョンという生き物の腹の中にいると思うと、ゾッとする。
「……あの町、うちのじいちゃんが作った町なんだ。すっごく優秀な冒険者だったらしい。何もない砂漠の土地で運よく水源を掘り当ててできた町だって聞いていたけど……」
「泉を掘り当てたわけじゃなく、これと同じものを使って泉を作ったわけか」
「でも、無限に水が出るなら、泉どころか辺り一帯水浸しになっちゃいそうだけど」
「多分一定の水圧がかかると、水の供給が自動でストップになるんでしょう。それだとオアシスの水位が一定だった理由も説明が付く」
「キリエはこの秘宝の存在を知らなかったのか?」
カルミナの問いに「知らなかった」と、静かに首を振った。
「今思えば、町長は知ってた様子だったわね」
「……あまりにも用途が多すぎる。値をつけるとして、金額に起こせるかどうかも怪しいな。町長が秘密にするのは納得だ」
壺から溢れ出る水は綺麗で、そのまま飲んでも問題ない。これ一つで水不足は解決できるし、水が止まる条件が水圧だけなら、水が溜まらないように設計すれば、何もない所に川を作ることだってできるだろう。
国一つの在り方を変えかねない程の秘宝だ。存在がバレるだけで、様々な国がこの秘宝を狙いに来るのは確実だ。
「父ちゃん、ずっと一人で秘宝を守ってたんだ……」
その気になれば、砂漠に川を生やすことも出来ただろう。だが、その規模で秘宝を利用してしまえば、間違いなく秘宝の存在が発覚し、他の国や人間に狙われる。
砂漠の端と端を繋ぐ、交易地を作るためのオアシスに利用する、というのがちょうどいい落としどころだったに違いない。
「これ、持って行っちゃいましょう。砂漠の旅に役に立ちます」
「違いない。水不足に怯えることは無くなるな」
「ダンジョン攻略したら、町長にでもくれてやればいいわね」
「いいの?!」
ミネアの言葉にキリエが食いついた。
カルミナとアインスが目を丸くすると、心外そうにミネアがカルミナたちを睨む。
「……てっきり、売れば金になるとか言い出すかと」
「あんたらねえ……あの町の状況見て、私財にするほど私も腐っちゃないわよ。……ま、最奥部にある秘宝は貰っても文句ないわよね?」
「うん! いくらでも持ってって!」
「よーし決まり! これで後腐れなく、秘宝を頂戴できるわね!」
「ああ。あとはダンジョンを攻略するだけだ」
ダンジョンで手に入れた秘宝を、街の復興のためにキリエが欲しがっていたが、これでカルミナたち、キリエの町双方の利が成立する。
後はダンジョンを攻略するだけ。
意見のまとまった一行は、しっかりとその身を休め、明日からのダンジョン攻略に備えるのだった。




